白いフィアンセ
物語のハッピーエンドっていうのは、大体ラスボスを倒せばそこで終る。後はエピローグでちょっぴり語られるだけ。ストーリーの醍醐味はボス戦だろうけど、人生の醍醐味はやっぱり結婚だと思う。アニメでは覚えきれないぐらい女の子がたくさん出てきて、あんまりその中で一人だけってのは選ばれない。結婚もしないことが多いだろう。でも現実は、幸福の極致は、人生の目的は、それが大切な出会いっていうものだとしたら、やっぱり結婚こそが物語の終焉に相応しい。少なくとも、僕の人生で一番大切な事は、死を分かち合える出会いだった。その結実。
「後は子供の問題か…」
久しぶりに机の椅子にどっぷり体重をかけて考える。僕とツキコモリさんはレベル差がある。そうなると子供が出来にくいらしい。解決策はきっとあるだろう。それも明日、ちゃんとお互い話し合おう。
「…」
固定電話が鳴り響いた。一階に降りて受話器を取ると、父親からだった。
「あ。お父さん。今度僕結婚するから」
挨拶よりも先にそれを伝える。
「へぇ。新譜出たんだ。それまたどうせ丸ごと重厚なヘヴィメタルなんでしょ?」
スリップノットのセッションを手伝ったらしい。
「怒鳴らないでよ、っつーか、結婚の話がそうかで終るようなもんじゃないでしょ!?」
父親はスリップノットの新譜に対して憤りがあるらしい。僕の結婚の話はほぼスルーだ。
「え?良い子だよ。出会い?この前プレゼントに買ってくれたネトゲでだよ。え?は?手も繋いでないっての!そういう冗談はいいから!」
両親は海外でいろんなバンドの手伝いをしてる。コミュ力が半端ではなく、クラシックからロックまで手掛けてる。根っこの部分が本当に音楽家で、両親は二人共練習せずに譜面を見ただけでピアノもギターもヴァイオリンも弾ける。僕には二人が期待するような才能が無かった。持って生まれたセンスが違ってた。だから僕は二人についていってなかった。僕は二人を落胆させたと思ってたけど、両親は別にそう大して問題にしてなかった。きっと大人だからだろうと思ってた。でもどこかで、音楽家としての人生を歩んで欲しかったのかもしれない。
「え?」
急にハイになったような口調で喋り出した。いや、おそらくハイになってる。ロックバンドのパーティってマジで滅茶苦茶やる。ストリッパーは呼ぶし、ドラッグは持ち込むし、家中あちこちに精液が飛び散ってる有様だ。人間が違うと生き方も違ってここまで生活っていうものも変わるのかって半ば関心した記憶がある。中学の頃に一度母親の提案でサプライズパーティに呼ばれた時はそうだった。乱痴気騒ぎの熱狂の渦に、まだお父さんはずっと留まっているのだ。そういう生き方もある。反面教師ってやつだ。僕は絶対にそうはならない。
「クスリ抜けてから電話してきてよ」
それから少しぐらい近況報告をしてから。
「それじゃ。僕もだよ。じゃ」
電話を切った。アレでも父親やってこれたんだ。胸を張って僕でもなれると確信してる。
「これからっか…」
仕事何にしようか。ユーチューブで食べてくのは気が引ける。前途は多難だ。
「…悪くないじゃん」
二階に戻ってスリップノットの新譜を聴く。普通のロックバンドのシングル。まぁ悪くない。良い仕上がりに出来てると思う。そっかぁ。スリップノットも変わるんだぁ。そう考えると、僕のこれからの人生の変化も、なんだかわるくないような気にもなってくる。
「うん。へぇ。良いじゃん」
これから僕も、将来は子供を持つのだ。
「明日、ご両親に挨拶に伺うのかぁ…」
父親のスーツで行こう。めくるめくバラ色のハッピータイムはもうそこ。ハイライトはもう過ぎ去って、後は。気合いと勇気。覚悟を決めたせいか、不思議ともう尻込みするような気持ちにはならなかった。
「…」
ふと、一階のリビングできらきら星を聴いていると、僕宛の便せんがテーブルに山積みになっているのに気付いた。英語やそれ以外の国からの言語で書かれた便せんもある。手に取って中身を見ると、食事会みたいものの誘いだった。
「面倒に思う反面面白くもあるか…」
今後、限られた人間は超人になってゆく。寿命が無くなり、リミッターが外れる。真の生命体として意志が人間という群体を超える。僕はその限りではないが、それはこれからの人類に訪れるそう遠くない未来だろう。人間に不死が訪れ、病気も無くなり、不老不死になってゆく。それから世界がどうなってゆくのか。僕には想像すらできない。
「うーん…」
まぁ。どうにでもなる。人間は僕ほど神経が細くない。自分の事は棚に上げて図太くどこまでも見栄を張っていきてゆくのだ。そう、落語の初天神のように。落語を知らない僕が一年に一度あるかないかでゲラゲラと下品の笑いをした挙句脳に酸素が行き届かずに本当に笑い死にしそうになったものだ。人間は強い。そして、美しくカッコいい。それが小さな子供なら尚更だ。ああいう子供は…。どうだろうか。
「…」
ヴァミリオンドラゴンとも、お別れだ。しかし僕達の魂はくっついてる。何かあれば、きっと僕を呼ぶはずだし、僕はそこに行くための力もある。大丈夫。心配なんて特にしてない。
「ふぁ」
眠気がしてきた。変に安心したら、急にまぶたが重くなってきた。
「…」
ビッキーにちょっと挨拶ぐらいしてこうかと思って、飛んだけど、ビッキーは玉座に座ったままRealの端末を被っていた。
「ようやるな…」
一瞬、嫌な予感がした。ビッキーがまるで音を立てて人形のように崩れ去ってゆくような…。
「くそッ!!」
胸騒ぎがした。
「またかよ…」
背に腹は代えられない。僕は自宅に戻って再びRealの端末を装着した。