06
話は現在に戻る。
「おら、新入り! 防具を洗い終わったら帰りに訓練場の土を均せよ」
「ふぁい!」
顔面をグルグル布で巻いたシュリが返事をする。
女性団員もいるとは言え、圧倒的に男性が多い騎士団は、基本臭い。
男臭いと言ったら終わりだが、汗臭い、油臭い、獣臭い、とにかく臭い。
鍛錬しては匂いが発生し、稽古をすれば匂いが発生し、果ては事務仕事をしていても匂いが発生する始末。
隊の中に洗浄の魔術を使える者が居る時はまだいい。ある程度は清潔を保てる。
しかし、一度行軍すれば、風呂も洗濯も夢のまた夢となるため、従騎士候補生のうちに徹底的に匂いに慣れ親しむのである。
自分の発する匂いと他人の匂いが混じり合う、未知の世界を体験しておくのだ。
いくら慣れてきたとしても、匂いが目に染みて涙は出る。
従騎士候補生の訓練用防具や武具は共用で、それはもう代々の色んな匂いが染み付いている。
使用後は毎回洗ってはいるものの、定期的に補修をしつつ徹底的に洗って干す仕事がある。
倉庫の奥の方にあるあまり使われていない防具は、時を経て醸成され、それはもう素晴らしい香りを放っている。
鼻を覆わなければ命に関わる、かもしれない。
従騎士になれば個別の物を与えてもらえるので、あと一月の我慢である。
シュリは一人で黙々と作業をしていた。
二百近くある防具や武具の状況を確認し、補修をしながらひたすら洗って日光にさらす。
今期の従騎士候補生への体力錬成指導は苛烈を極めていた。
負傷する者多数。
倒れる者多数。
逃げ出す者多数(連れ戻され済)。
身体の負傷は治癒術で回復できても、心的外傷により再起不能になる者も出る始末(矯正済)。
ジークをはじめ、ジークの配下にある第九師団から第十二師団に所属する騎士と従騎士が訓練を担当すると、訓練場は地獄と化した。
元々武力派の集まりである団員たちは、ジークを崇拝している。
その団員たちは、入団式のシュリの態度に怒り心頭なのである。
その怒りは鍛錬という大義名分を得て、従騎士候補生たちに注がれている。
最も矢面に立つシュリは涼しい顔して扱きに耐えるが、従騎士候補生の同期はたまったものではなかった。
入団当初の体力錬成後は、どんなに歯を食いしばっても、立ち上がれない者がほとんどであったのである。
むしろ、同じだけ、いや、それ以上の扱きを受けても飄々としているシュリの方がおかしいと、誰もが思っていた。
本日の指導は騎士団一の穏健派である第七師団の騎士たちで、来週からの野営に向けて防具と武具の補修と洗浄、訓練場の整備を行えば、「何人」で作業しようと構わない、と言ってくれた。
そこでシュリは、まだ多少は動ける同じ班員のミケーレに他の同期の世話を任せ、一人で作業を行っているのである。
ミケーレはシュリと同じ歳で、同じく南西の国から入団した伯爵家の子息である。
黙々と鍛練を行い、事務連絡以外あまり話している姿を見たことはないが、実直さから周囲に信頼されている。
この後は訓練場を均し、シュリだけの特別訓練を受けて、本日は終了である。
「あいつら生きてるかなぁ。体力の限界を突破するための訓練の後、予定になかった第二師団から奇襲(を受ける)訓練でフルボッコだったもんなぁ」
シュリは思わず一人で呟いた。
シュリは入団当初、周りがあまりに脆弱で、本当に騎士になるつもりなのか疑問に思っていた。
数日経つと、どうやら周りが普通で、自分が(ちょっと)おかしいのかもしれないと思い始めた。
それくらい、同年代の従騎士候補生たちと体力も戦闘能力も差があったからである。
扱きに耐えていたのはわずかに数人。いずれもすぐさま実戦投入されても生き残れる者だろう。
シュリはちょっと、多少、……大分色々ズレてはいるが、協調性がないわけではなく、自分の所為で(自覚ある)厳しい鍛練を受け止めるだけで精一杯の同期のフォローをこまめに行うことで、従騎士候補生全体として与えられている課題をクリアしていったのである。
入団から五ヶ月が経つ現在では、ひぃひぃ言っていた候補生たちは皆別人のような身体つきと顔つきになっていた。
そんな面々も本日はくたばっているが、同期からすると「お前が化け物なだけだ!」である。
来週からは従騎士候補生だけでの野営訓練が始まる。
説明によると、所々で騎士により試練が与えられるという。
内容はもちろん秘密である。
魔物から身を守り、森から出ることなく、食料と寝床を現地調達しながら一ヶ月生き延びる。
それだけでも命がけなのに、一癖も二癖もある騎士たちからのチョッカイ。ましてや、今期はとてつもなく扱かれていることから、過酷な「試練」となることが容易に想像できた。
まあ、なんとかなるか。と、シュリは楽観視していた。
野営訓練の舞台となる「森」は自分の生きてきた「世界」だからである。
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