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ロズフェード王立騎士団 ~ 従騎士候補生たちの受難 ~  作者: 千東風子


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04

 

 話は入団式に遡る。


(ちょ、ま、おい、まじかよ……母さん)


 シュリ・マイヤー、十五歳。


 割と修羅場をくぐり抜けてきたシュリだが、呆然と目の前の人物を見ていた。

 戦場ならば命に関わる隙となる程、自失していた。


(待て待て待て待て、母さん、あんた、ユーリの父親は「見れば分かる」って確かに言ってたけど、ソックリどころじゃない、まるで分身じゃないか。いや、もうこれは分裂の域だよ!)


 ニコリともしないで皆の前に立つ男。


 猫っ毛のその金髪を暗い茶髪にしたら「(ユーリ)の二十年後」である。


(母さん、何がどうなってこんな大物と……!)


 シュリは溜め息を意地で飲み込んだ。


 それもこれも、溜め息などつける場面ではないからである。


 目の前の男は、この東の国の王立騎士団副長であり、大陸に名を轟かせる一騎当千の騎士。


 対するシュリは、本日、騎士団の入団式に臨んでいる平民の従騎士候補生。


 溜め息は呑み込んだが、目の前の男から目が離せなかった。


(間違いない。これはもう間違えようがない。むしろ間違いであって欲しい!!)


 弟のユーリと同じ顔の男が無関係なはずもなく、シュリはこの国に来た目的の一つをあっさりと達成したことを認めざるを得なかった。


 顔面は動かさずに、心の中で盛大な舌打ちと溜め息をついた。


「シュリ・マイヤー、いないのか」


 動揺していたシュリは、自分を呼ぶ声を聞き逃していた。

 入団する者の名を読み上げている場面で、呼ばれたシュリは返事をしなかったのである。


 壇上にいる「弟と同じ顔」が厳しい表情でこちらを見ていた。


「はい、います」


(やべ、聞いてなかった)


「私を見ていながら返事をしないとは良い度胸だ。私の顔に何かついているか? それとも何か言いたいことでもあるのか?」


 場の空気が冷え出した。物理で、である。


 発生源がニヤリと笑うが、その目は凍てついている。


 大陸にその名を轟かせる、ありとあらゆる物を魔術で凍らせる氷の騎士、東の国の王立騎士団副長ジーク・ファーレンハイト。


 三十になる前に副長の座についた選良(エリート)中の選良(エリート)である。


 ファーレンハイト侯爵家の次男で、妹は現王妃イザベル。国王シュトラールの義兄で、第一王子ベルトルトの血の繋がった伯父。ファーレンハイト侯爵家自体も三代前に王家の姫が降嫁した王家の傍系なので、王位継承権をも持つ、肩書きが渋滞を起こしている人でもある。


 身分のほかに、ジークは騎士として有名だった。


 剣も槍も使い、宮廷魔術師並に魔術を繰り出して戦うその戦技には無駄がなく、正に一騎当千と称えられていた。


 得意な魔術は全てを凍らせる「氷」。故にこの国で「氷の騎士」といえば、このジークを指す言葉となっている。


(その名に、偽りなし……、って、魔力が漏れ出るくらいものすごく怒ってるな。冷てぇな、こりゃあ)


 シュリが黙っていると、更に周囲の温度が下がった。


 周りの新入団員は立っているのがやっとなのか、震えまで止められない。


「直答を許す。なぜ私を見て驚いた?」


(びっくらこいたのバレてるや)


「言え」


 ジークからトドメの一言が放たれるのと同時に、何かが光った。


 シュリが無造作に右足を上げる。


 ザシュ。


 シュリの右足のあった場所には氷の棒が刺さっていた。


 それを見た師団長たちが息を呑んだ。


 今日入団したばかりの従騎士候補生が、副長の攻撃を避けたのである。

 それは、通常では考えられないことであった。


 ジークは訓練中、団員の指導のために氷を向けることがある。

 氷は体に当たると砕け散るように魔術が編まれており、衝撃はあるが怪我はしない。

 団員が訓練中に集中していなかったり手を抜いていたりすると、どこからともなく飛んできて、矢のように体に刺さり砕ける。

 当たった者には罰を、避けた者には褒美が与えられる。


 式典は妙な緊張に包まれた。


 シュリは何回目かの溜め息を呑み込み、ジークを見た。


(大して表情に変化はないけど……ほんとソックリ。あれ、すごいびっくりしている時のユーリの顔じゃん。……うう。初日から厄介事はゴメンなのに)


「あの!」


 シュリが意を決して声を上げた。


 ジークが無言で続きを促す。


「天使様!」


 場がさらに静まる。「は?」と。


 テンシ? てんし? 会場の全員の頭に色々な「てんし」が疑問符付きで飛び交う。


「……なんの話だ」


 ジークが絞り出すように尋ねる。


「顔が」


「顔が……なんだ」


「天使で!」


 十五歳で立派に成人を迎えたシュリだが、年の離れた弟をこよなく愛し、特に顔面、更に言えばほっぺた至上主義であった。


 弟を脳内で「天使」と呼び(ダダ漏れ)、所構わず溺愛している。


 そしてシュリは、その弟から度々「兄さんは空気を吸わず、少しは読んだ方がいい」と叱られる程、場を読まない強靱な精神の持ち主でもあった。


 更にシュリは切り込む。


「天使様……奥様とお子さんは?」


 一瞬で身体中に鳥肌を立て、心の底から怒り狂ったジークにより、式場は物理で凍り付き、入団式は中止となった。



読んでくださり、ありがとうございました。


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