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 シュリの生い立ちは悲しくも複雑である。


 シュリ本人は大したことないと思っているが、話を聞いた町のおじさんやおばさんの十人中十二人は涙し、お菓子をくれた。(伝染するらしい)


 生い立ちと言っても、実父母とは死に別れ、義母と弟と三人で肩を寄せ合って苔を()み、義母と弟を守るために強くなった……ならざるを得なかったという、ありきたりと言えばありきたりなものである。


 大陸のほぼ中央にある「黒の森」。


 前人未踏で鬱蒼と生い茂る森は、人智を超えた何かの力が働く森。

 見たこともない生物や人の生存を阻む強い魔物たち。


 人が頼りにする魔術は理屈が曲げられ、人の意思どおりには編まれない。火を出したのに水が出て、水を出したいのに花が咲き誇る。はたまた、何も術が発動しない。

 一歩足を踏み入れただけで、森を抜けた遥か先の国に出たという記録もある、摩訶不思議の森。


 シュリは、その森の北に位置する国を拠点とする商人夫婦の元に生まれ、色々な国を渡り歩く商隊の中で育った。

 両親は商いに忙しかったが、確かな愛情の元で育てられ、商隊の仲間たちもシュリを可愛がった。


 それが暗転するのがシュリが七歳の時。


 商隊はこの東の国を訪れ、森を南回りでのんびりと北の国に帰るところで、魔物に襲われた。


 黒の森のすぐ側だった。


 助かったのはシュリと、同行していた身重の女性。


 シュリの両親が盾になり、この二人を逃がした。

 逆に言うと、この二人以外は逃げられなかった。

 逃げられなかった者は、魔物たちを前に生き残れなかった。


 以来、シュリは共に逃げた女性を「母」と呼び、女性が産んだ子を「弟」として一緒に生きてきた。


 母の名はビビ。弟の名はユーリ。


 ビビという名は、シュリの実母が付けた。


 女性は商隊に同行する際、本名を名乗っていた。

 本名を知られると様々な魔術にかかりやすくなることから、皆、名の一部や通称を名乗っていることを知らなかったのである。


 シュリの実母は、通り名としてビビという名を付けたことから、女性を娘のように可愛がった。

 シュリの実父も、微笑ましく見守っていた。


 その恩と、命からがら魔物から逃がしてくれた恩もあり、ビビは旦那様と奥様の宝物であるシュリの手を離すことはなかった。


 ビビはやがて冒険者となり、薬草採取をする内に薬の調合も覚えた。


 一日一食の食事が二食となり、(つくろ)いだらけで着たきりだった服も、穴の開いていない服を何着か持てるようになった。


 シュリは、戦えないビビと、魔物から隠れている最中だろうが構わず泣き出す赤子のユーリを守るため、剣を持ち、歯を食いしばって強くならざるを得なかった。

 あきらめたらそこで、自分の、母の、弟の命はない。そんな環境だった。


 色々な地をさすらい、親子は南西の国の小さな町に根を下ろす。


 黒の森の近くで辺鄙(へんぴ)な町だが、冒険者ギルドがあり、辺鄙故に珍しい薬草も採取しやすかった上、旅人の往来があるため、余所者にも開かれた土地だった。


 そのため、どう見てもまともな事情のない三人が落ち着くことが出来たのである。


 家を借り、温かい食事をし、湯を浴びて洗いたての乾いた服を着る。


 それがどんなに幸福なことか、わずか十歳でシュリは噛みしめた。


 平穏な日々はあっという間に過ぎて、ユーリが魔術に才能を開花させた後は、魔物との戦いも優位に立てることが増え、経済的に余裕も出来てきた。


 そしてシュリが十五歳を迎える少し前。またも平穏は崩れ去る。


 この町に来て五年。五年もの間、ビビが冒険者ギルドから報酬をきちんと受け取っていないことが発覚した。


 報酬額の三割しか受け取っておらず、残りの七割は「本人が引き出せないビビ名義の銀行口座」へ振り込まれていたという。


 冒険者ギルドの余所者に対する横領(ピンはね)疑惑である。


 この町の冒険者ギルドのマスターは面倒見が良く、町の皆から慕われていた。

 そのため、町の住民たちは、何かの間違い、もしくはビビの間違いと、被害者であるビビを疑い、時には謂われない中傷をした。

 ビビも町に馴染んではいたが、ギルドマスターと天秤にかけられると所詮は余所者、庇う人はいなかった。


 領主である辺境伯までも引っ張り出された調査の結果、冒険者ギルドの横領ではなく、報酬は三割が現金で七割が口座へ振り込まれ、きちんと冒険者ギルドからビビに支払われていたことが確認された。


 これは、不慣れな冒険者に大金を現金で渡すことによる各種トラブル防止のため、ギルドマスターの判断で行われるルールだった。


 しかし、振り込まれた口座から、ビビが金を引き出すことが出来なかった。


 引き出す手続きには、銀行のカードに登録した自分の魔力を込めなければならない。

 人間は誰一人同じ魔力を持つ者はいない。たとえ親子でも似ているだけで、魔力で区別が付くのである。これ以上ない本人確認として魔力認証は一般的に行われていた。

 しかし、ビビには一切の魔力がなかったのである。


 この世の常識を覆す、魔力のない人間だったのである。


 カードを発行する際の魔力登録も「空」のままだった。


 ビビは何度も、銀行のカードが使えない、この町に来る前は報酬は現金でもらっていたので、これからも現金で渡して欲しいと冒険者ギルドに掛け合った。


 しかし、女手一つで子どもを育てているのを皆が知っている中、大金を持っていると間違いなく狙われるという理由で、現金の三割は変えられることはなかった。


 必要な都度、冒険者ギルドの保護の元に信用がある銀行から引き出すようにギルドマスターから言われ、銀行カードの不具合は銀行で対応してもらうようにと、いつも話は終わりになった。



読んでくださり、ありがとうございました。


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