08
黒の森の周囲は鬱蒼と茂る普通の森が囲んでいるが、黒の森に近づけば近づく程、魔物の出没頻度は増し、強い個体となる。
森を進むと、黒の森の始まりには目印がある。
鬱蒼と連なる森たちの青葉闇に煌めく白い幹と紫の葉。見上げる程に背の高い樹。人の住む地から見てその向こうが「黒の森」である。
森に点々と存在するその樹は、ライーカの樹と呼ばれていた。
遥か昔、神々が人の世界と黒の森を分けた時、女神が目印に植えたという奇跡の樹。樹皮も樹液も葉も花も、全てがとてつもない薬効を持つ万能の植物である。
季節を問わず白く輝く幹が視界に入ったら、そこから先へは進んではいけない。
その先は、人の世の理と異なる世界。ほんの一歩踏み入っただけで、何が起こるか人間には理解できない「黒の森」。
その黒の森に繋がる森の一画にて。
「そっち行ったぞ!」
「任せろ!」
「肉肉肉肉!」
無精ひげを生やした男どもが獲物を追い立てる。
追われているのは、出没したら騎士団一隊が投入される魔物、トントーン。
豚のようなイノシシのような大きな体と牙を持つ凶暴な性格の魔物である。
進む方向にあるもの全てをなぎ倒し、畑の全てを食い尽くす厄介な魔物である。
一人の男が電撃の魔術でトントーンの動きを止めると、寄ってたかって蔓で編み魔術で強化した縄をかけ、横倒しにした。
地響きと砂埃が舞う中、男たちは一斉にトントーンに飛びかかり、トドメを刺し、トントーンの断末魔の叫びが森に響いた。
「やったぁ! 肉だ! 肉! これだけ大きかったら皆に行き渡るな!」
「早いとこ解体しようぜ、シュリ!」
無精ひげを生やした男ども、優雅さを誇る王立騎士団従騎士候補生の狩猟班は、仕止めた獲物の大きさに喜んだ。
「りょーかーい! じゃあできる人は一緒に。まだ無理な人は見学で。心臓が動いているうちに血抜きをしよう」
シュリが手際良く解体の指示を出す。さくさくとトントーンは解体され、毒のある内臓と頭部は焼却された。
燃え跡には魔物の頭部にある核が残され、回収係が忘れずに回収する。核は石のようで、時には宝石のような輝きをしており、魔石と呼ばれ、魔道具には欠かせないものである。これは結構な額で売れるのである。
「何回見てもすげぇ手捌きだな。トントーンが見慣れた肉になった」
見学組の男がぽつりと感想を漏らした。
騎士団には貴族も多く入団する。貴族は自分で獲物を解体するどころか、料理も使用人がする環境で育つため、狩りをした後の料理となって目の前に出てくるまでは、全く未知の領域なのである。
しかしながら、騎士として身を立てるには、自分の身の回りのことや野営時の食料調達と料理は必須技能である。
出来ないは通じない。やらなければならないのである。
出来る者は率先して食料を調達しなければならないので、教える時間はない。出来ない者は見て学ぶしかない。
野営訓練が始まって三日。
森深い地に従騎士候補生たちは置き去りにされ、迎えが来るまで森から出ずに野営することを命じられた。
装備は従騎士候補生の武器と防具、各自一つだけ持つことが許された私物の鞄に入るだけの物である。これは何を持って来ても良いので、各々考えて好きな物を入れている。
野営訓練は、生命に関わるけがをした者や退団を決意した者は離脱が認められている。
一班十名、十二班はそれぞれ別の地点から訓練開始となった。
他の班と合流するもよし、自分たちの班だけで野営するもよし、仲間たちと今持っている物と現地調達で生き延びることが与えられた命令である。
今期の従騎士候補生たちは事前に示し合わせており、十二班百二十名は野営訓練一日目の夕方には欠けることなく合流した。
森に近い領地の出身者は魔物と戦うことも解体も野宿も慣れている。
一方で都会の出身者、特に貴族は魔物と戦うことは出来ても解体までは出来ない。
指揮を執れる者、狩りが出来る者、水や炎の魔術が使える者など、それぞれの長所と役割があり、班ごとに行動するよりも団体になった方が一ヶ月の野営を乗り越えられると判断したのである。
今までの従騎士候補生は、入団の人数にバラつきはあるが、野営訓練を全員が合流して行った例はない。たまたま合流した二、三班が行動を共にするくらいであった。
そう考えると、今期の従騎士候補生たちの団結力、統率力は群を抜いていた。
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