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格闘ゲームのヒアカムザニューチャレンジャー

現代に生きる人間が全力で暴力を振るうことは生きている間にはできないことだ。例えば、目の前の人間に全力の力でもってフルスイングの拳で顔を殴るとする。顔面の骨が凹み、歯が抜け、眼球への損傷は視力への著しい影響をもたらす。拳の場合は全力ではない?それなら、日常に存在する包丁。首や頸動脈、眼、重要な臓器を刺した場合。血が噴水のように吹き上がり、言葉を発する間も無く崩れ落ち、あまりにも容易に死亡してしまう。暴力を全力で行使することは、生涯に渡って、この現代社会においてありえないのである。ボクシングにすら、厳正かつ厳密な規則が存在する。人間の持つ眠れる殺戮本能は、どこまでも眠ったまま。


「…」


僕ならどうか?過去一度だけある。文明一つを、全身全霊で本能のまま叩き潰した。圧倒的な進化の突端である生物の叡智を結集させてようやく、僕のマックスを受け止められるのである。僕に至っては、ただの殴るという行為そのものが、違った認識へと捉えられる。人を殴る?空間を殴る?星を殴る?次元を殴る?全力を出した場合、地上に住まう生命への保障はできかねる。全身全霊での僕の行為は、その他あらゆる生命体への致命的な影響が燎原の火の如く燃え広がってゆくことだろう。


「ヴァミリオンドラゴン…」


そんな僕が、たった一人の人間に。マックスを出す。全力全開で力を放つ。


「ドラゴン変化最終形態」


究極闘気カリスマに、ヴァミリオンドラゴンの魂が入り込み、七色に輝きだす。魔力が持つ大原則の白、青、黒、赤、緑を無視した、赤、橙、黄、緑、青、藍、紫へと移り変わる。ヴァミリオンドラゴンという最強種の頂点に君臨する象徴が僕にも顕在する。肉体もヒトより遥かに強度を持つ硬さに変わり、頭部にまるで牙のような剥き出しの骨が生えてくる。翼が肉体を超越し燃え散り、オーラが翼にとって代わる。自我の感覚が鋭くなってゆく。


「…素晴らしい……」


一人の人間を見据える。距離は70メートルといったところ。拳に力を込める。魔力を込める。気概を込める。本気の。全身全霊の。マックスの。全力全開の。一撃である。


「…」


殴った。既にびりびりと地響きが鳴り、大気がうねっている。力が。意志が。気概が。空間を。場所を。時間を。伝播していき相手に伝わる。この濃厚かつ濃密な究極のコミュニケーション。


「…っふ」


全てを飲み込む衝撃波。それを…。斬られた。まるで海が真っ二つに割れるように、斬られたところから衝撃波が分かれていった。


「やっぱり近づかないとフェアーじゃないね」


近づいた。目と鼻の位置。神話の境地に、目の前の男は立っている。今なら、可動速度を…。


「…ッ」


斬られたッ。が。袈裟斬りで鎖骨で止まっていた。今の僕の魔力の凝縮は尋常ではない。君は斬ろうとして、大地から星を一刀両断できるか。


「…ふヌっ」


首の鎖骨から刃が入刀した。一瞬考えられるのは、これ以上の頸動脈への切断によるダメージ。これは看過できない。


「くッ」


左肩から食いこむ刃を右手で掴んだ。驚いたな。僕の握力ですら、刃こぼれのしない武器がこの世に存在するとは。


「…ぬゥ」


両手で握られた武器で更なる力を込められる。が。力の押し比べでは比較にならない。そのまま右手で刃を肉体から引き剝がす。


「…ぐッ」


そんな場面で、顔面に頭突きを喰らった。頭突き?頭突きかぁ~~??


「…がぁ」


鼻血がぼたぼた、眼はかすむ。全力全開の頭突きを喰らった。ダメージが通る。ダメージが入る。よく見たらこの男、体内から循環する魔力を表出させ体外に放出するオーラ。色が無い。そういうのがあるのか。この広い世界、そういう究極闘気カリスマが存在しているのか。


「ぬッ…」


左手に持つ武器で僕の顔面から頭部を切断しようと放たれる攻撃が、分かる。読める。理解できる。


「…」


左手の拳を掴み、そして握り潰した。


「ぐ」


もう左手で武器を握る事はかなわない。僕の耐久度、そして回復力。もらった。一撃を肉体に打ち込めば、それでジエンド。超近接格闘においても、頂点は僕だ。譲れない。最強を引き続き名乗らせてもらう。


「…カぁ」


踏み込んで殴ろうとした瞬間。足を踏まれた。殴れない。これって…。どっちかっていうと…。技術。技巧の世界。合気に近い。そんな世界で、このレベルで通用するのか。深い谷を、この男に見た気がする。深い森とどこまでも続く森の間に存在する谷間。一体どれほど深いのか。おおよその見当すらつかない底知れなさ。おまけに遥かに続く森が、まるで色とりどりの木々の森。お菓子の森。童話の世界。


「…」


この男が住んでいるのは、童話の世界。神話は大人が語り継ぐもの。時に隠されている。童話は子供が大好きなもの。全ての人間が知れるモノ。老若男女問わずに、誰もが知っているストーリー。分かり易い物語。分かり易い強さ。本当に。この男は、分かり易い強さを持っている。


