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天界の玉座に対面するモノ

やたらとにかくバッドな雰囲気をぶち壊すべく、レディオヘッドのとんでもなく憂鬱に誘われるロックを聴いて、底の底のそこまで気分を下げた後に、小林さん達の飲みかけの2リットルのシスターコークを一気飲み。1リットルぐらい残ってたけど、今の僕は大体人間じゃないからそれぐらい余裕で飲めた。


「ぅぐ」


鼻から炭酸が吹き抜けて、軽く失神しそうになった。


「…」


なんとかマイケルジャクソンのスリラーをやりながら一階から二階へ階段の移動を行えるぐらいにはテンションをなんとか回復させた。


「…」


初デートである。


「…」


そして台風が直撃し、暴風雨。テンペストってヤツだ。カードゲームのカードの拡張パックにそういうのがあったっけ。おかげで新宿のゴジラタワーの映画館は休館。もちろん新幹線もストップ。っていうかツキコモリさんの実家ってどの辺なのだろうか。地下も地下で、都内は多分超えてる。いや、ひょっとしたら奥多摩とかあの辺かもしれないからなんともいえないか。


「ハーゲンダッツ食べよっと」


贅沢にもハーゲンダッツを大量に小林さん達は買い置きしてた。僕は躊躇ちゅうちょせずに期間限定のチョコバーを手に取ってばりばりと貪りはじまる。これが東雲末樹。これが東雲末樹の暴虐かつ残虐性が出てるところ。


「まぁまぁかな」


そして捨て台詞を言って、パッケージとハーゲンダッツのロゴの入った木製のスティックを台所のゴミ箱に捨てる。意外にもゴミ箱はちゃんと綺麗に片付けられており、台所も綺麗になっている。多分さえちゃんあたりが掃除をしてくれたのだろう。家を貸してた身分としてはとってもありがたい。


「ツキコモリさんって結婚したら家事とか料理とかやってくれるのかな…」


全然想像出来ない。まぁ専属料理人を雇えばいいわけだし、家政婦さんも何人か雇えばいいだけの話か。


「いや、全然違うぞ…」


そんなセレブリティな人生を送りたいか?違うだろ。愛情のこもった手料理。毎日のお味噌汁。家庭の味。貴族モードの人生を送ったって、ちょっと違う。子供が出来たらきっと勘違いするんだろうなって思う。ベンツとかBMWの外車を乗り回して一生楽しく面白いだけの人生。


「…」


ぞっとする。僕が大富豪モードを選んだら、子供はきっと、この地球を、人生を、勘違いしたまま死にそうだ。そんな勘違いしてる状態で先祖代々の墓に入られても迷惑な話なわけだ。一生パリピで小学校から毎日カワイイ女の子と遊んで回る。そういう子供。


「吐きそうだ」


リッチモードは無しが確定だな。ニューヨークのペントハウスは無し。丸の内に高層ビル立てて屋上のプールで毎日パーティ三昧も無しだ。やっぱり家族は川の字で寝たいよね。野原一家リスペクトで。くれよんしんちゃんをちゃんともっと観るべきかもしれない。劇場版を観ると、きっと父親たるものがなんなのか輪郭だけでもみえてくるのではないだろうか。


「いかんいかん。妄想がはかどってしまう…ってかもう六時だし」


一応電話をかけてみるべきか。どうにかこうにかできないものか。例えば…。例えば…。空間をぶち抜いて沖縄あたりに行けば、映画館はやってると思う。


「最悪ロサンゼルスとかカリフォルニアに行けば映画はやってると思うけど…パスポートが必要なんだよね…」


ジャンプすれば公的証明書が必要ではないというのは、ちょっと話が違ってくるし。国と国との約束事は守るのが当然だし、国民である僕もちゃんとそれを遵守しないといけない。


「そうなら沖縄かな…」


ネットのニュースを観ると沖縄あたりの被害はそこまで出てないようだ。元々台風には強い風土があるし、ジャンプすればあっという間に行ける。


「電話するか…」


ツキコモリさんに電話をしようと椅子から立ち上がった時、心が現状に追い付いて一瞬吐きそうになった。この前まで冴えない高校生やってた僕が、この一か月足らずで人間を辞めて世界を救って、地獄に落ちて、月に行って異界の文明に暴虐と殺戮の限りを尽くした。カビとか菌の生命体に意識や命、殺されるという概念があるかは不明だけど、ガチの全開モードでやってのけた。人間の設計された運動量を超越した動きでやってのけた。そしてさっき帰ってきた。それでそのままで、日常生活に戻れる僕も僕だけど。本当にいろいろあった。ビッキーは神様になっちゃったし。


