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一つのエンディングに到達したヒト

ATMから五万円を引き出した。Realで稼いだ分が三十万円以上あって、現金は問題無し。これで原宿でクレープが買える。このままデートであって、映画なんかじゃないって気付いたところでもう、覚悟を決めた。ツキコモリさんの実家には明日行こう。覚悟を決めろ。自分の生き方を決めろ。どうやって死ぬのか。何のために死ぬのか。自分の人生、血肉を誰に捧げるべきなのかを明確に頭に刻んだ。およそ十五分ぐらいで地球一周旅行をボコボコジャンプした結果、覚悟を決めた。生きるべき道が明確に定まると、後は楽だ。考えなくていい。行動するだけ。


「…」


ゴジラタワーのツキコモリさんの部屋に到着した、僕はもうかつての僕ではなかった。覚悟を決めた男の顔になってるのだ。


「鼻毛チェックしてなかったな…」


軽く背筋に悪寒が走りながらも、ツキコモリさんの部屋にノック。後、服もちょっとボロボロにイイ感じにダメージが入ってきちゃってるのに気付いた。ハリウッドにスカウトされたらどうしよう。


「…」


ツキコモリさんが出た。シャワーから上がったばかりなのだろう。さっぱりした顔つきになってる。額に残る傷痕がRealのままだった。


「服とか大丈夫?」


「大丈夫。乾いたから。入って」


「入らないよ。ここはもうツキコモリさんの部屋だから」


「そう」


「映画はやってないけどさ、良かったら新宿を案内するよ」


「お願い」


どこかぎこちなく、僕達は新宿の歌舞伎町を歩いた。台風が温帯低気圧になったばかりのせいか、普段居る観光客も、居なかった。そこでの往来はここら一帯を仕事場としている人たちぐらいで、普段あるお祭りのようなバカ騒ぎな喧噪が、どこか暗く落ち着いて沈み込んでいた。


「メイド喫茶とかあるんだ」


往来の中で意外な一言を言われた。


「行ってみる?」


「今度でいい。多分閉まってる。それよりどこに行くの?」


「新宿御苑に行って、明治神宮の森を抜けて参拝して、原宿で服とか…どうかな?」


覚悟を決めてる。もうおどおどしない。これからずっとだ。もうすべきこと、生き方と死に方は決めた。もう迷わない。


「いいね」


手を繋ぐ瞬間だった。誰も居ない昼下がりの中で、まだ屋外から雨がしたたってる。その湿っぽいようなふっくらとした手のひらを触れば、触れば。


「…」


ムリだ。まだ両親の挨拶が済んでないし、正式に交際のお伺いと、ツキコモリさんにもちゃんとこれから結婚を前提としたお付き合いをさせて頂く旨への返答を貰わなければ。安易な道ではダメだ。これは東雲末樹の人生初でおそらく最後になるであろう初めてのデート。


「…」


ふと、ツキコモリさんの手を見た。すっごくゴツゴツしてワンピースのすそから見える手首はシャープにも筋肉がついている。僕の知らないツキコモリさんを見た気がした。ツキコモリさんは魔力を、魔法を、知っていた。それがどういう経緯で知ったのか、ツキコモリさんの家庭事情を考えれば、それは平たんで優しく穏やかな道じゃなかった事がうかがえる。


「…」


並んで、それからぽつりぽつりと話しながら、歩いた。何を話せばいいのか分からない。多分ツキコモリさんもそうだろう。だから少しずつ、話せるだけ無理せず話した。きっとこれから、伝えたい事も喋りたい事も山ほど出てくるだろう。もちろん、そういうのはツキコモリさん次第ではあるんだけど。これまでの歴史の中で、男は女性に求婚してきた。僕の父親も祖父も、祖父はお見合いだったけど、それでも結婚への意志が必要だった。どれだけのエネルギーが使われたのだろうか。男が結婚するって、人生を捧げるって、死を共有するって、どれだけの想いが必要なのだろうか。


「…」


そして想い十分でも、それがかなわないことだってあるのだ。そうやって歴史は紡がれてきた。やっぱり、身震いするほどの奇跡の嵐が垣間見える。本当に、人間は、よくやってるって思う。本当に頑張ってるって思う。そして今度は僕の番だった。


