09
拠点とする場所にシュリたちが戻ると、留守番の団員たちが「肉だ肉だ肉だ」と踊り出した。
早速、料理担当が肉の仕込みに入る。今日食べる分以外は干し肉にして携行食にするつもりだ。
「シュリ! 塩くれ! 香草摘んでおいたけど、変なの交ざっていないか?」
シュリが自分の鞄から塩の入った袋を出して料理担当に渡し、香草を確認すると、いくつか「ぺっぺ」と避けた。
シュリに避けられた草は見分けの難しい毒草で、料理に使われる香草とよく似ている。分けて揃えられたら違いが分かるが、摘む時の見分けは難しい。
「木の実は? きのこは?」
シュリが次々と「ぺっぺぺっぺ」といくつか避けた。「これは食べたら愉快になってあの世へいくヤツ」とおいしそうなキノコを魔術で燃やし、残骸を少し離れた土に埋めた。
料理担当が採取した食材をシュリが全て確認し終わると、料理担当が悔しがった。
「くそっ! 今度は大丈夫だと思ったのに!」
「シュリ! 言われた位置に魔除けの「しいさあ」を置いたわよ。後で確認して」
女性団員が料理担当に加わりながら報告をする。
シュリは手を上げ了解と答え、寝床の屋根に水を弾く葉を葺いている担当には「あそこはもう一列詰めないと水が漏るよ」と。
細い蔓を編んで籠を作っている担当には「持ち手になるここはもっと堅くなるように隙間なく編んで」と。
獲物を狩る罠を設置した担当には「これじゃ不自然でバレバレだよ。罠を設置するところの土と罠を同じ匂いにしないと動物には気づかれる」と。
シュリはそれぞれ働く担当に忙しなくアドバイスしながら、岩陰の窪地に拾ってきた石を敷き詰める。
ここはシュリが担当だ。
角の取れた石ばかりを拾い集め、時には魔術で削り、野営三日目にして完成するそれに、空気中から水を取り出す魔術を得意とする水担当にナミナミと水を張ってもらい、炎の魔術を得意とする炎担当に石を熱してもらい、ほかほかと水が良い温度になった。
水担当には、水が汚れすぎないように水を入れ替える魔術を継続させ、炎担当には「適温」を維持するため、魔術を継続させた。
「すげえ……でっかい風呂だ」
水と炎の担当が呟いた。
洗浄魔術を使える者が定期的に皆に魔術をかけ、皆身体を清潔に保っているとはいえ、シュリは風呂に浸かりたかった。一ヶ月水浴びか魔術だけなんて嫌だった。
シュリは贅沢やわがままはほとんど言わないが、風呂だけは拘りがある。シュリの母が風呂好きなのも影響しているが、風呂だけは、金をかけずとも魔術で穴を掘って水を張って何とかなったからだ。
その日の夕食は全員に香草焼きの肉の塊が行き届き、夕食後は順番に風呂に入って皆大満足だった。
朝は明るくなるとともに活動を開始するため、担当ごとの会議後、全体での会議をして就寝する。
会議と言っても固いものではなく、各担当からの今日の成果、明日の予定、あーしたらこーしたらの提案に終始飛び交う活発な場だ。
寝床は各班で離れた所に点々としている。奇襲された場合に全滅しないためである。
天幕を張る班、洞を使う班、木で壁を作り屋根を葺いて家を建てている班もある。一方で外套に包まるだけのリアル野営班もいる。
魔物等の警戒のため、寝ずの番担当がいるが、輪番制の上、翌日は非番で休養日となることから人気の担当となっている。
「シュリ、ちょっといいか?」
シュリに声をかけたのは、今期の従騎士候補生の中で一番身分の高いアロイス。ベアトゥル侯爵家の三男である。シュリの班の班長でもある彼は、従騎士候補生全体の指揮も執っている。
「んー? 眠いから手短に。きっと今日来るから早く寝ておきたい」
「ならっ……皆に!」
シュリは首を横に振った。
「気付く人は気付いている。気付かない人も経験しなければこの先も気付けない。候補生の今の内じゃないと命に関わるぞ? 先輩たちは命までは取らないけど、本当なら終わりだ。それでも丁寧に教えたいのなら止めないけどさ。……指揮官の腕の見せ所だな?」
シュリがニヤリと笑うと、アロイスが言葉に詰まった。
「ぐ……お前は本当にクソ可愛くない奴だな!」
シュリは、「どおもー」と言って手を上げ、樹の陰に入って行った。アロイス班はリアル野営組である。
従騎士候補生の野営訓練が始まって三日が終わろうとしている。
魔物は度々出没しているが、討伐に困難はまだない。
本当の困難。先輩騎士たちからの試練がまだない。
それはとても不気味な静けさだった。
全員事前に話はしてある。魔物だろうが何だろうが、森の中ではこちらの都合などお構いなしに襲撃される。
生き残るためには常に神経を研ぎ澄まさなければならない、と。
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