「…ビッキーは神様になっちゃった……」


自分で考えて何かが引っかかる。神様。全知全能。大体なんでもできる超スゴイ能力。


「待てよ…」


僕は気付いた。直観か霊感か、天才的異次元の発想からか。


「昨日の停電も今日の台風もビッキーじゃないか?」


考えると、変なタイミングでブレーカーも落ちたし。別にクーラー全開でもIHクッキングヒーターマックスでも電子レンジを作動させてたわけでもない。あのタイミングでブレーカーが落ちるのは変だ。変だぞ。だとしたら、ビッキー。ビッキーか。


「あの野郎…」


頭に来た。嫌がらせをしてきたのだ。そういや月の掃討戦をやった後、会いにも行ってない。っていかビッキー怖いからあんまり絡みたくない。勝手に神様になっちゃったし。でも。そうまでされて黙ってられるほど、僕とビッキーの仲はたんぱくなものじゃない。


「ビッキーッ!!!」


空間をぶち破って玉座の間まで乗り込んだ。ビッキーは玉座の間でiPadみたいなタッチパネルを覗いてる。


「あら?どうかしたんですかぁ?」


間の抜けたわざとらしい顔でわざとらしい言葉を使ってる。僕にはもう、まるっとお見通しだ。


「ビッキーでしょ!台風!」


「えぇ?なんの話ですかぁ?」


見ると高そうなドレスを着てるし。お前はハリウッドのレッドカーペットでも踏みに行くのかよっつーの。


「とぼけるのはやめてよ。僕のビッキーの仲だよ、ウソは分かるし、心の動きも分かる。今、めっちゃくちゃウソっぽい表情に声の張りだったよ」


「だって、ちょっとイラっときちゃったから」


そう言ってテヘペロみたいなことをされた。絵になると思うけど、僕とビッキーの間柄だ。軽くイラっと来るだけである。


「だってマッキー、月から帰ってこないんだもん。そのまま自宅に戻ってますしぃ。直行直帰のお仕事じゃないんですよぉ?」


「だってビッキーはビッキーの仕事があるでしょ。そもそも僕とビッキーは一緒にいるべきじゃないそもそもね」


「あらぁ。どうしてですかぁ?」


「宇宙を滅ぼせるヤツが一緒に世間話すると、内容によってはろくな事にならないから」


「それでも、一言あってよろしくて?」


なんかしらないけど、怒った表情をされてる。顔に出してるってことだから、内心相当怒ってるのか。月の掃討戦から帰った後に一言も言わずにアフターファイブやっちゃった事に根に持たれてるのか。


「じゃあそっちからこっちに来ればいいじゃん!ビッキーもジャンプ使えるか、全知全能の力でどこでもドアっぽいもの使って僕の家に来ればいいじゃん!」


「そういう形で殿方の家に参るのはちょっと…」


「分かる」


「…」


「だったら電話でよくない?」


「全然ダメ。駄目過ぎ。私だってノリと勢いでこうなっちゃったって、少しぐらい考えたりするんですからね?」


そう言って顔を振るビッキー。確かにそうかもしれないけど。


「ビッキーってサイコパスじゃないの?サイコパスは後悔とか共感性とか欠けてると思ってたけど」


「それはあくまでも行動性だけで、心はもう。知ってるでしょう?」


「それを言うのはズルいね。大分ズルいよ…」


あ。これ結構心が弱ってるナってことが分かってしまう。


「…」


変な気分になってくる。後ろ髪を敷かれるというよりは、後ろ髪を踏んづけてしまってるような。ひょっとして僕は、とても残酷で、恩知らずで恥知らずで、最低の野郎になってしまってやしないか。


「言いたい事があったら、いつでも言えばいいし、僕達の間柄は、もう他人っていうより、兄弟っていうか家族っていうか、戦友っていうか、もうそういう感じなんだから、遠慮も恥も気にしないで、意見を言えばいいし」


