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第一話 邂逅を果たしたモノ

『このゲームはRealという名の腹の中』


最新のVRゲームを勢いそのままに、ろくに説明書すらも見ずに飛び込んだ。大きい大人が真面目な顔で、ゲームには人生が詰まっていると言う。少なからず人生に影響を与えるものなのだと。このゲームはどうだろうか。不思議と僕の心はこれまでにないほどにデタラメに躍っている。この世界が僕を永久に変えてしまう。そんな不思議な予感が確かにあった。


「…オーケーッ」


暗闇の中というよりは、まるで宇宙の最果てのような深海の底のような。遠くに輝く光が見える場所で、ゲームマスターとおぼしき不思議な存在が語りかける。イルカのようでもあり、幻影のような煌めくかげろうのような。


「貴方の名前は何ですか?」


そういう問いかけをされた。


東雲末樹しののめまつきです」


「貴方の種族は何ですか?」


お馴染みのファンタジー特有のキャラクター設定なるものだが、今回例えば、超イケメンのエルフだとかで設定しまったらどうなるんだろうか。果てしなくモテるのだろうか。う~ん。想像できない。


「人間ですね…」


もっとネタキャラに勢いのまま突っ走るならドワーフもアリだっただろう。しかし。僕は知ってるのだ。このゲームは結婚システムがあるという事実を。べ、別に結婚やいかがわしい恋愛なんてものを求めてこの場所にやってきてるわけではないのだ。そ、そんなふしだらな目的でゲームをするヤツなんてあるわけがないであろう!?しかし人生は深遠なのである。何が起こるかわからない。宇宙で地球が誕生し僕が生まれる可能性も間違いなくあるのだ。それに比べれば、まぁちょっとした。知り合いは増えるかもしれない。決して出会い系目的のゲームではないのだ。それを勘違いしないで頂きたい。


「貴方の性別は何ですか?」


「…」


思わず言葉に詰まった。なんてこった。パンナコッタ。これもし万一、僕の口の筋肉がよからぬ誤作動が発生してしまった場合。一体どうなってしまうんだ。


「…」


間違いなく悲劇しか生まない。おそらく多分きっと。だいたい。


「男性です…」


『それでは素晴らしいRealライフを。グッドラック。末樹様』


その言葉が終わるやいなや、激しい光が僕を覆いつくし、目を開けると。僕は広場の噴水の前で立ち尽くしていた。


「ここがRealか…」


鳥の鳴き声に目をやると、小鳥が樹上で鳴いている。小鳥が既に人間に慣れているのか。プレイヤーの皆が餌をやったりしているのかもしれない。ゲームというにはあまりにもリアルな感覚だ。まるでいつも存在してる場所から、どこかとてつもなく遠く離れた場所にやってきたのだという印象を受けた。立っているのは石畳で、きっとこの道程こそが人生で、ゴールすべき最果ての魔王の城へと通じている道なのだと。


「すごいなぁ…」


きょろきょろと周囲を見回す。西洋の田舎の村といった風景だ。噴水の周りにヴァイオリンを片手に演奏している女性がいる。アレはNPCノンプレイヤーキャラクターなのだろうか。BGMとしてしっかり安全地帯としての意味合いが味付けされている。異国情緒たっぷり。


「さて…」


まず第一にレベル上げだろうか。別にとびっきり最高な仲間がログインした瞬間に待ち構えているだなんて思っちゃいないのだ。誰も見たことが無いヒトや誰も手にしたことの無いアイテム、誰も知らない未踏の大地と見たことも無い絶景が待っている。だから一歩を踏み出した。全てのプレイヤーと同じ目的のために。


「…」


昼間で空気は乾いているせいだろうか。どことなくあまいイチゴの匂いがしていて、匂いに釣られてふらふらと歩くとサンドイッチを売ってる荷馬車を発見してしまった。サンドイッチが一つ1500Gと表記されてる。コンビニで350円ぐらいで売られてるイチゴのサンドイッチが異常な程に甘い誘惑をかけてきてる。僕の知らないイチゴ味の匂いがしている。


「すごいなぁ」


感覚が鋭敏になっているように思えた。五感が差す感覚で僕はもう舞い上がってる。これが剣と杖のファンタジー。一体モンスターがでてきたらどうなってしまうんだろうか。周囲を見回すと大きく初心者のクエスト屋という看板が目についた。


