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「僕はユーリ。兄がいつも本当に大変お世話になっています」


 少年がぺこりと頭を下げた。


「いや、あの、お兄さん? なの? え、あ、や、シュリに世話になっているのはむしろこちらだ」


 アロイスもつられてぺこりと頭を下げた。


「で、そんなに光る程、何に怒ってるの? 母さんが心配だから見て来いって」


 ユーリがシュリを見上げてあきれ顔で聞いた。


「何も心配はない。母さんの側に戻れよ」


 シュリはまだピリピリした気配をしながらぶっきら棒に答えた。


「へえ? 僕に怒ってるの?」


 ユーリが口角をあげて面白そうに聞くと、シュリは慌てて否定した。


「違う! ……ああ、もう、何だってそんなとんでもない誤解されたんだ?」


「誤解? それで母さんにまで分かるくらい光ったの?」


「……まるで、俺が、お前にやましい気持ちで接していると言われたようで、腹が立ったんだ」


「全然分かんないけど、察した。僕に似た人を『天使』とか言ってつつき回してたら、男の人が恋愛対象だと思われたんでしょう? それって兄さんの自業自得だよね? 今までだって散々僕を天使呼ばわりして周りから警邏(けいら)を呼ばれてたじゃない」


「……つつき回してはいない」


「男に天使なんて言う人、誤解されても仕方ないでしょ」


「天使は天使だし」


「僕は人間で、兄さんの弟! 僕に似た人は只のおじさんで、兄さんの上司でしょ。そういうの止めなよ」


 常識……っ! ここに常識を持った天使がいる……っ!


 従騎士候補生たちの心が一つになった。


 ユーリの言葉に、何事も飄々とこなして動じないシュリの目が揺れた。


 やがて、しょぼんとする様子に、誰もがしおれる耳と尾の幻を見た。


「あとさ、その『怒りに我を忘れると光る』天恵(スキル)、光るだけだけど目が眩んで迷惑だからね!」


 え、なにその天恵……。


 じゃあ、さっきの光はシュリの怒り?


 なんだよそれ……。


 従騎士候補生一同の心のシンクロ率が更に上がった。


 その時。


 気配がした。

 ほんの僅かな魔物の気配。


 息を潜め、獲物たる自分たちを狙った強者の気配。


 騎士の中でも気のせいと思ってしまう程のささやかな空気の動きだった。

 しかし、先輩騎士たちから鍛えに鍛えられた従騎士候補生たちは、皆その気配に気が付いた。


 真っ先に動いたのはシュリ。


 そして、魔物が咆哮(ほうこう)をあげるよりも早く、シュリがその首を落とした。


 ドスン。


 どす黒い体液を巻き散らしながら魔物は地面に倒れ、その倒れた魔物を見た一人が呟いた。


「腐竜だ……」


 皆、息を吞んだ。


 竜の中でも飛竜や地竜は、空を飛んだり荷を運んだりと人に身近な生き物である。

 それらの竜と一線を画して、知能が高く意思と文化を持つ種族、竜族がいる。

 竜族は人間と比べ圧倒的な身体能力と魔力を持つが、その竜族にも太刀打ち出来ないことがある。

 何が原因かは分かっていないが、竜族は生きたまま「腐る」ことがある。

 竜族特有の症状で、やがて自らの意識まで腐り落ちると、無差別に周囲を破壊し、体液は毒となり大地を汚染する厄介な魔物となる。


 それを腐竜と呼んだ。災厄の一つとも呼ばれている。


 腐竜が確認されると、国を挙げて討伐隊が編成され、少なくない被害を覚悟しながら人間は戦いに挑むのである。


 それを一太刀で。


 アロイスは無意識に戦慄(おのの)いた。


 指揮官として、現状を把握して情報を解析し、瞬時に隊の行動を判断しなくてはならない。


 しかし、現状も情報も、何より自分の目で見たものが信じられなかった。


 アロイスは更にシュリの言葉に固まることになる。


「こいつは腐ってるから食えないんだよな」


 食う?

 腐竜を?


「兄さんでもさすがにお腹壊すもんね」


 お腹を、壊す?


 言い換えれば。

 お腹を壊さなければ食べるのか?


 あれ? 天使が常識を放棄した……?


「魔物が寄ってくるから浄化しちゃうよ」


 ユーリが静かに手をかざすと、氷のように冷たい魔力が腐竜と辺りの大地を覆い、白く凍らせていく。凍らせて凍らせて、パリンと砕けちった。


 それはとてもこの世のものとは思えない程、静かで美しかった。


 動物の血は更に凶暴な動物を呼び、魔物すら呼んでしまうことがある。森で生き物を殺した後は、すぐさま埋めてしまうか、浄化の魔術をかけないと危険が増す。

 しかし、浄化は魔術を編める者が限られる高度な魔術である。


 災厄とも呼ばれる腐竜を一太刀で倒したシュリ。


 どこかから転移してきて広範囲の人数に治癒をかけ、あっさりと浄化の術を使った弟。そもそも、転移の術自体がかなり高度な魔術である。


 なに、この二人……。


 従騎士候補生たちの心が限界を迎える前に、アロイスが立ち直った。


「シュリ」


「ん? 何?」


「状況を……」


「ん?」


「状況を、報告しろーーーーーっ!!」



読んでくださり、ありがとうございました。


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