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家系ラーメンの雰囲気(スープ)にのまれた恋ビトたち

群馬県は前橋の前橋駅の最寄りのラーメン屋さんに、ツキコモリさんと一緒に並んでラーメンを待っている。東京のラーメン屋はおおまかに三種類。二郎系の流れを汲む中毒者ジャンキーが並ぶお店。そして横浜家系の流れを汲む豚骨醤油がベースの家系ラーメン。あとそれ以外。このお店はというと、家系ラーメン。ツキコモリさんが食べたことが無いというので、試しに食べてみるって言うと頷いたので勢いで暖簾のれんをくぐった。さっき新宿でモスバーガーを食べまくったけど、ラーメンは別腹だ。しかも家系。二郎系の流れを汲む二郎系ラーメンは正直言ってあんまり美味しいとは思えない。そういうと中毒者ジロリアンに殴られるかもしれないが、殴られるの覚悟で言ってしまうと僕は苦手だ。ラーメンならやっぱり家系。特にニンニク入れ放題なのが最高だ。中盛(通常のラーメンで言うところの大盛)を頼んでから半分麺を食べてからたっぷりニンニクを入れてニンニクラーメンにして食べると本当に格別だ。これは本当に特別でこれを誰かに教えちゃうと家系ラーメンからニンニク無料トッピングが無くなってしまうので、僕はこれを墓まで持っていくつもりだった。


「すっごい」


男として、フィアンセとして、結婚を前提とした付き合いをする男として、僕は大盛を頼んだ。僕はこれまで生きてきた中でお残しをしたことが過去に二度だけ。サークル仲間の佐藤さんの誕生日パーティで行われた闇鍋大会と、サークルの仲間で池袋の大勝軒で大盛を頼んでから残した事。正直言って、男がご飯を残すなど、これは敗北に他ならない。自らの御前に招いたあらゆる食材に対する冒涜であり、自分自身の全身全霊に懸けての敗北である。


「…」


予想以上に、多そうだった。麺がぎっちり入ってる。なるほど。なるほどね。そういう感じ?そーなんだ。ふーん。…ドラゴンと魂の融合がされてない、夏前の僕なら食べれてないぐらいの量。


「…」


ツキコモリさんの前に大盛ラーメンが差し出された。


「…」


店主、やるな。根性の入ったラーメンだよ。この店の大盛、中盛、並は、確実にラーメン中毒者ジャンキーに寄り添った盛をしてる。ツキコモリさん。貴方にこのラーメンはどう映るだろうか。これまでの人生で食べた事が無い家系ラーメン。…どうだッ!?


「…」


僕の目を見る。そういう顔で見られた。え?は?え?そうか。仲間同士でラーメン食いに来たぜッって感じではなく、ツキコモリさんという女性と一緒にやってきたことを思い出した。


「お先にどうぞ」


「遠慮なく」


生唾を飲む。


「…ずるずる」


「どう?」


「美味しい…」


そりゃそうだろう。貴方はまだ知らないだろう。この家系のラーメンのカロリーを。脂質をッ!脂の量をッ!これでライスまで頼んで汁まで完食しちゃうと間違いなく糖尿病、体重増加、脂肪増加、人間の本来持つ健康を著しく害する諸刃の剣なのであるという事は、後で教えてあげよう。


「…」


ツキコモリさんはチラリと壁に貼られた家系ラーメンのメニューを眺める。あるところで目が留まった。


「…」


おいおい、まさか…。


「ライス中盛」


「あいよ!」


ラ、ライスは終日無料であるのはこのサービスではあるけども、ツキコモリさん。あなたは目の前にあるラーメンの量の目方を見誤ってやしないだろうか。まさか、ここにきて、まだ一口しか食べてないのに、ご飯、しかも中盛を頼む…って。


「あいよ!中盛!」


山盛りのご飯が無慈悲にカウンターの前に置かれた。


「…」


ちらりと僕の方を見てから、ご飯に手をつけずにラーメンをすすってくツキコモリさん。


「…」


え?なんで今僕を見た!?ご飯食べずに……どうして!?


「あいよ!大盛!」


「ありがとうございます」


来たッ!大盛ラーメン。くぅ~。闘いの時。


「…うん」


旨いっ。本当なら油抜きを頼むのが僕流だったんだけど、ツキコモリさんも一緒だから、まずは最初はど本流なノーマルベーシックを体感して頂きたいからね。これはしょうがない。っつーか油やっぱ多いな。女性客ガン無視、媚びぬ退かぬってヤツか。良いね。


「ずるずる。うん。美味しい」


ちらりとツキコモリさんを見ると、既に結構食べてた。しかも、僕を見ながら食べてるらしく、目が合った。あと少しか、っていうかご飯、あまり手をつけてないぞ。あ。そうか。餃子!サイドメニュー!なるほどやるね。そういうのもあるのか。


