第十二話 PK(プレイヤーキラー)
ロマンチックな浪漫飛行で大空を舞い上がってたのは五分だけだった。五分以降は僕の顔は青ざめ、内心具合が悪くなっていたのだ。ツキコモリさんが気を使って下降した。自分でも大丈夫だって思ってても。
「目の焦点が合ってない」
そう言われた。露店で法外なぼたっくり価格のステーキを口の中に突っ込まれた。脳みその思考がフリーズしてる。
「…飛行機ダメなんだよね。僕ってさ。たまにいるタイプ…」
イースターヴェルの北門に連なる高くそびえる外壁に体重を預けて、二人で並んでだらりと休んでる。
「大丈夫?」
「大丈夫大丈夫」
「声が裏返ってるね。全然大丈夫じゃない」
「…」
我ながら情けないところを見せてしまったものだと思う。
「禁忌で、私の魔力をマッキーの神経に流して癒すことはできるけど、する?」
「ラクになるならお願いします…」
「手を出して。目を閉じて」
差し出した手とツキコモリさんの手が合わさった。これは、アレだ。お手手のしわとしわを合わせてしあわせ~ってやつだな。
「…」
なんてばかなことを考えてると、僕の手のひらから木の根っこが神経に沿って成長するような感覚で温かくなっていった。やがて全身を包み込んで、気持ちよくなってく。
「あれ?」
目を開けると、いつもより元気になってる。気分も良い。
「ありがと。これってすご。禁忌なの?」
「邪法って言われてる。こういうのって、慣れてないと魔力によって副作用が出るから」
「ど、どんな風にでるの?」
「青は支配権や条件を満たすためのトリガーの一つで、黒とかなら脳に疾患が入って狂気が混ざる、赤は元々癒しには向かなくて、緑と白は親和性が高いんだ」
「そうなんだ…」
小林さんを思い出す。アレ、絶対青だな!
「そういえばさ。ツキコモリさんってこういう魔力とかの扱いに慣れてるみたいだけど。かといってRealは僕と同じぐらいに始めてるし。もしかして、現実でも何か特別なことやってるの?」
「…ごめん。あんまり話せないんだ」
「僕のヴァミリオンドラゴンぐらいヤバイ話?」
「…ヴァミリオンドラゴンの方が遥かにヤバイけど、これは守秘義務があるから」
「そうなんだ…」
「ごめんね」
「いいって。何かさ。ツキコモリさんには特別な何かを感じたんだ。それで十分」
「マッキーがもし…」
「もし?」
「なんでもない。気にしないで。ジュース買ってくるね」
「あ。うん」
特別な事情があるのか。守秘義務か。うーん。一つ確かな事は、ツキコモリさんの職業は特殊だということだ。知りたいけど、本人が話してくれないなら、無理に僕が知る必要はないか。
「…」
そういう伏線こそ、ズルいよ。いままで散々ネタバレしといて。肝心なところは内緒にするんだ。
「…」
バッグからカードを出そうとするけど、見当たらなかった。気付いたらヴァミリオンドラゴンのカードがうつ伏せで壁に寝そべってる僕のお腹に置かれてた。手に取って、虹色のカードを眺める。
「あ」
ふと、手からカードを落としてしまった。
「…」
そうすると、ぽちゃんと水音を立てるように波紋を広げて僕のお腹に落ちてった。
「自分の身体に収納なのか…」
おそるおそる落っこちた辺りのお腹をまさぐってつまみあげるとカードが出てきた。
「君と出逢って大分人生楽しくなってきたよ…」
一言お礼を言ってお腹に戻す。これなら盗まれなくて平気だし、いつだって取り出し易い。
「マッキー」
「ありがと」
パイナップルストロベリーアイスシェーキっぽい滅茶苦茶最高な飲み物をひとすすり。
「美味しいね」
「うん」
北門からのんびりと僕達は忙しくしたりのんびりしている馬車の業者を眺めてた。ふと。
「あのね」
「なに?」
「やっぱりなんでもない」
「そうなんだ…」
言わないなら、聞かないよ。
「…」
欲望がお腹の中からぐつぐつ沸いてきた。もっと、ツキコモリさんの役に立ちたいという欲求だ。
「あのさ」
今度は僕が言おうとした。すると言葉が被さった。
「あのね」
「うん」
「ネットの出会いは一期一会だから。もし私がログインしなくなったら、フレンド登録は削除しておいて」
「…」
絶対聞きたくなかったヤツを聞いた。
「仕事が忙しくなったとか…そういうの?」
「そういうの」
少し悲し気に言われた。
「そうなんだ。…わかったよ」
全然わからないけど、そう言ってみた。ツキコモリさんが居るからRealやってんだよ。君が居なければそもそも…。仮想現実なんかにうつつを抜かしてなんかいない。
「…」
「…」
「君達、ちょっといいかな?」
全身を鎧で覆ったいかにも騎士!という格好の人だった。
「君達って馬車の業者さんだよね。明日一日貸し切りに出来ないかな?相場の十倍払うよ」
「…ごめんなさい。僕達観光客なんです。力になれないです」
ツキコモリさんの事が結構ショックな事言われた。打ちのめされた気分になった。
