12
もしも、同期にシュリがいなかったら。
肉。
肉の調達の主戦力は間違いなくシュリだ。捌くのもシュリだ。
塩。
シュリの個人の鞄。このずた袋には塩が詰まっていた。
水は魔術で出せる。服も魔術で清潔に出来る。だが、塩など物体は魔術での生成は難しい。
シュリは塩を惜しみなく皆の食事に使ってくれていた。
魔物除け。
冒険者だというシュリの母が作った魔物除けのおかげで、魔物との遭遇が少なくなっている。
今まさにこの場、黒の森の際に拠点が置けるのも、その魔物除けのおかげである。
シュリの所為で理不尽な指導を受けていたのは事実だが、シュリのおかげで今、野営訓練は充実したものであるのも事実。
皆の怒りは萎んで、シュンとなった。
「でも、まあ、皆の気持ちも分かる。なあ、シュリ。この場には俺たちしかいない。話してくれても良いだろ。お前、なんで副長の女性関係を探っているんだ? 副長の顔を天使天使と言っているが、お前が副長のことを好いているだけにしては、詮索が過ぎる気がするんだが」
アロイスがシュリに尋ねると、シュリはアロイスを見ながら固まった。
「俺が、副長を、好き?」
一切の感情が抜け落ちた顔のシュリがそこにはいた。
「え、違うのか? てっきり、その、そっち、かと」
皆そう思っているのだが。
アロイスのその言葉は続けられなかった。
突然、視界が白く染まった。
稲光のような光が、全ての生き物の視界を奪った。
何が起こったか誰にも分からなかった。
シュリ以外は。
光がほとばしり、やがて収まったが皆の目は眩んだまま視力を奪われていた。
アロイスが声を張り上げる。
「なんだ? 敵襲か!?」
視界を奪われたままの敵襲など、全滅するしかない。
「視界のある者はいるか!? シュリ! お前は!?」
「……誰が、そんなこと、言った? アロイス」
皆が混乱する中、嫌に平坦な声だった。
皆動きを止め、聞き入った。
「シュリ?」
「誰が、俺が男色で、天使を汚そうと身辺を聞き回ってると言った?」
「え? いや、何の話だ? それよりも状況を……」
更なる光が爆ぜ、周辺を包んだ。
皆、声も出せず呻いた。
腕で顔を覆っても光が眼を焼いた。
アロイスが、従騎士候補生では手に負えないような魔物が現れた時のため、予め渡されている救難信号用魔石を発動させようとした時。
「兄さん?」
幼い男の子の声がした。
「聞こえてる? 無視なの? 兄さん」
「……聞こえている」
「じゃあ、返事してよ。母さんが心配してるから、そっち行くからね」
「来なくていい」
「もう来たよ。で、何があったの?」
明らかに従騎士候補生ではない人物がそこにはいる。アロイスは焦りながら声を張り上げた。
「シュリ、誰だ!? 目がまだ回復しない。状況を、シュリ!」
「治癒」
小さな声だったが、その場に凛と響き渡った。
ふわっと冷たくも優しい魔力が目に触れると、アロイスの視力が回復した。
「なんだ……? 氷の魔力? 治癒術、師?」
周囲を見ると、全員が視力を取り戻しているようだった。そんな大がかりな治癒術をあんな一言で編む魔術師は候補生にはいない。
ましてや副長の代名詞とも言える氷の魔力を持つ者もいない。
アロイスがシュリを見やると、側にはシュリの胸くらいまでの背丈の少年が居た。
その子を見て、シュリ以外の全員が固まった。
子どもだ。
髪の色は違う。
だが、顔が、同じだった。
瞳の色が同じだった。
ファーレンハイト家特有の、金のような黄緑色の瞳。
「え、副長……?」
「ジーク副長……縮んだ?」
「子ども……」
「ジーク副長……子どもになっちゃった……?」
一瞬の間を置いて、従騎士候補生の阿鼻叫喚が森に響き渡った。
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