「あのね。これは僕流なんだけど」


「うん」


「…」


ここに来て、僕の頭脳に稲妻が走った。ヴァミリオンドラゴンとの魂の融合が進む中、Realにおけるレベルカンスト、100以上に伴う身体的劇的変化の頭脳昇華。英語も出来るようになったし、おそらく知能指数も向上していることだろう。そんな僕がここにきて土壇場で気付いてしまった。


「…」


ニンニク。ニンニクって!しかも、お腹いっぱい、カウンターの前に置かれてるいっぱいの瓶入りニンニクをラーメンにこぼしまくるニンニクラーメン。


「…」


っく。ういういしいフィアンセ同士が、ニンニクかっ。僕は…。僕はなんてことをしようとしてたんだ。しかもこれから両親にご挨拶だって時に、僕は。お腹いっぱいニンニクを食べようとしてたのだ。なんて罪深い。


「美味しい食べ方とかあるの」


「!」


っく。おいおい。ぐっ。かっ。かっ。


「あ、あるけど…」


あるけど、今。結婚を前提に付き合いだした二人一緒に並んでニンニクの挙句、この後ご両親にご挨拶に伺いに行くんだぞ?そんな場面でニンニクをたらふく食べてるなんて。ご両親から撃たれたり硝子の灰皿で頭を殴られても仕方がないほどの挑発行為に等しい。


「ニンニク入れると最高なんだけど、これから挨拶しないといけないからね。やっぱり控えちゃうよね」


「そうなんだ」


「残念だけどね」


「結構美味しくなる?」


「最高だよ。家系はこの辺が中毒者ジャンキーを生み出すギルティだね」


今自分でも言ってて何言ってるか分からなかった。格好良くしようとしたのかもしれないけど、素が出てしまったのかもしれない。サークルの仲間内で喋ってるムードがどうも家系ラーメンには漂ってる。


「食べたかったなぁ」


そう言われた。


「…」


言われてしまった。


「…」


僕にとって大切なのは、ツキコモリさんのハートか?ご両親のハートか?


「…」


僕にとって大切なのは、ツキコモリさんか?ツキコモリさんのご両親か?


「…」


僕にとって大切なのは、ツキコモリさんだろ!!


「入れちゃおっか」


僕は覚悟を決めた男の顔でそう言った。清水の舞台から飛び降りる覚悟である。


「美味しいんだよね」


「最高だよ。玄人向けだけどね」


「私もご飯入れちゃお」


「えっ」


そう言うとツキコモリさんは山盛りになったご飯を麺が残り少なくなったラーメンの鉢にそのまま滑らせるようにぶち込んだ。


「…」


は?


「…」


時間が止まったようだった。


「…」


「これにニンニクだよね」


そう言うとツキコモリさんはニンニクの瓶をつまみ上げるとそのままどばどば全部丸ごとラーメンの鉢にぶち込んだ。


「…」


…。


「美味しそう」


そして箸でぐりぐりとまぜまぜしてる。


「…」


僕は、井の中の蛙だ。こうだろうとか、そうだろうとか、ツキコモリさんを決めつけていた。オーケー。分かったよ。付き合うよ。地獄…。は、この前行ったしそう大したこと無かったので、どこまでも付き合うよ。


「うん。最高」


やがてツキコモリさんの胃の中からニンニクのガスが噴き出して、口の中いっぱいに広がる事だろう。


「…すいません、僕もライス中盛で」


そんな冥府魔道に、ツキコモリさん、あなたを一人で行かせないよ。…僕も一緒だ。


「うん。美味しい」


僕は中盛のご飯をラーメンにぶち込んでニンニクを隣のカウンターから掴み取ると、そのままひっくり返してラーメンに丸ごとかきいれた。


「餃子もいっとく?」


「いいね」


僕達、ずっと一緒だ。


「餃子二人前お願いします」


「あいよ!」


「…」


ニンニクたっぷり、ご飯たっぷりの家系ラーメンねこまんまである。


「ん」


一口スプーンで食べた。家系でスプーン利用なんて初めてのことだった。


「…」


バカウマっていうのは、このことだろう。


「美味しいね」


そう言った。


「うん。絶対合うかもって思った」


二人仲良く、冥府魔道へ。家系ラーメン屋の支払いを済んでも、僕はまだ後悔なんてしてない。


「…」


これからどんなことがあっても、どんな道でも、僕はツキコモリさんを守る。そんな覚悟の下で、店を出た。


「…」


店を出たらいつか見た黒のクラウンが停まってた。時間は待ってくれず、人生を常に動き続ける。


「…最高だったね、ツキコモリさ…」


僕はセカイの何かに気付いたような、とても悲しい事があったような、そんなせつない顔をツキコモリさんに見た。そんな顔をされて、僕の義侠心は燃え盛った。


「…うん」


僕も少し、涙が出てきた。大丈夫。つらい世界に、一人ぼっちになんかさせてなるものか。…僕もいる。これからどんな出来事がやってこようとも、二人一緒なら大丈夫。心配することなんてない。



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