「とりあえずレベル上げしなきゃだな」


とにもかくにも、まずそれだ。それからなのだ。うねる大海原はひのきのぼうじゃ立ち向かえない。イチゴのサンドイッチに尾を引かれながらもクエスト屋を訪ねた。売店同様に荷馬車の露天商といった感じだ。大きな掲示板にはいくつものクエストが張り付けられてる。生産、お手伝いに、護衛クエスト。


「ようこそルーキー!」


元気よく挨拶してくれたのは古典ファンタジーが飛び出してきたようなドワーフそのもの。威厳のありそうな風貌とは裏腹に若々しく元気いっぱいの大声にちょっと嬉しくなってきた。僕は今。歓迎されているのか。それがなによりも嬉しい。


「デフォルトだな!どーよRealは?ビビる程すげぇ場所だろ?最果ての先までやってきたってところだぜぃ」


「ですね。驚いてますよ。イチゴのサンドイッチとか美味しそうです」


「違いねぇ!まぁ物価は現実より何倍もするがそれだけの値打ちはあるってもんだぜ!一時間ぐらいクエストやりゃあそれを食える分ぐらいはお前さんでも稼げるな!」


そう言ってドワーフはがははっ!と見ていて気持ちいいぐらい豪快に笑った。というよりも、そもそも、人間ってそんな風に笑えるんだって思ったところだった。まるで自由じゃないか。唾が手についちゃったじゃあないか!


NPCノンプレイヤーキャラクターじゃないんですね」


「おうよ。ある程度Realやってりゃこういうバイトも出来るのさ。若いやつに頑張ってもらいたいからこうやってる。今でこそ落ち着いたし、Real入門者は大体こんなレベル1の町なんて見向きもせずに馬車を使ってスタンダードクラスの街まで向かってゆく。逆に前情報をあんまり知らずにやってきたってルーキーこそ、俺っちの光るところってわけよ!何でも聞いてけよ!!」


そしてがははっと笑う。気持ちいい人だ。


「えーっと。それじゃあとりあえず、いろいろこのRealの最初の町を楽しみたいし、簡単なクエストでも紹介してもらおうかな。それとか」


簡単なおつかいクエストを指さした。


「おっと!こいつぁ運がいい。お前さんがクエスト受注の1憶9000万人目だぜぃ!ほらよ!」


そう言うと虹色に光る名刺ぐらいのカードを渡された。


「売ればサンドイッチを腹いっぱい食えるぜぃ。まぁ。男は一丁度胸だろ?」


そう言って指を指し示す先が、100円硬貨で一回できるガチャポンそのもの。


「一等はおろか三等すらも出たことねぇがな!」


そう言って再びがははっと笑う。


「一等は『アルティメイト』二等は『ミシック』三等は『ドラゴン』これってもしかしてドラゴンってモンスターじゃなくってレアリティってオチじゃないですよね…」


「ほう!なかなか面白い意見だな坊主!当たってるかもな!」


多分現実の素の反応で言われた。


「まだ誰も当てた事が無いってのが売り文句の高級ガチャだぜぃ。でももちろんハズレもねぇ。そもそもこのガチャ自体、恒常で回せるイベントじゃねぇからな!ちなみにドラゴンは一億で募集がかかってるぜぃ」


「え?一億!?すごいなぁ…」


凄すぎて感覚が追い付かない。確かRealは公式がRMTを行っていて、現実でもゲーム内資金を購入する事が出来る。逆なら確か半分で現金化だっけか。だからRealを職業にしてる人もいる。テレビで中東の石油王がRealで一月で1兆使うとか言ってたっけ。何やってんだよってツッコミを入れた記憶がある。


「…アメリカドルでだぜ?」


「100憶も1億も変わんないでしょ…」


びっくりするほど二人して笑った。こうやって気持ちいい笑い方って不思議だ。美術館に飾ってる偉そうな絵画の中で、僕は妙な心持ちで笑っているのだ。良い風が吹いているのだ。


「じゃあ回すよ」


「おうよ」


虹色のカードを差し込んで、がちゃがちゃのレバーを回した。その一瞬、僕は白昼夢を視た気がした。大型ショッピングモールぐらいの大きさのドラゴンが、目と鼻の位置で対峙した俯瞰する光景。僕の手には、七色無色に黒く白く輝くドラゴンがいた。カード越しに僕を見ている。そんな感覚があった。