「ツキコモリさんとの通話で、ひどいこと言われたし」


「あのね!ちょっとばっかしは良いカッコぐらいさせてよ!!」


「は?ありえない…。マッキーのくせに」


「そーゆーとこよ!そもそも、もっといろいろしたいことややるべきこと、すべきことなんて山のようにあるんでしょ?」


「そうだけど、マッキーの生活見てたらマジでイラっときちゃって…」


「プライバシー守ろう!?なんでもできるからってなんでもやっていいわけじゃないからね!?」


「そうなんですかぁ?」


「そうでしょ!僕だって必要以上に強いからってなんでもかんでも力に頼るわけじゃないからね!?」


「え?だって沖縄までジャンプしようとしてたじゃないですかぁ?」


「それとこれとは話が別。僕の人生かかってんだから!初デートなんだから!」


「いや。初デートは私でしょ?」


「どこ行ったよ!?」


「地獄」


そう言われたら、僕は何も返せない。


「ああ…」


その通り。


「…」


このまま不機嫌で心が荒んだ状態のまま地球のメンテナンスをされた結果、人類滅亡、終末の再来なんて事になるかもしれないので、こういう場合は…。やっぱり…。


「…」


僕が友人として支えるしかない。最悪だけど。


「…」


僕と同い年。ヴィクトリア家という覇者の一家を継承する人間でも、ビッキーは、人間なんだ。正真正銘の人間。僕と違って。


「人間ごっこもいいでしょうけど、おままごとのままで終っちゃうのに…」


酷く傷つく言葉だった。魂の生皮を削がれているような気分になった。子供。僕はレベルが高い。だから、人間のレベルとはまるで違ってくるので、魂の結実は成り立たず、子供を持てないというのがビッキーの見解だった。


「やってみないとわからないし、そのために生きてきたんだ」


「それが無くなった時、終わった時にマッキーがどういう顔をするのか。それがとっても楽しみですねぇ」


グロテスクな気分になってくる。意識が歪むような。


「いちいち真理で突かないでよ。そうやって生きる事が、今の僕には必要なんだよ!」


「私はあなたが黙って横にいるだけでもいいんですけどね。そうすれば、何かあっても隣を指さしてコイツが全部で悪いんだって言えるから」


「全部分かってるさ。悔しいけど、大体ビッキーの言う事は正しいよ。最悪だけど。それでも、僕の生き方があるんだ。プライベートなものなんだよ。尊重してほしいな」


「彼女に対しても、悪い事になる。彼女の運命は変わった。マッキーが一緒にいたら、彼女は子供も持てないし、彼女は普通の人間の人生でいられなくなる。人並みの幸せを願うなら、離れてあげるのが一番なのに」


「それは彼女に聞くさ。そうならそうで、納得できる」


「ヒーローに何か言われても、ただ頷くだけしかできない。それが人間なんですよ」


「いちいち頭に響くな。決めるのは僕だ。おせっかいはよしてほしいな」


「マッキーはまだ心は子供だから、頭は大人の私がアドバイスして導いてあげてるんですよ」


「そりゃ、記憶の継承をしてるなら、そうだろうさ。でも、記憶に書かれた日記だって、書きたいものだけ書いてて、それって真実から遠いところにある私小説なんだ。チェックするとか言ってたでしょ。ちゃんと日記通りだったためしはなかったんじゃないかな」


「その通りですけどぉ。概ね日記の通りですねぇ。真実から離れてるのはどうでもいい粗末な部分。肝心なあらすじさえしっかりしてれば、問題は何もありませんよぉ?」


「人は人、よそはよそ。僕は僕なんだ。僕の決断に水を差すような真似は止めて欲しい」


「あなたはもう、私の肉体の一部なのだから、それはただ貸してあげてるだけ。それが酷い汚れになるとすると、そうならないようにするのは当然でしょう」


「言い過ぎ」


本気でそう思ってたんだ。


「だから。それよりも、私の趣味を優先して欲しいんですよ」


どうだからなんだろうか。


「趣味って何さ」


「Real。もうレジェンドルールを適用させてますよね?一度ログインしてたし」


「他サーバーに飛ばされる前にログアウトしたよ。ゲームで死んだら現実でも死亡とか。もうゲームじゃないからね」


「そうですか。そのまま続けてください。それが私の条件」


「わかった。趣味には付き合うよ。だから、それは」


仕事としてって言いそうになった。


「僕の意見も尊重してね。嫌がらせもやめて」


「そういうのって、オタク的に、カワイイってヤツなんじゃあないですかぁ?」


「僕とビッキーの間はもう、美醜を超越してる。家族みたいな感覚だからこそ本能的に無理ってヤツだよ。マジでイラつく」


「…今殴りそうになった」


「天界じゃ天使も住んでるんだからね。マジバトルなら月面にしてよ。ここじゃ僕らには狭すぎる」


ここにきてようやく、ビッキーはにやっと笑った。

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