月の英雄様
月の住人に、安心と安全を精一杯の真心で包んで送ってあげた。これ以上、僕に出来る事はないだろうと踵を返して空間をぶち破ってそのまま天界へと戻ろうとした時。
「…」
救世主を冠する名称か、称える名称であろうか、人々が一斉にその名を叫んだ。それとも、彼らの神の名だろうか。
「こちらへおいでください」
テレパシーが直接僕の頭に伝わった。驚いた。一応僕に対してテレパシーレベルでも干渉出来るなんて。ハートロッカーのスキルも当然もう備わってる。見ると、真っすぐに聖堂に立つ女性と目があった。悩む。
「…」
歓待を受けるべきか。このまま去るべきか。
「…」
一応、代表者ぐらいには挨拶をしておくべきか。今後百年の間、人類が月に進出した折には、おそらくなにかしらのお世話にはなるだろうし。下手すればヤバイ事だって起こるかもしれない。百年後、二百年後。そういう先の未来で、きっと人類はこの場所に到達するだろう。
「…」
歓待を受けて、大広場に面した大きなバルコニーに降り立った。
「お話をお聞かせください」
煌びやかというよりも、一面真っ白なドレスを着た女性はそう言った。今度はテレパシーではなく、普通の声で。英語で助かった。若干英語のイントネーションじゃないっぽいけど、僕にはそれがなんとか分かった。まぁイギリスとアメリカでも英語の発音は大分違うって言うし。
「そう長い話は出来ません」
もう既に、大分、地球と月との間に挟んで政治的な部分に文字通り首を突っ込んでる。
「短く、簡単な話になります」
簡単な話しか、僕には出来ない。今後の関係を兼ねての話し合いだとか。月に存在する未知のテクノロジーの話だとか。例えば、月の世界の文明では病気を全て克服していたりとか。魔法と科学が組み合わさった文明だったら?地球にとって、この月は未曾有のゴールドラッシュそのものになりえる。
「お聞かせください」
そのまま真っ白い建物に案内されるまま入っていった。宗教的な建物なのだろうか。大きな通路は真っ白い白亜で統一された内装で、シンプルなものだった。どことなく、お香のような匂いが鼻をくすぐる。
「こちらです」
簡素は部屋に通され、促されるまま椅子に座った。
「ここからは私一人で」
お付きの者を下がらせると、女性は一息ついてから、重々しい口調で語った。
「我らの侵略者の撃退、誠に感謝極まる次第であります。なんとお礼をしたら宜しいのか」
感謝の言葉を言われた。地球人らしいちゃんとした話の流れでちょっとほっとした。地球外生命体はわけのわからない姿形をしてるっていうイメージが強いし、月の謎に満ちた文化も、ちゃんと僕が理科できるようで安心してほっと胸をなでおろす。
「私は黙示録に終止符を打つ者です。そして、平穏を招く者」
「神、という事でしょうか?」
「神ではありません」
実際の神がどういう人間が役割を担ってるのかを伝えると、月の住民に再びと恐怖と混乱が訪れる可能性があるので、決して言及しない。
「では、なんとお呼びしたら宜しいでしょうか?」
東雲末樹です。16歳です。高校生になったとです。なんて言ったらヒロシかよ!って突っ込まれるより再び月の住人は恐怖と混乱で支配されてしまうだろう。正直言って、なんて話していいか、僕自身迷ってる。なんて呼ばれたいのか。なんて?…なんて呼ばれてるのか。
「マッキーと呼ばれてますが、私はここにはもう来ません」
「マッキー様。偉大なる我らが守護神…」
地球で守護神と真顔で言われてるのは、ピッチャーかゴールキーパーかのいずれかだろう。僕は大谷翔平でもないし、野球もサッカーもしない帰宅部だからその名前で言われてもただ恥ずかしいだけだ。
「普通にマッキーで結構です」
「それでは偉大なるマッキー様」
