アンブレラスパイラル
SSバトル企画 参加作品です。
投票募集期間期間 :2009年 6月15日〜6月22日
企画の説明:
読者参加型企画です。
執筆陣はお題に即したSSを書き、それを投票してもらうことで優劣を競います。
詳細は企画サイトの『概要・ルール』をご覧ください。
この小説の対戦相手は「NATA」さんの『晴れ=かさ?』です。
作品検索は「SSバトル企画」「置き傘」からどうぞ。
紺色の学生服を着た少年がコンビニを出ると、灰色の雲から激しい雨が降っていた。来たときは小雨程度だったのに、数分経っただけでこの有様だ。少年は走って駆け抜けられるかと軒下から手を伸ばしたが、明らかにずぶ濡れでは済まされないような降水量だった。
「最悪だ……」
ふとコンビニの傘立てを見ると、そこにはブラウンの傘が置いてあった。もちろん、少年のものではない。コンビニの中には客が二、三人程度。誰もまだレジへと会計に向かってはいない。少年は気づかれないようにこっそりと、そのブラウンの傘を広げ、雨音の中に消えていった。
「あれ?」
二十代前半かというOLの斉藤がコンビニから出たとき、自分が傘立てに置いたはずの傘がなくなっていることに気づいた。先日買ったばかりのブラウンの傘だ。風で飛ばされたりしていないかと周りを見渡したが、それらしきものはどこにもなかった。
しばらく探していると、一つの考えに行き当たった。
「しまったわ。きっと誰かが盗んでいったのね」
悔しい表情を浮かべつつも、持ち主はどこかへ消えてしまっていて、もう探しようもない。斉藤は仕方なく、鞄を腕の中に抱えて勤め先へと走った。
斉藤が勤め先の会社へと到着したとき、既に背広はびしょびしょで、靴底にも水がたまっているなど悲惨な有様だった。上司に事情を説明して、適当な衣服に着替えるために更衣室へと入った。不幸中の幸いか、同期の友人の一人が換えの洋服を一着持っているということで、それを借りる事にした。色も黒系色で仕事に差し支えない。斉藤は急いでそれに着替えて、濡れた背広はどちらかというと空調の良い職場の自分の席にかけておくことにした。
仕事からあがる際、斉藤と同じ職場で働いていた鈴木は、小さな財布を拾った。中身を見るのは精神的に憚られたが、持ち主が分かるものがあるかもしれないと、思い切って中を開けた。中には免許書が入っており、持ち主が職場のなんと意中の女性だと分かった。これは神がくれた幸運なのではないかと思い、さっそく届けようと男は辺りを見渡したが、発見する事が出来なかった。財布がないのは困るだろうと、鈴木は持ち主を追いかけることにした。急いで帰る支度を済ませ、会社の窓口まで戻ってきたところで、豪雨が降っていることに気づいた。鈴木は雨が小雨のときに会社にやってきたので、傘を持っていなかった。そこで彼は、あとで必ずお返しします、と心に誓って、会社の傘立てから一本の傘を拝借して外へと走り出した。
「斉藤さん!」
男が呼びかけると、OLは驚いたように振り返った。
「え、鈴木さん。どうしたんですか?」
「これ……斉藤さんの財布でしょう?」
「あっ」
確かに紛うことなく斉藤の財布だった。恥ずかしげに視線を逸らしながらそれを受け取ると、OLは頭を下げた。
「ありがとうございます。えっと……中身は見ました?」
「その、身元を確認するために免許証だけ」
斉藤は胸に手を置いて安堵の息を漏らした。
「じゃあほかは見てないんですね。よかった……」
鈴木はちらちらと安心する彼女のほうを見ていたが、やがて意を決したように口を開いた。
「その、ついでと言ってはなんですけれども、予定がなければ一緒に食事とかどうですか?」