「…」


新宿御苑に来た時には、もうちょっぴり喋ってた。


「お金が必要なんだ」


「うんうん」


切符を買ってきて手渡す。


「前に来たことあるんだ」


「サークルの仲間とね。アニメのシーンで使われたんだって」


「面白いの?」


「全然面白くなかったよ」


ヘドが出そうだった。なんて暴言はちょっと控える。


「そう」


「何か飲み物飲む?」


ほぼほぼ貸し切りの中で、一通り一周して回った。


「…」


ぎこちないまま、黙って一周。たまにお喋り。心臓がどっきんするラブラブデートって話は聞いてたけど、ちょっと僕の場合は違った。僕はロックでもファンクでもない、クラシックだった。


「おもしろかった」


「おもしろかったね」


多分二人とも微妙だったと思う。半ば機械的だった。美しい日本庭園も、どこまでも広がってそうな野原も、なにがなんだかわからない植物達も、映画のワンシーンみたいな一瞬すら、僕達の心の空白、溝は深かった。お互い、普通じゃなかった。


「明治神宮は行ったことある?結構原生林みたいなのが残って、都心にありながら森みたいなんだよ」


「…何回か行ってるから」


マジかよ。これ、デートする機会が万一あった時のとっておきのネタだったのに。


「そ、そうなんだ…」


ここにきて、二年間ぐらいあっためてきたネタが粉砕された。僕の鋼の意志がちょっぴり。


「でも原宿は行ったことがない」


僕も。


「そ、そうなんだ。ほら、クレープとか食べ歩きで、ナウでヤングな若人のメッカらしいよ?」


ここに来て笑いを取ってくる僕。やっぱり今の僕は一味違う。


「食べ歩きするんだ」


「え。う、うん」


「密集地帯でクレープを食べながら歩くなんて、ちょっと怖いね」


「今だけは大丈夫かも」


人間の密集地帯、日本中の女の子たちの聖地、原宿。それが今では、やっぱり、貸し切りみたいにまばら。今日ぐらいは、特別。


「…」


明治神宮の参道を歩いて、日本語じゃなかったり、キャラクターが描かれたりする絵馬を見てから、二人並んでお参り。とにかく、ちゃんと人生を生き抜けるように頑張らせて頂きます…。


「…」


スターバックスでアイスコーヒーを二つ。ちょっと面白いヤツを頼もうかと思ったけど、そんな余裕は無かった。すぐに飲み干してしまって歩いてると、もう原宿駅が見えてくる。


「人が少ないと、どこにでもあるような商店街みたいだね」


「そうだね」


なんとか開いてる原宿のこじんまりとしたお店で、絶対に買わないであろうシャツや絶対に着ないであろうイケてるシャツを買って、ツキコモリさんにもやたらとにかくフワフワした洋服を買っていた。まるでどこか欠けているような二人だったように思える。心ここにあらず。少なくとも僕にとってこの瞬間は、夢のような出来事で、まだどこか夢心地さえしていた。


「沖縄では映画館やってるみたいだし、行く?」


「行く」


沖縄の平和通りに跳んで、2メートルぐらい上ぐらいから着地。ツキコモリさんも無事に着地。歌舞伎町よりも人通りであった。夏の熱風が、僕達を包み込んだ。


「暑いね」


「そうだね」


このまま何事も無く、ただの一日だけは、平穏無事で、少し普通じゃなくて、素晴らしい人生と思えるような穏やかな時間が過ぎていく。人間はずっと、こんなかけがえのない日々の中で生きてるのだと思うと、ちょっと元気になれる。誰かが殺しにきたり、殺されそうになったり、殺したり、死んだりしない時間が、僕にはそれがとても眩しく、凄すぎて、心からその時間を楽しむことを受け入れることが出来てなかった。きっとツキコモリさんも、そんな感じかもしれない。この日常が、僕達の非日常だった。


「映画楽しかったね」


「そ、そうだね」


多分最悪の部類に入ると思うけど、思いのほかツキコモリさんにとっては、好評みたいでなによりだ。


「帰ろっか」


そして新宿まで再び跳んだ。


「もう遅くなってきちゃったね」


夕闇の時間に差し掛かり、夜が僕に勇気をくれた。ゴジラタワーの前には人通りが戻ってきていた。いつもの喧噪のその前ぐらいに。


「あのさ。ちょっと早いんだけどさ。結婚を前提に、良ければお付き合い、お願いします」


「お願いします」


結婚を前提にってところで、出し抜けのフライングでそう言われた。


「えっと、あ。そう。じゃ、明日、ツキコモリさんの家に挨拶に行っていいかな?」


「大丈夫」


「そっか…。じゃ。明日の九時にここで!」


「分かった」


そのまま僕は、ジャンプで飛ばずに総武線に乗って帰った。


「…」


何も考えられなかった。僕はたった今、一つの到達点に到達したのだった。


「…」



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