第十一話 物見遊山の観光客一行様
大歓楽街イースターヴェル、Realの中でも最大の街と謳われているこの街。年中お祭りで、お金持ちが競って豪華に奢侈を尽くす。お金持ちといっても、国や都市、既得権益の絶対的な利権を得ている人々。一代や二代で築ける富や名誉を超越したレベルの人々なのだとミルフィーは言う。
「中心区画は既にその中でも頂点として君臨して、その象徴がバベルの塔~ですね~」
「ツキコモリさんが見たいって言ってたのだよね」
「アラビアの王子が十兆使って建てた構造物。これは一目見なきゃモグリ」
イースターヴェルが非常に高い外壁で囲まれて、中に入るためには東西南北に一か所ずつある門を通らなければならないらしい。そして東門に僕達は到着した訳だけど。
「馬車だらけだ…」
中にはグリフィンだとかドレイクらしい動物を馬車として使用してるものもある。ミルフィーさんのハウスである天空城だとかじゃ手段は必須になるとはいえ、馬車だけで門周辺がごった返してる。東門から伸びる荒野へのだだっ広い道路の脇では、露店もあったり、アイテムを売ったり、叫んだり、歌ったりしてる人もいる。狂乱の姿が見えてきたようだ。熱い熱風を感じる。生まれて初めて行った新宿の街や秋葉原の駅から降り立った感情が湧き起こされる。何か特別極まりない冒険が、まっていそうだ。もちろん、なにか僕でなきゃいけないような。大冒険の匂いがする。
「テンション上がってきた…」
なんか。こっから本格的にRealが始まるって感じがする。
「この街を通ってようやく本番といったところですね~。Realはレベル20未満はPKされませんので、逆に低レベルで観光したりもありますね~。まぁ観光といういかがわしい体験ですが~」
「まぁ。分かるよ。どの街も、ね」
ツキコモリさんを見ると、なんだか無表情なクールビューティーがわずかにちょっぴり楽しそうにしているのがなんとなくわかって嬉しい。
「行きますよ~。大学の部活勧誘みたいですね~」
「そうなんだ。大学出たんだ」
「出てないですよ~。まぁ別世界ですから~」
「僕も大学出ないで就職しよっかな…」
ちらりとツキコモリさんを見てしまった。こういうキャラじゃないのに。多分僕は今、脂が乗ってるのだ。
「…」
結構冷たい感じの目が合った。ちょっと、気になる。よし。ここは盛り上げ担当でいかせてもらおう。
「こんな場所で僕がシークレット賞をお披露目したら、もう世界が僕に夢中になるだろうね」
どやぁ。
「そんなことやって楽しいの?」
「全然楽しくないよね。ごめん…」
「ユーチューブもやってるし。それぐらいバカ騒ぎが好きなんだね」
「そういうことじゃないよ」
ユーチューブの話がでてきちゃった。
「…」
「…」
ごった煮の中、僕達は門をくぐった。その先で声をかけららた。
「おーっす!イースターヴェル初めての人はガイドを取ってってなー!」
「Real初めての人ーガイドありますからーマップもありますからぁー!取ってってくださいー!」
なんか小さい冊子を渡してる。
「なにあれ?」
「あれは治安維持組織のボランティアさん達で~。最近イースターヴェルも無秩序が極まってきたので、最低限度のルールや決まり事、騙されないようにするための注意書きなんかをReal初心者に分かり易いように冊子にして配ってるんですよ~」
「へ~~。そんなことまでやってんだ」
「ですね~。結構詐欺だとかつつもたせなんかも横行しちゃってて、結構揉め事に事欠かないカオスですから~」
僕達も冊子を一冊ずつ貰う。
「まー。僕もRealって結構自由度高くてなんでもアリってイメージだったからね」
中東のエキゾチックな建物が立ち並ぶ。露店は相変わらず美味しそうなのが売られてるし、怪しい薬品も売られてたりする。路上で寝てる人が荷馬車の中に放り投げられるところを目撃してしまった。
「なにあれ?」
