月の侵略者
グロテスクな不気味の艦から光線が見えた。気付いたら、血と肉になってしまっていた。光の速さで放たれる攻撃があるのだとすると、予知をもってしてしか回避する事は出来ないし、それは僕の防御力を突破しあまりある殺傷力で破壊した。
「…」
突然後ろから撃たれたら、きっとこういうことなんだろうなって気分がした。うめいたり、断末魔をあげるでもなく、なんとなくそういう感覚だけが頭の中に流れて、眠るように終わるのだろうと思う。外の世界は広く、レベル不問で、十分に僕を殺せる手段を持っている事に、ちょっと関心した。
「…」
そっちがそのつもりなら、こっちもそのつもりでやらせてもらおう。飛び散った血と肉が、無限に飛散し、心で描いた周囲を巡らせる。血と肉で出来た鎖みたいなもので、月の大体を覆い尽くした。
「こうたい」
ドラゴンの意味は恐怖の対象で、姿かたちはあまり関係は無く、ヴァミリオンドラゴンの強さを引き出せば、僕の意志は間違いなく実行される。肉体とは意志を実行するもの。僕にとって、少なくとも今は、あまりどうでもいいし、どうあってもいいし、自由で、際限も限界も無い。
「いただきます」
ヴァミリオンドラゴンにとって、食事とは量であって質じゃない。ダイヤモンドと鉛筆の芯の違いはあれど、ヴァミリオンドラゴンにとっては、食事としてみれば、それは同じなのだろう。どれほどの邪悪も、放射能も、人類にとって危険な物質ですら、それは食事という観点から見れば、質量の違いってぐらいなのだろう。炭素でも、水素でも。人体ですら、炭素と水素で出来ている。生命も。有機物も、無機物も、機械も。複雑に絡み合った物体が奇跡的に重なって動いてるのが命であるなら。複雑な奇跡を単純な質量に置き換える事が出来るのなら、生命の神秘をいともたやすく蹂躙出来てしまえるのだ。
「…」
領域内にある質量を伴った物体を全て僕の血肉に換えた。いともたやすく復活出来た。煙の世界は終焉を迎えて、そこには全てが消えた空白だけが残って、僕はただそこに立っているだけだった。
「うっぷ」
ヴァミリオンドラゴンの生涯初の、満腹感。
「…」
かなりの多くの生命を取り込んだ。知的生命も、有機物も、無機物も。それらが、僕の前で、何かちょっとでも価値を見出そうとするなんて。無理な話なんだよ。
「悪いけど、殺されたんだ。合戦場での決着は死以外、考えられないよ」
気分が良い。支配者になった気分だ。
「さて…」
月面内部空間がこの場所であって、さらに下から生命の波動を感じる。ここから更に地下に旧人類は逃げ延びているのか。
「…」
達成感も感じない。成し遂げたつもりにすらなれない、何かやってのけたんだろうか?僕はただ食事をしただけであって、それが魚や牛となんら変わらない。罪悪感なんて、小学生の頃から感じた事はない。…ご飯粒が一粒でも残ってると感じるのは罪悪感ではないと思うけど。
「…ぁ」
ヴァミリオンドラゴン第一形態のドラゴンの翼が、もっと広く、更に強力になってるのを感じる。僕のこれまでのドラゴン変化は、栄養の足りない状態だったのか。食べれば食べるだけ元気になれる。十代の若者はこうでなくっちゃね。
「…」
鼻の知覚も、昔習った英語のワンフレーズも思い出せるし、目の視力も半端なく強化されている。
「レベルアップってやつかな」
Realなら、きっとレベルがLv1299からLv1300ぐらいには上がってるぐらいには強かったんじゃないかって思う。さっきまでの僕を瞬殺出来るだけの合戦場をまるごと取り込んだのだから。でも、今ちょっと振り返ると、もうちょっとぐらい考えて行動すべきだったな。ノリと勢いでやってきてほぼほぼ適当なモブとやり合う感じで、なんとなくで勝てそうな敵ばっかりと思ってたから。そうでないのが出てくると、そうでない結果になっちゃったよ。まぁ。これもまた。人生だよね。死から得た教訓は、ベストを尽くせ。特に、こういった、合戦場では。
「ベストを尽くすか…」
溢れるほどに感じる魔力を全開にしてほとばしる。
「…さいっこぅ」
オーラを全開にする瞬間。地球じゃ絶対に出来ない行為。放尿感に酷似している。原始的な気持ちよさが、脳に響くようだ。
「…」
都市や街、整備された道路が灰とすすで焼き尽くされた真っ黒い世界が、今では剥き出しの大地が見えるだけ。空虚な世界になっている。
「…あ」
次元の穴が開いていき、そこからグロテスクな毒色姿の植物で出来た巨人が落ちてくる。何体も、何体も。これが世界の終わりかってぐらいに出てきて、特別に思わせるような轟く音を立てて落下していく。
「市川の超高層ビルのツインタワーぐらいの大きさだな」
知性があるのだろうかと考えるが、数が多すぎる。一万体は超えないにしろ、とても、多すぎる。
「全力で」
全身に力が漲る。躍るように駆けた。来い来い。君達の文明が、例え地球の千倍を超える規模だとしても、まだ僕の足元にも及ばない。
「…」
誰かや何かを殴るなんて、これまでの人生で無かった。誰かを殴ると、きっと相手だけじゃなく、僕の心も傷つくだろうと。今は違った。汗を流す全力を出す尊さ、その気持ちよさに夢中になれた。一発で一体が蒸発してゆく。素敵な時間を、ありがとう。
「感謝しかないッ」
少なくとも今この瞬間だけは、心に潜む闘争心を鎮める鎮魂の歌を。どれだけ強いのか、これっぽっちの僕に何ができるのか。いったい、どれぐらい?
「ごちそうさまでした…」
殴って雲散霧消してゆくモノを、僕の両翼が呼吸するように吸い取っていった。僕の意図したデザインでも、ヴァミリオンドラゴンの姿でもない、僕自身の環境に適応する進化だった。
「この絶頂感、たまらないよ…」
魂の満足感、僕の知らない僕、隠れ潜んだ欲求、忘れ去られた渇望、諦めていた夢、今の僕は、間違いなく全てを握りしめている。