18
アロイスは開いた口が塞がらなかった。
むしろ貴婦人よろしく倒れてしまいたかった。
けれども、仮にも現場を預かる指揮官が現実逃避するなど許されない。
気力を振り絞って、シュリに確認をした。
「……で、お前の目的は叶ったのか?」
「んー……、いまいち分からない。母さんと副長の婚約者は別の人のはずなんだ。でも、噂通り『落ち人である愛しい婚約者を捜している』なら、それは母さんのことだ。なら、何で母さんを捨てたのか分からないし、ましてや国外追放されたのが矛盾しているし。母さんが薬師として活躍し出したのを嗅ぎつけたとしても、優秀な薬師なんて結構そこら中にいるし、そこまで捜すことでもないし」
アロイスは地面に膝を突いてうなだれた。
「わ、どうした?」
それを皮切りに、ミケーレを除く従騎士候補生たちが同じく地面に突っ伏した。
「え? どうしたの皆」
シュリがその光景に後ずさった。
一人立っている格好になったミケーレもぎょっとしている。
「……力が抜けた」
アロイスが両手で顔を覆って呟いた。
「え、なんで」
「お前のその疑問の答えをな、この国の人間だったら皆知っているからだ」
「「は!?」」
シュリとユーリの声が重なる。
「八年前、もう九年前になるのか? 副長の婚約者が行方不明になった時、国王陛下は包み隠さず国民に事情を説明したんだ。その上で副長の婚約者は捜索された」
「事情って言っても、入団式に説明されたことと同じだろ?」
自分が探っても、入団式と同じような情報しか出てこなかったのだから。
「違う。詳細を説明された。だが、その後、婚約者の偽者が度々現れて、怒り狂った副長が魔力暴走を起こす度、王都は凍りつく被害に遭い、婚約者の名を呼ぶことも、当時の話をすることも禁止されたんだ。禁止されただけで忘れたワケじゃない。意味が分かるか?」
シュリは意味が分からない。
隣のユーリが溜め息をついた。
「つまり、兄さんは回りくどいことをしていないで、真っ正面から聞いてみれば良かったってこと?」
「そうだ。そうすれば、噂通り、ただ、ただ、愛しい人を捜す……哀しい人だとすぐに分かっただろう」
「……哀しい、だって?」
シュリの気配が鋭くなった。
もしかして、被害者ぶっているのだろうか。母を、捨てた分際で。
「シュリ、俺たちは覚えているんだ。……今はもう国王陛下から禁止されているが、婚約者が行方不明になってしばらく、副長が毎日毎日命を削って探索の魔術を大陸中に巡らせて、見つけられずに涙のような雪が舞うのを、毎日見ていたんだよ……。今日こそ見つかりますように、今日こそ見つかりますようにと、この国の民なら一度は願ったことだ。……噂は、そのまま本当だ」
シュリが周りを見渡すと、従騎士候補生たちが皆すごい勢いで頷いていた。
ただ事情が呑み込めないミケーレだけが所在無さそうに立っている。
シュリは頭をポリポリかいて、溜め息をついた。
この国に来てから、本当に溜め息が多くなったと思う。
嘘を吐いて陥れるような同期ではない。気が合う合わないはあっても、共に励んできた同期なのである。ましてや、このことで嘘を吐く利点がまるでない。
それくらいは、シュリにも分かっていた。
「……んじゃ、野営が終わったら直接聞いてみる。もしだ、もしも噂通りじゃなく、母さんを利用しようとして、うちの天使に何かしようとしてるんだったら、……容赦はしない。すべてに、だ」
腐竜を一人で倒す男の本気に、従騎士候補生たちはゾッとしたが、「そう」はならないこともよく知っていたため、コクコクと頷いて、張りつめていた息を吐いた。
「よく分からないが、まとまったか? ……気持ちも行動の意味も、相手に伝わらなければ只の想像だ。きちんと話し合え」
ミケーレがそう言って、周りの従騎士候補生たちの手を取って立たせていく。
あれ……もしかして、一番常識……?
シュリ同様最年少のミケーレの株が、謎に上がった瞬間だった。
「皆、少し頭を冷やそう。警戒を怠るな。すぐそこは黒の森だ。何が起こってもおかしくない。シュリ一人に全てを任せるな。さあ、食事の準備だ」
アロイスがテキパキと野営地の指示を飛ばし、夜に備えようとしていた時。
突然何人か、「ヒッ」と息を吸って動きが止まったかと思えば、ガタガタと震え出した。
「どうした!?」
周りの者が声をかけるが、歯の根が合わず、言葉を発せない。そして、皆震える指で一つの方向を指差した。
「兄さん」
ユーリが鋭い声を出した。
「野営が終わらないうちに、直接聞けるかもよ」
ユーリが睨む方向の先にあるのは、王都。
震え出した魔力の高い候補生たちが指さす方向だった。
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