英雄から戻ってきたヒト
忘れっぽい性格でも、小林さんの撮った動画の事は忘れてない。狩野英孝のコスプレをして訳の分からない事を言ってシスターコークのステマをしたことも、前田と一緒にBLチックな撮影をされた事も、小林さんから殺されかけたことも、小林さんの妹から泣き落としされそうになった事だって頭蓋骨の中にある脳髄に電撃が走るように走馬灯よりも早くに駆け抜けたのだ。目の前にいるソール・オブ・ゾークなんて超カッコいい名前を冠する女王はおそらく知ってる。
「…」
実は知ってるんだと思った。
「…」
僕が高校生で、ガチャでシークレット賞を当てて、なんやかんやで生き残って、なんやかんやで人類皆と生き残ったことも、本当は僕が、月三億稼げる可能性のあるユーチューバーだという事も。何故なら。僕は確信してる。
「…本当は知ってたんじゃないですか?こうなることを。…予知で」
ツキコモリさんも、ビッキーも、未来予知が出来る。ツキコモリさんも、ビッキーも、元々の祖先は月の住民なのだ。彼女達の始祖。その頂点。旧人類の支配者。ならば、この結果もまた、知ってたのではないのかと。
「…私がどう答えようと、何を知っていたとしても、私達は英雄様を崇め奉り未来永劫語り継ぐのです。世界を超えて、死を超えて、地獄に落とされても、尚も揺るがない意志の持ち主は、英雄なのですよ。それが真実で、それ以外にはありません。そして、未来は移ろい易いもの。行動が英雄様を決定付け、結果が英雄様を真実にした。英雄様の意志は、もはやヒトではなく、人間でもドラゴンでもない。その意志は紛う事無く、英雄の領域に到達した。謙遜はされないでください。貴方様は既に自由で、私達の心を手に入れているのだということを」
それ以上言わないでくれって願うほどに、褒められたとしか言いようがない。この人は、ひょっとしたらこの宇宙で一番、僕を知って、信じ、そして認めてくれているヒトなのかもしれない。僕が思ってる以上に。
「…もう行きます」
これ以上は、もう。心は満たされている。そんなヒトが居たんだって思えると、もう十分過ぎるよ。
「欲しいモノ、必要なモノ、欲しくなるモノ、全てが揃っているのに、英雄様は行かれるんですね」
「僕のここでの役目は終わったんだ。あとはもう、一人の人間として生きてゆくだけだね」
「あとは風のように消えるだけと…」
「世界だってもう十分さ。そしてもう懲り懲り。最強なんて、そう面白いものでもないからね」
「孤高なのですね」
「世界で空を飛べる人間が自分だけだって思った時、僕は怖かった。人間を超えた時から何も感じなくなったんだ。後はもう、いつも通りがやってくる。そのユーチューブのチャンネル登録はそのままで。皆普通じゃないって思うかもしれないけど、僕なりの日常を送らせてもらうよ」
「それで宜しければ、私達は従いましょう」
「…それでは」
席を立って、空間をぶち抜いて、そのまま戻った。僕の自室。もう昼下がり。ツキコモリさんとの約束がある。今なら何だって出来る。どこへだってなんだって。もうエンディングロールの時間だろう。僕の長い長い冒険も、終わって、ようやく自宅へ戻ってこれたのだ。
「…」
ツキコモリさん、Realにインしてるかなぁ。
「行ってみるか…」
Realに潜った瞬間、僕は初めてRealにログインした場所にやってきた。深海の底のような、魂の交差点に。
「シノノメ・マツキ様。チュートリアル突破おめでとうございます。只今よりLv100突破によるレジェンドルールが適用されます。Realシステムの撤廃、全てが現実に即したモノになります。また、初期サーバーから移動となり、ランダムで異なる世界に移動となります。歯ごたえのあるRealゲームを心ゆくまでお楽しみください」
「…あの」
「はい」
「ログアウトしたいんですけど」
「ログアウトを希望されるのですか?」
「ええ。もうゲームなんてやってられなくなって」
「それは残念ですね」
出来ないのか…。ここからまた冒険が始まるのか…。
「次にログインする際、再び初めからレジェンドルール説明のチュートリアルの説明になりますが、宜しいですか?」
出来るのかよ!!
「はい!」
「それではシノノメ・マツキ様。またのお越しを、心よりお待ち申し上げます」