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帰還者

地獄から、天界から、月から、戻ってきた。自室に。自宅で。


「終わったんだ…」


いや。


「終わらせたんだ…」


八月十六日、午前零時を過ぎた。まだ間に合う。フラグは潰させやしない。固定電話から、ツキコモリさんに電話を。終わった後、ちゃんと約束を果たさなければ。一緒に、フレディVSエイリアンを観るんだ。最悪のB級だって構いやしない。最低のスプラッターでも、低予算でも、今回ばかりは大目に見るさ。


「よっしッ!」


初めての小学校昼休みのサッカーでゴールを決めた瞬間の声で、そう言った。生涯初。生涯初デート。


「…」


早速ドタドタと一階の固定電話に向かって階段を下りる。


「あ。ま。ま。まつ……マッキー…。東雲さん!?」


「お!やっぱ死んでないじゃん!」


「戻ってこれたんだ」


小林さんと小林さえちゃんとまつりさんがリビングで動画撮影やってた。


「何で…」


思わず呟いた。


「東雲先輩…死んだって聞いてたんですよ!?それも…」


泣きながら小林妹は言った。死んだ!?誰が!?


「地獄に落ちたって…。うううぅ」


え?


「え?誰が!?」


誰が死んだ!?誰が?誰が地獄に落ちた!?


「先輩が…」


「…」


僕だった。確かに地獄に落ちた。っていうか地獄にあの時落としたヤツ誰だよ。


「大変だったんだから…。東雲君って船の事故で死亡扱いだったんだよ。ほら」


デコレート尽くめのケータイを小林さんは差し出した。見ると、太平洋の真ん中で大規模な事故が発生し、世界各国で、運航禁止とされてるらしい。衛星写真から太平洋を見ると、巨大な穴が出現しているとのことだった。これ、僕とビッキーが地獄に落とされた時のあとだろう。


「アハ!私はそういうのウソで、絶対に生きて帰るって信じてたけどね」


小林さんはそう言ってくれた。


「まぁ。死んだのにかこつけて、東雲君で最後の荒稼ぎをさせてもらってますけどね…」


「そーそー。東雲君を失った傷心旅行で、十日間に渡るヨーロッパ旅行を計画してたんです…」


「それ全然傷心じゃないからね!?しかも、小林さん僕のヴァミリオンドラゴンの事思いっきり暴露しちゃってるし!」


「あー。だって、もうネタ無いし、本人死んでるって言うし、これはもう著作権フリーの契約者死亡の約束破棄だって思ってたから」


「言っとくけど、もう僕には完璧好きなヒトが居る。プロポーズもするつもりだ。ごめんね。さえちゃんも。僕は僕の人生を行くから」


「知ってます」


「あ。本当なんだそれ」


「うんうん。らしいね」


「なんで知ってんだよ!」


「さぁ。どうしてでしょう?」


「私は小林さんから聞いただけです」


「内緒」


「なんでだよ!?」


「あ。もう一回。藤原竜也にあとちょっち」


「…」


あとちょっち。


「なんでぇだよぉぉおおお」


「そういう事だから。はい。オッケー。適当に切り抜いて編集するから。次は…次はね。アハ!次は…」


「…」


「お姉ちゃん…」


「なんで死んでないんだよ。…ばかやろー」


そう言って全力グーでみぞおちを殴られた。


「…ごめん」


「…」


「ごめんね」


「…」


「ごめ…」


また小林さんの右手の拳から骨が突き出てた。


「なんでマジ殴り!?タクシー呼んでください!!!」


「本当に東雲君で、安心した。タクシーは要らないから。…おかえりなさい」


「…ただいま……ってかマジでなんで殴ったの!?」


「東雲君のそっくりさんとかだったら嫌だったから」


「えええ!?」


「いろいろあったから。でも。安心した。ちゃんと生きて戻ってこれたから」


「なんかいろいろ知ってそうな顔で言うね!?」


「まぁね。じゃ…。病院行ってくるから」


「…ごめん」


「労災ね」


「それ狙ってたよね!?」


夏のじりじりとした蒸し暑さの中で少しひんやりとした風がカーテンを揺らした。誰かが風鈴を買ってて、その音色が心地良い。差し出された麦茶を飲んで。夏の虫の声を聞いた。じりじりとした音が鈍く響き渡ってる。始まりの日からはじまった物事に、ケジメを取れた。小林さん妹も小林さんも、なぜか僕の事を知ってた。どうしてかは分からないけど、大体予想は出来た。考えられる最悪の組み合わせが頭に浮かぶ。僕を好きな女の子って、僕を殺しに来るヤベーヤツばっかしだ。ひっどいもんだよ。とっても。


「送ってくよ」


「いい。救急車呼んだから」


「なんでだよ!?」


そう言ってマジで救急車が来た。


「先輩は今ちゃんと、やらないといけないことをやってください。一緒に病院行くとか、ばかじゃないですか」


「…」


一緒に行くのが嫌だったのか。一緒に病院に行きながらだべったりするのが嫌だったのか。僕と一緒にいるのが嫌だったのか。どっちだろうか。どっちもだろうか。ここで付き添ったら、もしかしたら、本当に、駄目なんだと思う。だったら、僕は僕のするべきことをやるだけ。ごめんねって言わせたくないのかもしれない。


「いずれにせよ、僕は小林さん達にとって、ひどいヤツじゃないか」


夏の夜に響く救急車を見送りながら、ぽつりと言った。彼女達の本気に僕は添えなかった。僕はあの二人に何か出来るだろうか。


「よっし。バッチリ。これはノー編集でいけるな。これで豪華ヨーロッパ汽車の旅超Aクラスのハッピータイム突入ね」


「…」


まつりさんが撮影してた。見てますか?月の女王。僕千葉県は市川ではこんなんですよ。…ひどくない?

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