「…ヴァミリオンドラゴン」


「おっお前さん何引きやがった…!?端末からテロップが流れたぞ!?」


「レベル1299…」


確かにそう書いてある。レベル1299のヴァミリオンドラゴン。イラストは先ほどの白昼夢の虹色のドラゴンだ。


「うっそだろ…」


世界が傾いた。そんな気がした。


「お、おい!今おそらく、全ての端末上でテロップが流れた!シノノメ・マツキがシークレットレアを当てたってな。そして引き当てたカードの内容は文字化けして確認できなかった!世界がお前さんを今…」


「…」


手に持つカードの脈打つ鼓動が聞こえてきた。イラストの目が僕を視ていた。このドラゴンは、きっと僕を通して世界を知る。そのためにやってきた相棒なのかもしれない。この子も同じなのだ。愛すべき世界を知るのが人生で、僕たちはまだ何も知らないルーキーに過ぎない。


「とりあえず、お手伝いクエストやってきます」


もしここでアニメシーンが流れるとしたら、きっと僕は顔を斜めにしていることだろう。


「…賢明な判断だぜ」


広場を奇特な人々が横切った。ロックバンドのキッスぐらいの歌舞伎っぷりやマリリンマンソンかってぐらいのホラーテイスト、エックスジャパンとファイナルファンタジーが混ざったような髪の毛真上に立ててたり。血染めのワンピースで鉈を背負い狩りに向かうアニメキャラもいる。殺戮が肯定されるパーティは傍目から見るとハロウィンカーニバルそのもの。闇の景色。


「スゴイ人達がいるんだなぁ。とりあえず初めてのお使いクエストでもやってきて頭を回してきますよ」


僕もまた、広場を横切る冒険者の一人だということを思い出した。進まなければ。


「おう!それが人生ってもんだぜ、ルーキー」


意外にも、僕の想いが通じたみたいで、親指を立ててくれた。それから簡単な手紙の配達のクエストを承った。切った張ったも大切だけど、僕は文系。今のところはスポーツは専門家に任せるとして、この世界の空気を肌で味わおう。きっとそこには、素晴らしくも美しい出会いが今か今かと待ち望んでるんだ。


「…灯台?」


町の高台の灯台に気付いたのは、丁度お使いクエストが終わったところだった。お使いクエストをこなしてる中で、このRealのシステムも理解できつつあった。ログインして動き続ける度に疲労度が蓄積されてゆくこと、疲労度はジュースや料理で取り除けること、アイテムをカード化できる事、プレイヤーにはそれぞれ端末デバイスが与えられて、そこからRealの情報は記載され蓄積され記録されること。お使いの最中で貰ったハチャメチャにウマウマなジュースを飲みながら見上げていた。町の離れ。きっとそこには世界の真理やら果てやらが詰まっていて、そこに行けさえすれば幸せになれるような。そんな子供の頃から幾度となくやっていた空想で、いつもの変なわくわくが湧き出てきた。


「海が近くにあるのか…」


好奇心の赴くまま、僕は高台に向かった。プレイヤーにとってメインとなるサービスが辺りにないためか、人通りはまるでなかった。灯台の近くまでやってくると、その灯台が別の時代の遺跡であることが伺い知れた。扉を開くとボロボロで、空から夕陽が差し込み崩れかかった螺旋階段を照らしていた。


「…」


この先はきっと特別な場所で、そこに到達すると何かが起こる。そんな空想。アニメのヒロインがひっそりと潜んでいたり、黄金が埋葬されていたり、誰も知らない不死鳥が佇んでいたり。あるはずのないものを期待して落胆するする事はもう慣れてた。良い事はきっと起こらないし、ずっとこのままだって思い込んでいたら、それ以上はもう傷つかないって高校生にもなってるのだから分かり切ったことだった。だから、別に何かを期待してたわけじゃない。


「…」


途中でぼろぼろになった階段を大きくジャンプして飛び越えた。思いのほか、結構ジャンプ力が現実以上に出ていたので、落下せずに飛べて登りきれた。この先はきっとこの世界を一望できるのだろうと思った。望めば手に入る世界が、僕の眼下に留まるのだ。或いは、期待してる。