「イースターヴェルでは野宿厳禁なので、寝ちゃった人は強制的にタコ部屋送りですね~。他にも清掃係や、暴言暴行を取り締まるガーディアンと呼ばれるボランティアも居るんですよ~。街中では魔法は制限が厳しいのですが、気持ちよくなって暴れる人もいますからね~」
「大変だなぁ…。幸せそうで羨ましい限りだよ……」
「…」
なんかツキコモリさん、元気出てきたり、ちょっとつまんなさそうにしたり、元気なくなったり、なんか変だな。僕のゆーちゅーぶ見ちゃったからとかじゃないよね。
「ツキコモリさん、何か不安なことある?」
「バカな事やって楽しそうにできて、呆れてるだけ」
「…そうなんだ。良かったらさ」
ジュースとか屋台の旨そうなのとか、買ってあげたいけど。お金が無い。く。
「…」
お金。お金かぁ。
「…」
カジノっぽい雰囲気の建物も結構ある。っていうか現実の企業がロゴマーク丸出しで出店してるし。ツキコモリさんは冊子をぺらぺらとめくってる。
「小腹が空いたので何か食べますか~?」
「んー。毎度毎度奢ってもらうのは気が引けるし…」
「…」
ツキコモリさんが空を見上げてる。全容は分からないけど、それがバベルの塔が僕にも見えた。
「見えるとこ、行きますか」
「行こう」
「ですか~」
「ベストビューが近いとこはマリーロッドの店って書いてある」
「行きますか~」
メインストリートに面するごった返しを歩く。花火が打ちあがった。誰かが吠えて、誰かが下着姿で疾走し、誰かが演奏して、また誰かがそれに追奏してる。踊ってたり、とんでもないテンポ外れで歌ってたり。
「…この建物だね」
建物にそなえつけられてる外回りな奇妙な階段を登ってく。六階建ての建物の眺めから、天にそびえる一本の巨大な塔が見えた。
「すごいなぁ…」
ツキコモリさんは一言そう言った。それから不思議と目を落として、寂しそうな顔をした。
「あのさ!次はあそこに行ってみようよ」
特に何か考えたわけじゃない。適当に口が動いただけだった。
「あそこからは、きっと絶景だよ。Realが今度は全パノラマ。最高なんだって思う」
「いいね」
ちょっとだけ、良い顔をされたのが少し嬉しい。悲しそうな顔をされたのが、そう思ったのが、嫌だった。
「まだ、始まったりばかりだから」
ちゃんと目を見て言った。
「そうだね」
ミルフィーにすねを思い切り蹴られた。無言である。僕も我慢したが、内心結構じんじん来ている。勝手に盛り上がるなという事だろう。
「アポ取っておきましょうか~?」
そんな事を言われた。
「SNSでも呟いた通り、彼はシークレット賞の情報にすら賞金を懸けてます~。いずれにせよ~。今後Realをまともに冒険するには避けて通れないかもしれませんよ~?」
意外な提案をされた。
「そうなの?てっきり、そういう人こそ隠し通すべきだって思うんだけど」
「うちは結構パーティとか呼ばれてましたけど、絶対敵に回すべきじゃないですね~。召喚獣がシークレット賞なら、無理に奪うやり方はせずにマッキーを囲う方に全力を注ぐはずです~」
「そうなのかな」
「うちのおねえたまが既にそういう結論を出してましたからね~」
そういう風にミルフィーは動いてたわけか。
「不安要素としては、彼がそれを快く思わなかった場合。現実でマッキーを殺しにかかってくるということぐらいですね~」
「ヤバイよねそれ!?」
冗談半分真面目半分といったような、いつもの口調でとんでもない事を口走りやがられた。
「大人の本気や全力はすごいですからね~。なんでもやってこわいですよ~」
「そうなったら逆に反撃するだけだよ」
「へぇ~。おもしろい発言ですね~。あ。イイ事考えました~」
大体ファンタジー系統とかドラマとか映画で、その発言の後って、大抵ろくでもない事につながっちゃうのを僕は知ってる。
「…」
横を見ると、少し暗い顔をしてるツキコモリさんがいた。なんかあったんだろうか。少なくとも僕は、一緒にいる間は。
「聞きましょう」
そう言った後のミルフィーの顔は、にやりと歪んでいた。
「おなかへったー」
「びーる持ってくる?」
「あーもう昼じゃん」
「そろそろ起きますか!」