「…ッッ」


その美しさに。その強さに。その広さに。その武力に。一瞬だけ我を忘れた。そこを狙われた。


「!」


黒板をチョークで引っ搔いたような音の何十倍もの衝撃音が耳に入った。僕の究極闘気カリスマを斬る音だった。七色の武装闘気が裂かれ、その刃が皮膚に到達しようとしたところで右手で止めた。圧倒的な武。僕の究極闘気カリスマが破られたということは、ヴァミリオンドラゴンの防御力を突破したということ。ドラゴン百万頭をたたっ斬ったという事。


「天晴だ…」


刃を止めた右手も防衛力を突破され、消し炭のように黒炭みたいになって感覚がなくなっている。この僕が、この僕の強さを。防御全振りしてようやく止まる攻撃って、なんなんだ??


「…」


頭突きをしてやろう。その頭蓋を叩き割ってやろう。モノが違う事を教えよう。ドラゴンだぞ?そこらへんのファンタジーのドラゴンじゃない。本当に強いし強過ぎて結局僕の冒険には他のドラゴンが出てこなかったぐらいの強さなんだぞ。細胞が違う。寿命が違う。スケールが違う。全てが違うんだぞ。なんという強さなんだろうか。


「…ぇ」


頭に力を入れた瞬間。自分の防御が完全に成功したわけじゃない事に気が付いた。首の骨まで斬られていた。激痛ではない激しい違和感が僕の感覚を覆い尽くした。あと一手で首をねられてたという事実。


「…ぉぉおお」


超至近距離。この距離でドラゴンの咆哮を放つ。やったことがないけど理解できる。やれば、今やれば、この男を細胞のひとかけらすら残さない。最高の時間を、ありがとう。


「…」


攻撃を加えようとした時の事だった。不思議にも僕はダウンしたらしい。ダウン。ダウン?いや、正確には攻撃を喰らってから何十回、何百回も体が…。


「…」


首を撥ねられた。地面にでこっとぶつかって転がった時になってようやく分かった。


「…」


僕の肉体と男がもみ合ってる遥か後ろ後方で、誰か、いる。


『ユールーズ!』


「ぇええええ!??」


着物を着た女性が武器を納刀しているとこを見た。


「は!?」


いや。いやいやいやいやいやいや。ここRealのシステムだろ!?っていうかそういう能力?ああいうのって何かの仕掛けがあったのか!?


「…」


よくよく見たら、着物を着た女性の周囲の空間が少しおかしい。風景に合致してない。まるでこの格闘空間に別の場所から侵食したように。


「…」


そして僕は負けたらしい。


「くそッ!!」


格闘ゲームコーナーボックスに戻ってきてから悔しさが爆発した。その瞬間だった。


『当コーナーは原因不明のシステムエラーが発生したため現在使用できません』


そんなシステムエラーメッセージがボックス中に出ていた。


「でしょうね」


二対一。あんまりだよ。そんなのってないよ。そもそも一対一のはずでしょ。ゲームマスター何してんだよってんだよ。


「くそおおお」


でも。


「楽しかったなああああああああああああああああああ」


夢のような時間だった。


「マッキーどうしたの?」


妻がやっと現れた。どうやらようやく二十分が経過したらしい。


「あのさぁ」


あのさぁというのは、佐賀県弁である。~さぁ。と語尾にさぁを付けるのである。衝撃的な出来事が身の上に発生したために思わず佐賀県弁が口走ったほどである。どれほどの衝撃だったか。これで言わんとすることが分かるレベルである。


「うん。どうしたの?」


「かくかくしかじかで」


「は?」


僕は詳細に渡って先ほどのインチキされた身の上を語り尽くした。


「なるほど。良かったね」


「良くないよ!?話聞いてた!?」


もしかして僕、全然別の事喋ってたのかな!?


「全身全霊で臨めるなんて、生きてる限り本当ならできないことなんだから」


それを言われてやっぱり僕の奥さんなんだなって思った。


「…そうかも。いや。確かにそうだね」


「ラッキーなことだよ。またやったら?」


「システムエラーが入ってるから当分出来ないんじゃないかな」


「マッキーの防御力を破って致命傷を与えるなんて、世界は狭いね」


「確かにそうかも。案外世界は狭いのかもね」


そして僕達はRealの用事を片付けてからログアウトした。新宿のゴジラタワーで映画を観た後に天下一品のこってりラーメンを食べてたら例の二人とばったり会った。聞けば以前のRealの第一位を取ってたとのことだった。世界は意外と狭いものだ。その二人も結婚していて夫婦ということだった。


「無料サービスの対戦ゲームでハッキングしたのは空前絶後の事だって言われました。そして次はバンするですって。酷くないですか?」


「…でしょうね」


「分かる」


それから実際の格闘ゲームでぼこぼこにしてやった。勝ちが決まる瞬間に僕達のやってた格ゲーの電源が落っこちた。浴衣を着た奥さんの方を見るとニコニコしてた。…こいつ。


「分かる」


妻が珍しく打ち解けて奥さんと仲良くなってた。


「またるか…?」


「もうやんないです」


僕はニコニコしてる浴衣の奥さんをちらっと見てから言った。

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