「そーなんだ。二人共?」
「はい」
「ふーん。見たとこアドバンスって感じかな。どうかなReal。楽しんでる?」
「え?」
今ぜんっぜん楽しくないんですよ。最低な気分です。僕の自分勝手で汚れた欲望のために自分で自分を傷つけるんです。女友達が生まれて初めて出来てたんです。とりにたらない僕にとって大切な事だったんだ。それが、なくなるかもしれないって。勝手に期待して勝手に裏切られた気持ちになってるサイテーなヤツなんです。僕って。
「…」
言えるわけないし。
「楽しいですよ。名残惜しいぐらい」
ツキコモリさんは言う。名残惜しいってなんだよ。どこか転校しちゃう幼馴染の出るギャルゲーの台詞じゃないか。
「うん。楽しいです」
「そっかぁー。君達も大変だね。いろいろとさ。アレだろ?いろいろ問題あるだろ?そーゆーのって金だろ?金が問題なんだろ?」
「えっ」
どうやら僕達の顔色が暗く黄昏モード入ってる原因がお金によるものだと推察されたらしい。
「いやっ…」
「いーって。いーって。まぁ聞けよ。明日すげーデカい仕事があんだよ。マジでデカい。超デカい。超絶デカい。んで。人がいりようなわけよ。それで、君達どーよ?明日一日でさ。1000ドル出すぜ」
「ええ!?」
1000ドルって言えば十万円ぐらいか。
「まぁ美味い話は毒があるってのが相場だがよ。実は俺のとこがどーしても人手が足りてなくてね。一応手付金で200ドル出すぜ。現実の電話番号と住所なんか社会保障番号が載ってる公的機関が発行したカードをファックスで送ってくれたらな。どーよ?」
「ええー!?あの。すいません。明日はどうしても必要なイベントがあって」
「同じく」
「マジかよ!?こんなおいしー話ほっとくかぁ!?まぁいい。フレンドとかギルメンに親しくて信用のおけるヤツが居たら紹介してくれ。これがオレの名刺だ」」
そういうと絵柄の付いたカードを僕達の横に二枚投げた。
「今日中、あと三時間で俺んとこは三名ぐらいまでだな。募集してる。暇なヤツで信頼できるヤツには声かけてくれ。じゃあなお二人さん」
そう言って、言う事だけ言って仲間の馬車まで向かっていこうとした。
「待って!」
ツキコモリさんが珍しく叫ぶように言った。
「仕事内容は!?」
距離が離れてるからだろう。彼も叫ぶように言った。
「ワルイ事だよ!」
そうして去っていった。
「…」
名刺を見ると、人材派遣ギルド、スイーツバッドのローツ・メイリ―と書かれている。ちゃんと現実の電話番号と住所も載ってるし。
「なんか。勘違いさせちゃったね」
「…さっきから黒いオーラが渦巻いてる。なにか、ワルイ事が起きる予感がする」
「そうなの?」
「私はそういうのが分かるから。人々の心と心は繋がってる。人のオーラは繋がってくと密集し特異性が出る。群れの色が私には視える。荒野の先にも。そんな邪な気配がしてる」
「プレイヤーキラーとかじゃないかな」
「あっ。そっか。なるほど…。そっか。プレイヤーキラーってほんとに居たのか」
僕達が北門の馬車のメインストリートを見ていると、空から豪華な巨大な亀が豆粒のように見えた。
「亀の上に王宮がのっかってるね…」
だんだんと近づくにつれ、その大きさがバカげた本物の王宮を乗せた巨大な亀なのだと分かってきた。
「偉大なるギルドの誰かかな」
「多分ね。いいなぁ」
「もうちょっとしたら、あれより大きいのに乗せてあげるよ」
「…それは。いいね」
そんな感じで夕陽までだらだらと過ごした。途中で再度三回ほどイースターヴェルをドレイクで旋回したけど、頑張れば大丈夫なコンディションまでもっていけた。乗り物酔いするタイプだったと気付かされる一日だったけど。今日は楽しかった。そして、寂しい事も言われた。
「マッキー~。モーリー~」
ミルフィーと合流した。手はずは整ったようだ。
「いざ、バベルの塔へ」
「だね」
少し悲しい顔をされてるのは、きっと僕と同じ気分だからだろうか。
「上級占い婆によりますと、明日バベルの塔にて相まみえるとの事です」
「既に他のギルドに商品を手に入れられたって事か。なるほど。おもしろいね。どいつだと思う?」
「入手されたならアクションが必ず起きるはずですが、それもありません。不老不死の秘薬、空腹の秘薬、万病薬はいずれもAランク止まり。永続的なもので、召喚獣かアーティファクトのいずれか。Gクラスを超える商品がいまだ表出されてないとしますと、世界のバランスを重視するトワイライトぐらいでしょうか。秘匿するギルドは。よって、ダニー翁とジャッカル様ですかね」
「他は見せたがりばっかだもんね。クク。明日は爺二人を要監視で」
「それが、ダニー翁とジャッカル様は公務で来られないと。代わりにミルフィー様が来られるようです」
「白鯨釣ってピースサインしてる爺がどーやって公務してんだよっつーの。ミルフィーちゃんの監視お願い。目を離さずにね全員」