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デートするヒト

数時間の睡眠で、十二分に熟睡出来た。起きた時、小学校の毎日ゲームが出来る無敵夏休みモードのような最高の目覚めだった。鼻毛チェックを終わらせて、自分で一番イケてると思ってる服を完璧にコーディネートしてから、僕は気付いた。そう。今日はツキコモリさんのご両親に会いに行くのだ。もちろん、結婚を前提としたお付き合いを許して頂こうというわけだ。不思議と緊張はしてない。やっぱり自分で選んだ服をベッドに置いて、半袖のワイシャツとスラックスという形式に決めた。


「…よし!」


覚悟を決めた。それから総武線にわざわざ自転車に乗って、駅前の1000円カットで散髪する。身だしなみはこれでオーケー。昭和テイストの七三である。これで親御さんもきっと、将来娘さんをくいっぱぐれをすることが無いように見受けられるはずだ。将来何にするかっていえば、公務員でもいいし、トマト農家でもいいし、老人ホームでもいい。ちゃんと子供を最低高校までは行かせるのだ。将来僕の子供がスポーツをしてかったら、ちゃんと良い靴も買ってあげる。ミズノのスパイクに、アシックスのスポーツパンツ、アディダスのサッカーボール。野球のミットは普段大谷翔平が愛用しているやつをちゃんと買ってあげる。土日の休みには将来の大谷を育てるべく奮闘する。想像してたら十五分が経過してた。


「ほい!ブラピ一丁前!」


「…うん。ブラピだ」


今の僕は自信に溢れている男である。覚悟を決めた男だ。昨日までの僕なら、1000円カットでブラピにしてくださいなんて言えるわけなかっただろう。僕はさっき言ったのだ。間違いなく、昨日の僕を超えていた。明日は更なる成長が見込めるだろう。どこどこと電車を乗り継いで新宿にやってきた。そうすると、歌舞伎町の前でモヒカン男三人が僕の前に進路妨害をやってきた。見知った顔である。モヒカンはドンキで買ったのであろう。ほんと、ヒマな連中である。


