苗字が変わるヒト
結婚式の当日。ずたぼろの状態でツキコモリさんの家へとご挨拶に伺った。披露宴の打ち合わせも込みで、いろいろと話したい事があるそうだ。ツキコモリさんは最低限の挨拶や招待状を出したり、式のプログラムなんかも送ったので必要ないと言われたけど、そこはやっぱり、義理とはいえお父さんお母さんの関係になるのだ。それに、祝ってもらう人は必要だ。そうやってのこのこと早朝に実家まで出向いた先で唐突に。
「お婿さんですか」
そう言われた。つまり、このツキコモリさんの代々の家業である旅館業を継いでほしいと言われたわけだ。いや。それだけじゃない。つまり僕はサザエさん風に言うとマスオさんみたいになるのだ。
「突然言われても困りますよ…」
むげには出来ないとはいえ、土壇場でそんなお願いされても。
「ええ~」
いろいろと説明を受けた結果。
「分かりました」
僕は婿養子になった。帰ってツキコモリさんに報告すると。
「…」
ガチ黙りされた。目を伏せて相当考え込んでいるようである。
「僕としては別にそう大した問題じゃないと思うし。住む場所なんかはどこでもいいし。佐賀県も群馬県も似たようなもんだし」
「似てるようで似てないけどね」
僕達は佐賀県と群馬県が似てるのか似てないのかについて20分ほど議論した。どうやら似てないらしいということが判明した。まぁ群馬県じゃ海に面してないから美味しいお魚は食べられないよね。ツキコモリさんとの議論の中で群馬県と佐賀県の違いでちらりちらりと東京の名前が出てきていた。なんだよそれ。ヤンキーマンガでおっかない先輩をちらちら話題の端っこに出す感覚を感じた。何県が近くにあるとかじゃなくて自分の県の良さを語れよッ!そう思ったが、とりあえず妻は佐賀県と群馬県は似てないらしいので、そういうことにしておく。
「何かがあったら、あの旧家に行かないといけないんだよ?」
「まぁ…。いいんじゃない?新しい家が欲しいなら新しく建てればいいんだし。ビッキーに言えば…」
「ビッキーに頼み事はしないで。そんな簡単に誰かにぽんぽんやってもらおうとしないで」
「大丈夫だよ。なんかよくわかんないけど、とりあえず月に行ってこいみたいな感じで飛ばされた事もあるし」
「それ以前に一緒に地獄に落ちてくれた。チャラだよ」
僕とビッキー。どっちがやべー事ふっかけてたか考えてみた。確かにあれはヤバイかもしれない。地獄に落ちた当初はあんまり喋ってくれなかったし。
「まぁ。そういうことにしておくとして。それなら僕が出すし。一応資産はReal分やユーチューバーとしてのお給金で結構あるし。知り合いの建築屋さんに頼めばお友達価格も喜んでって言ってたし」
「デザイナーズハウス?」
「え?」
「デザイナーズハウスがいい」
「で、デザイナーズハウス?」
「そう。ハイカラなやつ」
「ハイカラ!?トロピカルフルーツ的なヤツ!?」
「惜しい。近くて遠い、あと一歩」
「グーグル使うよ!?」
西洋風だったり、流行を追ったものって出た。
「つまりミーハー!?」
「ちょと遠くなったかな」
僕は深呼吸をした。こういう他愛も無い会話をいつまでも続けても構わないのだけれども、披露宴は今日である。時間が無いのである。
「一旦落ち着いて整理してみよう」
「トイレ行ってくるね」
「はい」
会話の始まりとどうなってこうなって、会話が捻じ曲がり過ぎてどうなったのか、どうすべきなのかが分からなくなってしまった。これはまだいい。僕達の場合はドライブとかしてるとマジで会話だけで九州の佐賀県の武雄温泉から北海道の小樽まで行ってしまうのだ。まぁ僕がドラゴン変化で運転されてたってのが正しいのかもしれないけど。
「うーん」
とりあえず麦茶をごくごく飲む。
「マッキー。だから私は、絶景が見たいって言ってた。外へ出たいの」
ツキコモリさんが会話の整理と要約をしてくれた。
「うん」
「実家も確かに悪くないと思うけど。それでも、私達の日常は非日常にあるべきだって思うから」
「でも、非日常でもどこか帰るべき場所を作るなり戻らないと、ずっと非日常ばっかりだったら心が疲れちゃうよ」
「そうかもしれないけど。私はなにより、マッキーにとってデメリットがありすぎる話だと思う」
「まぁでもさ。うちはうちでジャズみたいにフリーダムだから」
「今は良くても二十年後は後悔すると思う」
「とりあえず、今が良いならそれでいいよ」
そうやって僕の苗字がこれから梅田末樹に変わる事が確定した。
「マッキーって。びっくりするぐらいどうでもいいって思ってる事に平気でぶっこんでくるよね」
「そ。そう!?」
そういう事を言っちゃうあたり、ぶっこめるツキコモリさんも大概だよって喉元まででかかったけど飲み込んだ。夫婦生活で一番重要なのは、我慢なのである。