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晴れた日だった。
従騎士候補生百二十名は一人も欠けることなく従騎士となり、各師団に配属された。
それは中々に適材適所の配属で、新たに従騎士となった百十九名は心から納得した。
末端である自分たちのこともきちんと見ていてくれている。
副長たちはちょっとアレだが、総長である国王陛下は信頼と忠誠に値するお方であることに心底安堵した。
「納得いかない」
一人を除いては。
「いや、おまえ以外納得だし」
アロイスが苦笑いする。
アロイスは第五師団第一隊に配属となった。ゆくゆくはオリヴァー副長の従騎士となる見込みである。
皆は密かに「苦労性」の後継者だと見抜いていた。
「西の国の魔物たちとの戦いの拠点であるアシューミ領へは、ジーク副長の第九、第十一、第十二師団が派兵される。納得だろうよ?」
ミケーレが何が納得いかないのかシュリに聞く。
「……当たりが、激しいんだよ……」
シュリが配属されたのは、第九師団第一隊。ストンとジークの従騎士の一人になった。
ミケーレも同じ隊、同じ班となり、ジークの副官カールの従騎士である。
通常は隊長以上の従騎士にはベテランが付くが、従騎士の人事には騎士の要望が大きく反映される。身辺を預ける従騎士との相性は命に関わるからである。
従騎士にとって騎士は絶対の存在。
つまりは、シュリにとってジークは絶対、なのである。
副長二人の尋問(?)にも、口を割らなかったシュリは、ジークと騎士と従騎士の関係になっても口を割らなかった。
シュリの事情を聞いてしまった従騎士候補生たちも、シュリが言わない以上口を閉ざした。
エリックからは「ジークを狙ってたワケじゃなく、ママのためだったのか」と言われ、シュリはやや光りながら、ますます貝のように口を噤んだ。
そんなシュリだが、王都に帰り着いたタイミングで国王に呼ばれ、一通の手紙を渡された。
それを読んだシュリは、重い口を開き、母のことを話し始めたのである。
手紙の主はビルケ・フォアロイファー。
落ち人カヤの侍女だった女性である。
はじめまして。
親愛なる我が主カヤ様の大切な方。
あなたのことはカヤ様から聞いています。
大切な息子二人と南西の国のとある町に落ち着くことができたと、今はビビと名乗っていると、お手紙をいただきました。
ああ、もちろん、あいつには何も言っていません。
私がすぐに飛んで来るとでも思ったのでしょうね。その通りなのですが、どこの町かまでは教えてもらえませんでしたので、お返事は出せずじまいでした。今でも少し、いえ、かなり大分とっても恨んでいます。
さて、手紙の用件ですが、突然ですが、私には天恵があります。私の天恵が、この時期に、カヤ様の大切な方宛に、私が昔見た天恵を伝えるべきだと教えてくれました。本当は嫌ですがお伝えします。
私の夫は騎士ですので、夫のバルトロメウスに手紙を託します。
カヤ様がこの国を出られる選択をした時、私は天恵で少し大人のカヤ様を見ました。カヤ様は、二度と呼ばないと誓ったあいつの名を、柔らかい笑顔で呼んでいました。
私はカヤ様の幸せを願っています。幸せとは当人が決めるものなので、あいつに塩を送るようで本当に腹が立ちますが、お伝えします。
あいつが、カヤ様の幸せとなる選択肢があることを、本当に本当に嫌ですが、ご承知おきください。
なぜこの時期にお伝えするかについては、あなた様が一番分かっていることと思います。
なお、私の天恵は、たとえ従わなくても死にはしません。ひどい目に遭う程度ですので、あしからず。
天恵に従ってお伝えしましたが、あなた様の選択を妨げる意思はありません。
どうぞ、あなたの心のままに。それがカヤ様の望みでもありましょう。
最後に、カヤ様へお伝えいただきたいことがあります。
私に会いに来るという約束でしたが、これ以上待たせるならパイ先騎士と子どもたちと犬を引き連れて、家族全員で這ってでも会いに行きますので。
カヤ様にどうかそのままお伝えください。
ビルケ・フォアロイファー
手紙を読み終わったシュリは溜め息をついた。
「本当に嫌なんですね……」
「妻は無表情で泣きながら書いていました」
シュリは手紙を丁寧に畳んで懐にしまい、手紙の主の夫を見た。
壮年のベテラン騎士で、元は国王陛下の王太子時代の近衛騎士だという、バルトロメウス・フォアロイファー。
身元は国王自らが保証した。
この場には、バルトロメウス、国王、ジーク、そしてシュリしかいない。
「この方の天恵は……あ、ハイ、本当なんですね」
ジークとバルトロメウスがものすごい顔をしたので、シュリは察して言葉を切った。
「ご助言ありがたく頂戴いたします。母宛の言葉も必ず伝えましょう」
「どうぞよしなに。騎士ジークと話し合いなさるならば、このまま同席してもよろしいでしょうか」
「俺……私は従騎士ですので、陛下と副長が良ければ、騎士バルトロメウスの同席に異議はありませんし、私に丁寧な言葉は必要ありません」
「ありがとうございます。私はしばらく王都を離れていた上に、騎士ジークは一時でしたが私の従騎士でしたので、冷却要員としてこのまま同席させていただきます。従騎士シュリ、あなたは妻の主のご子息です。私のこの態度は大目に見てください。私の家庭を壊したくないのでしたら……」
あ、ハイとしかシュリは言えず、頭をかいた。
「では、どこから話せばいいのやら迷いますが、細かいこととか、何でとかは、直接母に聞いてください。あと、すみませんが言葉が乱れても勘弁してください」
そう前置きをして、シュリは母である落ち人カヤについてポツポツと話しだした。
読んでくださり、ありがとうございました。