「ココは通さないぜぇ~?」


「ひゃっはー」


「にたにた」


構ってあげる気も無かったし時間も無いし、先に攻撃されたら服と髪型のブラピが崩れてしまうので。


「…」


無法者三名を肩パンでぶっ飛ばした。


「はわば!」


「…」


「げほっ…。おかえりマッキー。終末を止めたんだ。粛清は勘弁してやる…。ふぐ」


「今までありがとう」


こうして僕はサークルを抜けた。今はもう、大人になったのだ。


「…」


きっと立派な人間になる。いっぱい働いて、いっぱい納税して、いっぱい子供を作って、ちゃんと立派に死ねるようにする。僕はもう、自分の事は考えられないのだ。


「…本当にありがとう」


良い出会いだったと思う。そうして少しばかり感傷にふけると、ゴジラタワーの前で待っていたツキコモリさんが見えてきたので手を振った。約束の十五分前。


「おはよう」


「おはよう。ご飯食べた?」


「食べてない」


「じゃ、どこか食べてから行こうか」


「うん」


そうして二人で横じゃなくて縦に並んで、雑多混雑極まりない新宿の街を歩く。時折ちゃんとツキコモリさんがついてきてるかどうか確認するために後ろを向く。


「何か食べたいものある?」


「特にないよ」


「懐石料理とかうなぎとかカニとか」


「…」


「あれとか」


「あれ?」


モスバーガーだった。


「食べた事が無いから」


「食べてみよっか」


勢いだけで良い感じの隅っこの二人用テーブルが取れた。ここなら周りを気にせず喋れそうだ。


「何食べる?」


「これとかこれとか」


思いのほかガッツリと注文して、テーブル山盛りになったバーガーを見てから。


「こういうのっていいね」


そう言われた。確かに、食料が盛りだくさんなのは良いことだ。


「一冬越せそうだね」


「マッキー、冬はそこまで甘くない」


「そうなんだ」


「平気で死ぬから」


そう語るツキコモリさんの顔はどこか影がある。結構、僕は知らないんだなって思う。ツキコモリさんの事、僕はまだ、多くは知らないのだ。これからきっと、少しずつ。


「冬に何かあったの?」


「うん。冬の山で遭難して死にかけた」


「うわ。それは災難だったね…」


「うん」


「スキーは?」


「あんまり」


「海は?」


「行ったことが無い」


「僕も似たようなものかな。今度行こうよ」


「いいね」


そうしてテーブルいっぱいになるまで注文したハンバーガーやパフェやらを二人でがぶがぶと食べまくる。


「なんか、いいね」


「がぶっと貪り食べるあたりが、動物になったみたい」


「…」


ここに来て何て言えばいいか分からなくなった。


「いいよね。僕ももっと食べたくなってきちゃったよ」


「うん」


「注文する?」


「いいね」


悪ノリが過ぎたのか、流石にいっぱいいっぱいになってきたけど、ツキコモリさんの方を見る。それはそれはとても美味しそうに食べてくれてるので、たまにはこういうのも悪くないなって思いながら、ムリして口に突っ込んでく。


「ところでさ。ツキコモリさんの家って何県になるのかな?」


「群馬県だよ」


「そうなんだ」


グンマ―。なるほど納得だ。群馬県民の戦闘力は日本トップレベルというのは話には聞いている。


「…」


栃木、福島、新潟、長野、埼玉と隣接する、日本列島の丁度真ん中に位置する土地である。ついでに言うと、ちょっと距離を進めてみれば、茨城、そして東京にも近い。それでいてマイナーな県である。ひょっとして日本を影から動かしてる県なのかもしれない。


「…」


元佐賀県民としては、多少のシンパシーを感じて、嬉しく思う反面、変な気持ちにもさせてくる絶妙な大地である。


「マッキーはどこ?」


「今は千葉県だよ。小学校の頃は佐賀県だったね」


「佐賀県」


「うん」


僕はツキコモリさんの困ったような表情を見て、この日本で、佐賀県の認知度がどれだけ低いのかを思い知った。何てリアクションしたらいいのか分からないような表情である。


「佐賀県」


「うん」


「何があるの?」


哲学的な問いかけをされてしまった。佐賀県には何があるのか。一体佐賀県には何があるのか?そのご質問にお答えさせて頂きましょう。


「何もないがある。かな」


「何もないがある」


「そう」


「…」


「…」


「何もないがある…」


本当に考え込んでいるようなので助け船を出してあげることにした。


「何もないがあるっていうのはね。特に何もないわけじゃないんだよ。何でもあるに近めの何でもないだよ」


「…哲学的だね」


「そうなんだよ」


「…」


「今度案内するよ。佐賀県は正直言って、体感してもらわなければご理解頂けないと思うんだ」


「群馬と似てる?」


「うーーん。まず、佐賀県には海があるんだ」


「うん」


「だから刺身とか皆しょっちゅう食べてるし、海の幸なんてそこらへんにあるわけなんだよ。まぁ佐賀県市内とかになっちゃうとそうはいかないけど、海沿いの隣接してる町とかだと、なんでも釣れるんだよ。もちろん釣っていいところと釣ってはダメなところと、200円とか300円とか払って釣っていい場所とかもあるんだ。マグロとかタイとかも新鮮なうちに食べれる」


「うん」


「でも海だけじゃなくって、山や森だってあるんだ。みかんとか、田んぼだってあるし、伊万里牛だってあるんだ」


「なんでも揃ってるね」


「そうなんだよ!そう、それ!分かってくれたか…」


これが本質的に理解してくれるとは、やっぱり最高過ぎか。ベストマッチだと思われる。


「…」


じーっと僕を見てうんうんと聞いてくれる。僕ってこんな風にちゃんと誰でも喋るんだって実感が沸く。


「嬉しそうだね」


ちょっとにっこりしながらちゃんと聞いてくれてる。


「うん」


なんか、これから群馬県へ、あの場所へと行くんだってなってても、どんとこいって感じだ。

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