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 ビビは普段大らかで楽観的だが、大事なこと程自分の内にしまい込み、我慢して沈黙する気質だった。


 何かを自分から要求するのが極端に苦手なのである。


 自分名義の銀行口座から引き出せないのは、余所者の自分に対する()()なのだと、呑み込んでしまった。


 自分には支払われた。それを使うのは自分ではない。それがこの町に住むためのルール。そう、ビビは受け取ったのだ。


 この辺りの家族四人の一般家庭では、月に金貨五枚もあれば余裕のある生活が出来る。

 報酬額の三割しか手に出来ないビビは、その金貨五枚程度を手に入れるために、実に三倍以上を生活費のために稼がねばならず、それが更に「大金」と冒険者ギルドに判定されるという悪循環だった。


 この件が発覚したのは、ユーリが怪我をしたことに起因する。


 命に別状はないが、完治するためには高度な治癒術が必要であり、治癒術師に依頼するためのお金が用意できなかったビビは、銀行へ借金を申し込んだのである。


 治癒術師に支払う報酬は決して安くない。しかし、ビビの口座には潤沢な貯蓄がある。なぜ借金を申し込んだか銀行の幹部が事情を聞いて、案件は露呈した。


 ビビの口座は、開設から一度も引き出された形跡はなかった。


 そのため、冒険者ギルドの横領疑惑はすぐに晴れたが、五年もの間「自分の口座から金を引き出せない」という訴えをまともに取らなかった銀行は、責任者が辞任するという大事となった。


 銀行の窓口職員は、ビビの訴えを幹部に報告することなく、口座から引き出せないなんてあり得ない、故意にあり得ない不良を訴える要注意人物としてビビを見ていたのである。


 ビビの口座を閉じ、預けていた金は息子二人の名義口座に移し、冒険者ギルドと銀行から謝罪されたビビは、快く許した。


 ユーリの怪我も無事に治癒術師により完治し、案件は終わったと思われた。


 ちなみに、ユーリはこの怪我をきっかけに、治癒術を学びだし、更に魔術の才能を伸ばしていった。


 終わったと当事者が思っていても、一度流れた噂は消えることはなく、冒険者ギルドと銀行に理不尽な要求をしたとして、町の人からビビたち親子への攻撃は続いた。

 それこそ理不尽なものだった。


 冒険者ギルドも沈静化するために様々動いたが、(ことごと)く裏目に出て、却って攻撃に荷担した格好になった。


 ビビは移住を決意するが、追い出す形になることに抵抗した冒険者ギルドに引き留められ、揉めに揉めるという、もはや悪意としか思えないトラブルとなる始末。


 ここで、ある商人が町を訪れたことが転機の一つとなる。


 東の国を拠点とする中年男の商人は、ビビと面識があった。


 そしてこう言った。


『東の国のあの方があなた様を捜しています。あなた様が国を出られてから、ずっと、ずっと。見ていられない程に』


 ビビは「あの方」が自分を捜すはずがないと、最初は話を聞かなかった。


 自分ではない人と婚約し、「あの方」は領地に帰ったのだ。自分はそれを見送った。


 ビビが最後に交わした「あの方」の言葉は、「婚約者と領地に帰る」である。ビビに向けてはっきりと言い放った。

 誰が何を言おうと、紛れもない事実である。


 そして、ビビは「あの方」につきまとった咎で、東の国を出るようにと王家から命じられたのである。


 その人が何故捜すのか。

 今更捜して一体何を要求するつもりなのか。それとも、昔手を出したことがある女に子どもがいて、容姿が似ていることに気付いたのか。


 そうであれば、見つかれば「終わり」である。


 息子だけ取られるか、息子ごと「なかったこと」にされるか。どう転んでもビビたちに明るい未来はない。


 ビビと商人の話し合いは平行線となった。


 東の国に属する商人は、「あの方が捜している女性」に関する情報を得た場合、どんなことでも国に報告する義務を負っていると言った。


 東の国の王による勅命である。


 近年即位したこの王は、ビビを国から追い出した当時の王子その人である。


 ビビは益々混乱した。


 ビビがもう夜逃げしかないと思い詰めていたところで、東の国と森を挟んで真反対にある西の国の王家から、冒険者ギルドを通して冒険者ビビへ指名依頼が来た。


 西の国では、国に接する「黒の森」から魔物が溢れる予言がされ、国を挙げての対策が進められており、各国の名だたる冒険者に魔物に立ち向かうため依頼をかけていたのである。


 ビビの作る薬は市中に出回っている物よりも効能が高く、薬師としての評判は高かった。


 また、魔物が蔓延(はびこ)る黒の森近くまで薬草採取に行くためか、ビビの作る魔除けは非常に良く効き、冒険者の間では高値で取り引きされていた。


 その評判を聞きつけた西の国からの依頼である。


 ビビは一も二もなくその依頼に飛びついた。


 町を出ることを引き留める冒険者ギルド自体からの依頼である。ビビはこの町を堂々と出て行く大義名分を得たのである。


 しかし、商人はビビと共に東の国に帰りたい。


 一緒に帰るのは無理でも、つなぎを取っておきたい。


 ビビは東の国にいる時に、この商人に色々世話になっており、恩があるものの、東の国には行くことはできない。


 自分のことも子どものことも何一つ知らせて欲しくない。


 親子と商人が話し合った結果、シュリがひとつの提案をした。


 ビビではなく、シュリがビビとユーリと別れ、商人と一緒に東の国へ行くことにしたのである。



読んでくださり、ありがとうございました。


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