斉藤は言われて少し考えるような仕草をしたあと、携帯を開いて何かを確かめた。すると、すぐに表情をほころばせて「はい」と答えた。
夜勤を終えた課長の日暮は、書類をまとめ終えて帰る用意をしたあと、こういう日のために置いておいた傘を取りに傘置き場へと向かった。そこで信じられない光景を目の当たりにした。自分が置いておいた傘がないのだ。雨で沈む気分を少しでも盛り上げるために少し高額の傘だった。
「なんてことだ。置き傘だからといってひったくられたか」
心残りは大きいが、こればかりはどうしようもないと、大きくため息をついた。
タクシーで帰ろうかとも思ったが、いかんせん小遣いは妻に握られているので無駄遣いは出来ない。明日が土曜日で休みということもあってか、日暮は駅までなんとか歩いていく事にした。
途中でびしょぬれになりながらも、なんとか家へとたどり着いた。あとで背広はクリーニングに出してもらおうと日暮は思った。家に入ると、すぐに妻に出迎えられた。結婚して十年以上になる、よく尽くしてくれた妻だ。ただ、最近は暇つぶしといって始めたパチンコやネットにはまっているようで、日暮は行く末が心配で仕方なかった。
「これ、クリーニングに出しておいてくれないか?」
「あら、びしょぬれじゃない。傘はどうしたの?」
「誰かに取られてしまったらしい。結構気に入っていた傘なのに、残念だよ」
「使わないのに会社に置いておくからよ。置き傘なんてすぐに取られるわ」
「今日のでよくわかったよ。今後は気をつけよう」
と、そのとき、日暮の背広の内ポケットから邪魔なものを出そうとしていた妻が一枚の紙を見つけた。それを確認した瞬間、豹変ともいえる変化が妻の表情に起きた。
「これ……何かしら」
鬼気迫る様子に、課長も顔を青くして手にあるその紙を見た。
「今どき文通なんて、なかなか趣のあることしてるじゃない……?」
「や、それは、その」
「しかも斉藤さんって同じ職場の人よね。どういうことなのか説明してちょうだい」
「その、少しだけ遊んだかもしれない」
妻が呆れてわざとらしく大きくはぁ、と失望したように声を出した。次いで日暮の背中を無言でずんずんと押していき、玄関を開けて外へと放り出した。
「少し頭を冷やしなさい! 今日はご飯も抜き!」
そういって勢い良くドアを閉めてしまった。
しばらく呆然としていた日暮だったが、ふとした拍子に現実に帰って、こちらはこちらで怒り心頭といった様子で顔を真っ赤にし我武者羅に豪雨の中を走り始めた。
「くそったれ!」
そのままやけくそになって過ごしてやろうかとも考えたが、さすがに体が冷えたので、適当にそこらのコンビニから傘をひったくって、結局漫画喫茶で暇をつぶす事にした。
その後、コンビニから出てきた学生服を着た男子学生が、傘置き場を見ると、自分が今朝盗んでしまった傘がなくなっていた。空を見ると雨模様で、買った少年誌は買えるまでに酷い有様になるだろうと少年は思った。
「最悪だ……」
とは言え、盗んだ傘だ。少年に人を怒る資格もない。なんとなくだが、少年は今朝のことを思い返して傘の持ち主に悪いことをしたかもしれないと、ほんの少しだけ反省した。
どうも蜻蛉です。
置き傘って地味に難しいですよね。ちょうど梅雨の季節なので、いいとは思いましたが、意外に難易度が。
それはそうと、自分は東野圭吾の作品の中で「天使の耳」という作品が好きなのですが、あんな感じの雰囲気出したかったです。ある交通違反を始めとして、色々なことが起きてしまう。あれを読んだときは震えました。有名な東野圭吾さんですが、自分は押すなら何故か天使の耳です。わけわからないですね。
3000文字制限きついです。描写ってなんですか。美味しいんですか。美味しいですよね。
では、読了ありがとうございました。