「…え?」


先客が居た。


「…」


雄大な世界、Realを背景に背に誰かが立って臨んでいた。


「…」


それは理想の女の子で、僕がこんな真似をしてるのも、きっとこういうシチュエーションを内心夢見ていたからに他ならない。でも。


「え?」


振り向き様に、そう言われた。それは幽霊かNPCかイベントか。そんな決まりきったおざなりの展開の斜め上。


「あっ」


きれいだなと思った。そんなきれいな女の子が、今、ふらりと宙を浮いて、落下していくところだった。


「…」


ノータイムで手を伸ばした。ちゃんと腕は掴んでるし、その腕には確かにぬくもりがあった。


「…ぉぅお」


そして予想外にも。その腕から伝わる体重は、重かった。


「うお」


あっという間に僕も落下する事になった。


「ヴァミリオンドラゴン………ッッ!」


影が延びて、まるで僕に翼が生えたているように空中で羽ばたいていた。その羽ばたき一つで、一気に灯台の頂上まで飛んだ。


「…」


「…」


お互い喋れなかった。夕陽を背景に、僕は彼女の顔を見た。美しい顔だった。風が額の傷痕を見せた。きっと彼女も、僕と同じくデフォルトなのだろう。


「…ありがとう」


そう言われた。どうする?


「風が君を見つけて良かったよ」


気付けば口が勝手に動いてた。


「風が?」


それは優しく甘いシンフォニーだった。


「そう。いつだって運んであげるさ」


「明日も?」


「もちろんさ」


僕は手を伸ばした。そして彼女は握手をしてくれた。


「シノノメ・マツキ…。マッキーと呼んでくれ」


「ツキコモリ」


ツキコモリ。ツキコ・モリ。モリ・ツキコ。森月子。森月子さんか。今の僕はシャーロック・ホームズを超えてる。


「良い場所だ」


夕陽に照らされた世界、Realを見た。


「少しすると、もっと別の景色が見れる」


それからお互い何も喋らず、夕陽の終わりのマジックアワーが訪れた。夕闇が差し掛かろうとした時のことだった。この世界、Realの真の姿を目撃した。それは無数に広がる宇宙に跨る星々の煌めき。一瞬の白昼夢のような出来事だったのだ。こんな場所で確かに目撃した。大空いっぱいに広がる、色とりどりの星々で埋め尽くされた夜空を。


「…」


正直、そんなのどうでもいい。世界の最果てだとか、善悪の極意だとか、究極の真理に、無限のエネルギーだとか。それよりも、今この瞬間、僕が感じている事が全てだった。


「…」


手を握ってた。気付いたらそうなってた。それが全てであり、これは始まりで、そして終わりに違いない。ふっと手が離れていった。


「そろそろ時間」


僕の知らない星空の下で、彼女は立ち上がった。


「さよなら」


そろそろ彼女はログアウトする。それが分かった。今しかない。この瞬間だけは逃せない。


「あのさ!」


彼女はこちらをじっと見た。不思議な表情だった。僕はこの顔に全てを捧げるのだろうか。


「また明日!」


驚いたような表情をされて、それから、不思議な顔で微笑んだように見えた。そうやって、彼女とのファーストコンタクトは終わってしまった。あっさりとあっという間に。


「…」


彼女との時間が終わった後でも僕はただ立ち尽くすばかりだった。この気持ちがずっと続くように祈りながら、僕も同じようにログアウトした。きっと彼女はまたログインする。この時間帯に。この不可思議な白昼夢へ誘われるために。


「…」


リビングでモーツァルトのきらきら星をかけた。爆発しそうな感情に沸騰しそうな理性の天秤をバランスにかけた。ソファに沈みながら、考え込む。今夜は眠れそうになかった。


「とりあえずヴァミリオンドラゴンはバグだろうから、コールセンターにでも問い合わせなきゃな」


それを突然思い出した。


「風が君を見つけてくれたよ。…かぁ」


僕史上、最強にカッコいいワンシーンに飲み物を持つ手が震える。


「やっちまったなぁ…」


実際のところ、僕はそこまで超絶イケメンキャラじゃなかったのだ。VRMMO初日だからって、ちょっとイキり過ぎたかもしれない。このままずっと、このイケメンキャラを演じ続けるのか。


「どーしよ…」


このままでいいのか、いけないのか、それが問題だ。

realmachine1>>watching you Sinonome Matsuki ....Lv5 >>realmachine1000001

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