「マッキーで結構です。ハッピーみたいな感じで」
「偉大なる英雄を名前だけの名称で呼ぶなど…」
「ここに来るのは今日だけなので、マッキーで結構です」
「それでは…私達の文化では、二つ名、もしくは敬称で呼ぶのが適当なのです。英雄様と」
英雄様。よく言われてたけど、ゲーム画面越し以外では初めてだ。正直言って、ちょっと嬉しい。俗物的な感じかもしれないけど、やっぱり賞賛されると良い気には確かになる。だから要注意だ。
「私は、女王の名を冠するこの月のマナを管理する継承者にして支配者。ソール・オブ・ゾークの名を継承する存在です」
カッコいい名前で、インパクトのある自己紹介だ。僕もそれぐらいやった方が良かったのかもしれない。ミスって初めて訂正したいような気持ちになっちゃったけど、やっぱりマッキーは失敗だったかもしれない。そもそも初対面であだ名で呼んでくれなんて言うのも、ちょっと馴れ馴れしかったかも。こういうところでコミュニケーション力の不足を感じてしまう。もうちょっとCV山寺みたいな軽快なノリか、渋いカッコ良さも大切だったのかもしれない。…マッキーは失敗だった。
「黙示録の開始から母なる地球から離れ、遠い月へと逃げ延びていたのですが、500年よりも前から再び黙示録の続きが始まり、我らは更なる地下へと潜る他なかった」
ツキコモリさんのご先祖様から、再び始まったのだ。
「菌類、藻から進化した、他の文明し侵略し乗っ取る次元、ゾビアの世界。それを英雄様が一掃し、殲滅せしめた。我らは未来永劫、英雄様の伝説を語り継ぐことになるでしょう」
「…」
語り継がれるのか。…語り継がれちゃうのか。ぶっちゃけ滅茶苦茶恥ずかしいし、止めて欲しい。そういう自己顕示欲は無いし、マジで恥ずかしい。…いや。そもそも僕は地球に戻ったらユーチューバーだぞ?間違いなく確実に。
「…」
ひょっとして、月が平和になったら、地球のインターネットにもアクセスして、ユーチューブとか見たりするんじゃないだろうか。
「…」
英雄様だとか神だとか守護神だとか大谷翔平だとか持ち上げられてる僕が、しどろもどろになりながら慣れないカンペも読みながらイケイケな女子高生が考えたネタをやらされてる僕の姿を見られちゃうのだろうか。
「…」
メッチャ落胆されそうだなぁ…。
「…」
いや。いやいや。そもそも今、バットマンみたいなカッコいいマスクしてるし。バレないだろう。
「あの。つかぬところをお聞きしますが」
「はい。なんでも聞いて下さいませ。英雄様」
「平和になった今、地球のインターネットにアクセスして、ユーチューブとか見ます?」
「いえ。地球の文明に触れる事は適いません。現在それはタヴ―であり、ありえないことになっております」
「なってる…。んですね?」
それなら良かった。
「ですが…、一部の特権階級のみは、地球からの電波を独自にキャッチし、娯楽としているケースもあります。立場上、私はそれらを注意するでもなく、暗黙の了解の上になっております」
なるほど。
「一部の特権階級のみ…ですか」
「ええ。一応、私も、月からの干渉を監視する名目で…わいふぁいを繋いでおります」
わいふぁい。ワイファイ。Wi-Fi?今時のWi-Fiって月まで届くのか。月額基本料はいくらだろうか。
「例えばこのように…」
そう言ってちょっと大きめのスマホっぽいモノをテーブルに置かれた。どこからどう見てもスマホである。ちょっと型の古いアイポンなのがちょっと泣ける。
「ユーチューブとか見れますね」
チラリと見た。ユーチューブのチャンネル登録リストがチラリと視えた。その中に、ヴァミリオン東雲なんていうチャンネル登録名が見えてしまった。
「…」
一人称「私」はちょっと失敗だったかもしれない。
「…」
「…」