05
中止になった入団式後、従騎士候補生たちは集められ、師団長たちから騎士団の「禁忌」を真っ先に教えられた。
東の国の者なら耳にタコができるほど聞いたことのある話でも、王都から離れた町の出身者やシュリのように他国の者は初めて聞く話だった。
まさか入団式中にその地雷を踏み抜く者が出るとは、騎士団の誰もが思ってもいなかったのである。
筆頭師団長の第一師団長が厳しい顔で告げた。
「騎士団内では、副長である騎士ジークの婚約者様や婚姻について、一切の詮索や噂を厳禁とする。婚約者様は現在行方不明であり、国として捜索をしているが、行方不明から八年が経っていること、生死について心ない噂が絶えないこと、そして「偽者」が定期的に現れており、その都度、怒り狂う副長の魔力が漏れ出て、王都が凍り付く災害が起こっているからだ。この「禁忌」を犯せば、国王によって処罰されることを忘れぬように。これは命令である」
更に第一師団長が「特にお前はもう目を付けられたと思え」とシュリを注意したが、シュリはそれどころではなかった。
ほぼ「それ」を調べたいのに、調べる前に禁止されてしまったのである。
今聞かなければ、もうこれ以上聞くことが出来ない雰囲気を察して、シュリは恐る恐る右手をピッと挙げ、第一師団長に尋ねた。
「俺はなんで目を付けられたのでしょうか? 天使って言ったこと? 本当のことなのに。顔が天使のどこが悪いんですか。それに、天使の奥様とお子さんってどんな人かなって思って?」
恐れを知らぬシュリの物言いに、他の師団長が色めき立ったが、当の第一師団長が手を挙げて止める。
物知らぬ田舎の少年のように見えて、副長の攻撃を避けた者である。偶然であれ、一目を置いていた。
「副長は独身だ。婚約者様と言ったろう」
「え、結婚していないんですか!? は? なんで? 奥さんと子どもは?」
「ご成婚の前に行方不明となっている。婚約者様一筋なのに婚外子などいるはずもない」
「じゃあ何で怒ったんでしょうか。独身だって言えば済む話ですよね」
謎理論を堂々と言い首を傾げるシュリに、周囲は段々と「こいつやばい奴」じゃないかと気付き始めた。
「お前は副長の顔を見て、何だ、その……誉めていたな?」
「ええ、すごく好きな顔です」(キリッとドヤ顔)
きっぱり告げるシュリに、こいつの性癖は「そっち」だと全員が認識した。
第一師団長が咳払いをして周囲ごと窘めた。
「副長は自分の容姿について騒がれるのがお好きではない。ましてや同性だ。その上お前は鮮やかに婚約者様に関わる……逆鱗に触れる話題を続けた。婚約者様が行方不明にならなければ、とっくに婚姻されお子にも恵まれていたかもしれぬだろう。お前は事情を知らなかったとは言え、副長に対してご本人が言われたくないことを言ったのだ。当然だろう」
周囲の目線に気付かず、シュリは考えながら問いを続ける。
「じゃあ……これ以上話題にしないのは分かりましたが、その婚約者様はどうして行方不明になったんですか? 国が捜しても見つからないんですか? 騎士団としても捜すんですか?」
「ふむ、お前は確か南西の国から来たんだったな? 八年前のこの国の政変の話は知っているか?」
「八年前ですか? 俺は商隊で育って、八年前は丁度この国にいた時期ですが、特にそんな騒ぎは覚えてないです」
「そうか。ではお前がこの国を出た後のことだろう。他の者も心して聞け。曖昧な噂や推測は、巡り巡って自分の首を絞めると思え。八年前、端的に言うと、副長の生家であるファーレンハイト侯爵家と、この国の三大公爵家であったベルガード公爵家が抗争となった。詳しいことは端折るが、結果、今現在この国にベルガード公爵家は存在しない。その抗争に巻き込まれる形で、副長の婚約者様は行方不明となっている。婚約者様を心底愛しておられる副長の嘆きは計り知れない。何を勘違いしたのか、当時は婚約者様の名を騙る偽者が各地に現れてな。婚約者様の名前もおいそれと言うことは禁止された。今後も決して詮索をしたり話題に上げたりすることのないように」
(抗争、とは穏やかでないな。それに巻き込まれて行方不明って、それってもう生きては……)
「婚約者様は生きている。だから捜しているのだ。詳細は言えん。騎士団としての捜索は国王陛下の命により一部団員により継続されている。従騎士候補生がその任務に就くことはない」
シュリの思考を読んで、第一師団長が言い切る。
突っ走りそうな若者を抑えるために、第一師団長が公式に説明してくれた以上は、表立ってもう聞けないだろう。
シュリは「あーたーしたー」と頭を下げた。
表立ってはもう調べられない。なら、表立たなければよいのだ。時間はかかるが仕方ない。
時期的に、シュリの母とジークが付き合い別れた後、ジークの婚約者は行方不明となった。そのためジークは独身だといい、その婚約者を捜しているジークがシュリの母をも捜しているのは一体どんな理由か。
(婚約者一筋で婚外子など考えられない、か)
そうは言っても、シュリの大事な弟はこの世に存在するわけで。
母が言うには、「子どもが出来たと言おうと会いに行ったら、女性に求婚しているところで『婚約者』だってさ。なーんにも言えなかったよ」と言い、妊娠を告げず別れて国を去ったという。
行方不明の婚約者と婚外子。
シュリは、この国とジークが母を捜す理由が弟にあると当たりをつけていたが、それに加えて婚約者が行方不明とは、どう転んでも穏やかには行かない予感しかなかった。
シュリは遠い地の母に向かって、心の中で悪態を吐いた。
(……ここで、一体何してたのさ、母さん……)
読んでくださり、ありがとうございました。