初デートでやらかしてしまったヒト
やらかしてしまった時って、心臓が凍り付く。トイレ我慢して間に合わなかった瞬間。テストの前日の徹夜で起きれなくて時計見たら昼過ぎだった瞬間。人生の途上には必ずそれぞれやらかしてしまった感覚はどこかで必ず発生すると思う。今がそれだった。
「…」
ツキコモリさんを新宿で待たせたという、事実。この暴風雨にも関わらず約束を貫くという鋼の意志。僕にとってのデートと、ツキコモリさんとのデートは、重さがまるで違った。僕はなにかしらの罰を受けるべき人間なのだ。男というのはこういう枷が妻によってはめられて、それでもって毎日の仕事に勤しんでいるのかもしれない。男だから、自分の失策について非常に重く受け止める。男女の仲において、責任という単語ほど重くなるものもないだろう。これはもう、人生を懸けて償うほかあるまい。
「今どこ?」
「ゴジラタワーだよ」
「今行く」
考えるよりも体が先に動いた。空間をぶち抜いて、エスカレーターが二基ある東宝シネマ一階の入り口まで身体を投げ出した。
「ツキコモリさん…」
居た。ずぶ濡れのまま夏服のワンピースで。
「あ」
「何時から来たの!?」
「さっき」
絶対さっきじゃないよね。マジでズブ濡れだし。
「…映画、映画館お休みしてるのに…」
「今気付いた。ごめん」
「謝らないでよ…」
風邪ひくレベルのずぶ濡れ。っていうか何でこんなずぶ濡れになるところで待ってたの?喫茶店とか…そうか。喫茶店も閉まってるのか。空いてるのは、新宿グレイスリーホテルぐらいなものか。あっ。
「着替えよう。えっと。別に変な意味じゃないから。先に言っておくけど。でも、そのままだと風邪ひくし、僕の自宅に行くのも気が引けるしっていうか倫理的にダメだし、とりあえずここって上はホテルだからそこでシャワーを浴びて着替えようよ。僕がお金出すし、ちょっとぐらいこの新宿を観光案内でも出来るし。明日も時間ある?」
「大丈夫」
ちょっとブルっとシバリングしてる。濡れていて変なところが透けてるみたいで、思わず顔をそらす。
「…」
頭が混沌と化してるのが分かる。恐慌状態だ。心臓が弾けそうだ。高血圧だ。頭が心臓のリズムでどくどく脈打つ。
「と、とりあえず、行こうか!」
そのままエレベーターに乗った。台風の影響からか、新宿の街は静まり返って、観光客もまばら。フロントに行くと。
「一番高い部屋お願いします」
マジで言った。
「本日ですと台風のためにキャンセルが入って、現在ゴジラヘッドが目と鼻の先にあるゴジラビュールームも空いておりますよ」
そう言われた。
「ゴジラ好き?」
「そうでもない」
「そっちはいいです」
「でも…」
「うん」
「ちょっと興味あるかも」
「じゃあそれでお願いします!」
十二万円をクレジットカードで支払って30階のゴジラ尽くめのゴジラルームに到着してしまった。
「じゃ。僕は一階で待ってるから!」
目の焦点が多分合ってない。あらゆる空想と想像が織り交ざって、僕の頭はオーバーヒートしてもうどうにかなっていた。当然正常とは程遠く離れて行って、全身から血の家が引いてる感覚だった。
「着替えが無い」
「着替えない…」
きがえないって……なに?
「あ」
そうか。代えの服を持ってきてないのか。そうか。普通そうか。映画観るのに代えの服を持ってくる人はあまりいないか。言われてみれば、そうかもしれない。
「そっか」
どうすればいいんだろうか。一瞬泣きそうになった。思った以上に混乱してた。
「とりあえず、シャワー浴びてよ!っていうかここってコインランドリーとかあるはずだよ。代えの服とか浴衣とか、何かあるはず。風邪ひいちゃいけないから、とりあえず、温まってきて!」
「わかった」
そう言ってツキコモリさんを30階のゴジラルームに入れると、そのまま泣きそうになりながらエレベーターに乗った。ここで、どうこう出来るヤツは、慣れてるヤツだけだ。僕には未経験ゾーンだった。意味も分からず涙腺に涙が溢れてくる。逃げ出したくてたまらない。臆病者と言われてもかまわない。どこか遠くへ逃げて行きたい。僕は今、どうしてこんなことをしてるんだろうか。心臓が早鐘を打ちすぎて軽く過呼吸になってくる。ああすればいいだの、こうすればいいだの、そんなの何回もやってりゃ分かる話だろう。そんな馬鹿なこと、誰だって分かる。でも、まるでそれが分からないんだから、しょうがない。
「…」
人間はこうやって分からないまま過ちをやっちゃって、どんどん増えていって文明を築き上げたんだろう。僕は一つの真理に到達してしまった。
「現実逃避してちゃダメだ…」
頭を抱えながら、僕はどうすればいいのか。
「ひょっとして最悪の一手を打ったかもしれない…」
目先の事しか見えなかった、事実が事実と受け取れなかった。事実がちょっと理解出来なかった。僕の頭の中と現実が絶妙にマッチしてない可能性だってある。
「はぁはあ…何やってんだよ、僕は…」
もっといい手段があったかもしれない。でも僕には、これで精一杯なのだ。
「とりあえず、一息付けたら新宿御苑でも行って、その後明治神宮、原宿の流れで…」
行こう。かたかたとしてたので、見ると足が震えていた。今にも足だけ逃げ出しそうだった。
「逃げちゃダメだ…」
このままではどうにかなりそうなので、ちょっと宇宙空間に出てから月面にぶち込んで、それからエジプトのクフ王の墓まで行ってみたけど、帰ってきてからも僕の心臓と意識感覚はちっとも良くなりやしなかった。ひょっとしてこのままずっと死ぬまでこうなのかもしれない。