エピローグ アニメを観たいヒト
妻が先日知り合った友達とショッピングに出かけた。家の中は久方ぶりに一人っきり。ロンリーナイトである。
「…たまには。そう。たまには…」
久方ぶりにDMMのサイトへログインする。今は改名していてファンザになっていた。
「…」
どうしようか。素敵な漫画探しの旅へと放蕩に出掛けるか。それともさっくりとスパーリングの感覚で無料動画の2.3分の動画でお世話になろうか。
「…ん?」
マスターベーション用のグッズの会社の広告が目についた。最近ぐいぐい言わせてらしい。なにやらプラスチック製の道具らしい。
「…」
人間の飽くなき欲求に心底震える。神をも恐れぬ果て無き欲求の性。これを実使用して臨むのは、少し違う気がする。こういうのは、マスターみたいに極まった人しか使っちゃいけないと思う。いや、あの人っていうか童貞同盟はそういうのは禁止だっけか。
「そういうんじゃないんだよなぁ」
久方ぶりに無料動画欄をぽちぽちする。…が。
「…」
妻はAVを観るのは良いけどそういうので抜かないでねと言われた。妻以外の女性でそういうのは、想っても宜しくないということである。なるほど、そうだろう。逆の立場なら絶対嫌だ。
「だとするとこっちか…」
エロアニメである。
「最近エロアニメはチェックしてないんだよなぁ。そうだ」
エロアニメソムリエに電話で聞いてみよう。彼なら何でも知っているはずだ。
「佐藤です」
「僕です、今大丈夫?」
「会議中だが大丈夫」
会議中にエロアニメの話は振れないなぁ。
「そうですか。エロアニメについて話をききたかったんです。またの機会にお願いします」
そして通話を切った。
「うーん」
マスターに聞いてみるか。
「…」
留守番電話サービスに繋がった。本人いたらソッコーで電話取るのでRealで遊んでるのかな。
「うーん」
さて。どうしようか。実際昔のエロアニメを視聴し、自分の好みのジャンルや好きなシチュエーション、頻繁に使用したシーンについてはちゃんと覚えている。が。また久方ぶりに使用するのだとしても、それだとあまりにも進歩が無いのではないか?そう思えてくる。マスターベーションは一期一会。大好物のネタばっかり擦り続けたらいつしか飽き果てるのではないだろうか。マスターベーションってそういうのじゃあない気がする。誰にも邪魔されずに自由でなんというか救われてなきゃダメなんだ。一人で静かで豊かで…。
「うーん…」
過激さやサディスト的喜び全開の全力投球は平成でもう投げ尽くされてる。令和の今のエロアニメの見たところ、なかなかニッチな心の隙間を埋め尽くさんとする野心作が多く見受けられる。
「とりあえず、何作品かポチってダウンロードしてしまうべきか…あっ」
女性用エロアニメ!そういうのもあるのか。
「時代は変わるもんだなぁ」
欲望に突き動かされる男の人生を丸ごと一本で20分程度。起承転結、あるいは起承の部分が成り立ってる。男の人生は八割はそういうのが出来てるのだとしたら、たった一本のエロアニメで心が満たされるのだとしたら。これほどコストパフォーマンスが良いことったらないように思える。
「…」
正直なところ、僕は現在性欲を持て余してなどいない。むしろ僕の肉体は連日連戦で疲労の極致とも言えることだろう。最近では正直言って亜鉛のサプリメントを飲み始めようかを真剣に考えている。僕の妻は本当に凄いのである。お腹には子供がいるのに。むしろそこから凄くなってるのだろうか。僕には分からないが、とにかく凄いのである。今はただ、独りきりの時間を自由に、それでいて満たされていたいと思っているだけなのである。男にとってマスターベーションとはただの性欲を吐き出すためだけの時間ではない。それは人生であり、反省であり、目標であり、夢であり、幻であり、憧れであり、唾棄すべきものであり、愛すべきものであると同時に拒絶すべきようなところもある。それは紛れもなく人生の断面図の一つであり、確かに息づく生きている人生の刹那であり、本能に根付く欲求の代弁でもある。一瞬一瞬が命懸けであり、細胞の一つ一つが人生でやがて訪れる一度二度ある本番に向けての練習でもある。受精卵に到達する精子は一つ。一体男の人生において、どれだけの量が製造され、また露へと消えていったことか。長い人生を生きていても、未だにその経験が無い男も少なくないほどとも言える。遺伝子に刻み込まれた本能にとって、否。僕達男性にとって、それらは必要不可欠なものであり、それはむしろ、無いと困る栄養剤みたいなものか、本能にさいなまれるための処方箋のようなものか。むしろ、数学や理科なんかよりも遥かに人生にその大部分の時間を費やすのである。そして、それは、男が十人いれば十人十色。その彼の性癖は、生きてきた人生の往路であり、生き様なのである。故にエロアニメはこれほどまでに膨大な数にまで膨れ上がり、今だにその数が膨れ上がり続ける証明なのである。
「現実では実現不可能なサディストの極致をアニメによって補完できるのも、一つの魅力だね。芸術という言葉の前に、邪悪や最悪は前に出てこない」
日本が誇る地球史に残る文化の一つである。
「いや!そんな事はいいから早く抜かなきゃ…」
なにか。武器は、武器は無いのか!
「…」
リゾートポイん。
「…」
久しぶりに目について涙が出てきてしまった。マイフェバリットエロアニメだった。あなたならどうする…?最高だった…。
「…」
やるべきか、やらざるべきなのか。それが問題だ…。焦る事は無い。時間ならたっぷりとあるじゃあないかっ。
「…」
一時間が経過した。
「…」
どれを使用しようか考え、悩み続け、ポチポチやってやり続けた結果。何の成果も得られないまま時計の針が一周してしまった。時計を見た瞬間に、やってしまったなと思ってしまった。この一時間。僕はドブに捨ててしまったのか?それとも、天国の楽園で一時間を優雅に過ごしていたのだろうか?精神と肉体。達成感と喪失感。成し遂げられずに、半ば成し遂げたと勘違いしてしまっていて、それが幻だと感じてしまった時。感じるのは幸福か不幸なのか。夢から覚めた時に訪れた感覚は、悪夢からの脱出か。最高の夢と幻からの覚醒か。哲学的な問いかけで更に十分間を追い打ちし、焦る独りの夜。僕は今、救われているという途上である。救われたんじゃない。今はただ途上。マスターベーションは未だ成らず。なのである。しかしながら、もし、今この状態こそが幸福なのだとしたら。例えば夢を掴むべく行動する若人の青春は、もはやそれ自体が幸福であり、それこそ夢なのではないだろうか。夢から覚めた時、それはとても怖い事だと思う。夢から覚めた時…。
「ただいま」
「おかえり」
空を仰いだ。不完全燃焼の極み。そして、エロアニメという夢、幻からの現実への覚醒。時計を見ると、あれから二時間と三十分が経過しているのに気付いた。あれも欲しい。これも欲しい。みんな欲しいでは、時間がいくらあっても足りないのである。そこに僕は人生の無常さを感じながら、冷蔵庫から酢がたっぷり入った健康ジュースを取り出してごくごくと飲み干した。
「…」
僕はこの時間、幸せだったのか。それとも不幸せだったのか。エロアニメというものを探求した結果、僕は果たして幸せだったのか。人間としての業は、僕をここまで追い込ませる。