繊細と大胆とあとお砂糖少々
さあて企画最後の締めくくりは!
我らが繊細ボーイ『ビクターのお話』です!!
楽しんでいただけますように!!
では、どうぞ!!
「うんもう、そう言わずに。……こうなったらしょうがない、娘も付けよう!!」
「どっちも要らねぇ!!」
「何てこと言うんだい、ビクター。リマリマは僕の自慢の娘だよ!!」
「すげーやー、良かったな、ビクター」
「そんなに言うなら師長の座も、師長の娘もお前にやるよ、マノハル」
「師長の座はもらっても良いけど、娘さんはな……顔はかわいいけど性格が師長そのまんまだもの」
「僕もマノハルはなぁ……ちょっといい加減だし、何よりリマリマはビクターを気に入ってるしで、色々無理だよねぇ」
「ですよね……困ったな」
「困ったねぇ……どうしようか、ねぇビクター?」
「心底知らねぇ!!」
ひと声吠えると師長とマノハルを置いてさっさと部屋を出る。
急ぎだと師長の部屋に呼び出されて、何の話かと思えば次の魔術師長を誰にするかと言う話だった。
ビクターが次期師長だと勝手に決めていたマリオンは、城を出るだけでは飽き足らず、聞いた話によれば国をも出たらしい。
この島国ではなく、海を隔てた大陸へ。
すがり付く男も連れて。
お気楽なご身分で、まったく腹立たしい限りだ。
だからとんでもない白羽の矢がこちらに突き立つんだと、ビクターは苛立たしさに一歩ごと足を踏みしめた。
魔術師長の職だなんて、劣等感まみれの自分が勤めたくなる訳ないだろう。何故それが分からないのか。
ひとりになるために温室に入って、美しいその中でこそまざまざと感じるマリオンの存在に、ビクターは大きく落胆する。
「もう努力は腹一杯……」
どう考えても長たる求心力があるとも思えないし、クセのある魔術師たちをまとめられないし、黙らせられるほどの器量も無い。
何事も臨機応変に受け流せるマノハルにこそ、師長の職が向いている。
少しは責任感も出てくるはずだ。
師長もそう考えているのではないか?
そこまで思い付いて、ビクターは悪態を吐き出した。
「くそったれ。噛ませ犬かよ……」
「ビクターはっけーん!!」
勢いよく開いた扉の硝子が壊れやしないかと心配して、出かけた白磁の義手をぎゅっと握って引っ込めた。
嬉しそうな顔で走り寄ってくる年若い女性に、ビクターは落ち着けと諭すように静かな声をかける。
「リマリマ……温室の扉は丁寧に開閉しろ」
「ああそうか。ごめんなさい」
「休暇は終わったんじゃないのか? さっさと『王の庭』に帰れ」
「お父様がまだ居れば? って……ビクターを口説くからって言ったら」
「必要無い。師長にはならないって断ってきたぞ、さっきな」
「違うよ。私のお婿さんの方だよ」
腕に纏わりついてくるリマリマを剥がそうとしても、うんうん唸りながら頑張ってしがみ付いているので、ビクターは早々と諦めた。
「父親の言うなりで良いのか?」
「違うんだなぁ……私がお父様にお願いしたんだもの」
「リマリマ…………お前馬鹿だろ」
「恋は人を道化にしますなぁ」
「俺は道化より真面目に勉強するヤツの方が好きだぞ?」
「は。なら学院に帰らなきゃ…………って言うと思ったら大間違いだからね、ビクター!!」
むぎゅりと腹に抱き付かれて、ビクターはリマリマの顔を片手で鷲掴みにして押した。
「…………お前ほんとうるさい。離れろ、寄るな、どっか行け」
「もう! だって距離測っても、空気読んでも、ビクター私のこと何とも思ってくれないでしょ!」
「…………最初は大人しかったのそれでか」
「慎み深い大人しい子が好きなのかと思ったから頑張った!」
「慎み深い大人しい女が良いな」
「ぜったい嘘だね! 居ない者扱いするもんね! ずっとそうだったもんね! もう引かないもんね!」
軽くため息を吐き出すと、ビクターは胸元を見下ろす。
腰を片腕でぎゅうと抱きしめ、もう片方の手でリマリマの頬をむにむにと摘んだ。
急に頬を染めて大人しくなったリマリマに口の端を持ち上げて見せる。
おまけにつるりと頬を撫でた。
「それならお前が誰に恥じることもなく学院を卒業したら考えてやる……できるか?」
「…………できる……わかった」
「いい子だな……ほら、もう帰れ」
「うん……じゃあね、またねビクター」
「またな」
真っ赤な頬を両手で押さえながら、リマリマは温室を後にした。
その姿を見送って、ビクターはぶるりと震える。
「…………カイル……よくこんな真似をシラフで……どうかしてる……むずむずする……気持ち悪っ!」
いつか見た姿を思い出して、言いそうなことを言いそうな声音で再現した。
彼の騎士こそ恋の道化のようだったが、ここまで効き目があるとは驚きだった。
「マリオンが大人しくなるだけあるな。しばらくはこれでどうにかしよう……そうしよう」
リマリマにはご褒美なのだとビクターには考えも及ばない。
ビクターは自身でそう評する程の『田舎のくそ坊主』だ。貧しいとまではいかないが、裕福とも言えない農家の三番目の子ども。
両親とも濃い髪の色をしていたが、わずかな魔力しか持っていなかった。他の兄弟もそれは同じく。
貧しくなかったおかげで、朝から晩まで働かされることはない。
集落の子どもを集めた学校のようなものに通わせてもらえた。
集落には医師がいなかったが、病気やけがをほぼ無償で治し、空いた時間に子どもたちに読み書きを、それこそ無償で教える人がいた。
年老いて髪は白が目立つが、元は濃い色をしていた片鱗は残っている。その人こそ、かつて『王の庭』にいた人物だった。
ビクターの魔力量と魔力を操る感覚の良さにいち早く気が付いた師は、『王の庭』を目指すべきだとビクターの両親に告げた。
働き手をひとり欠くことを渋っていたが、ビクターが成長するに従って、『ちょっと賢しいくそ坊主』ではないと目に見えてくる。
農家で一生を終えるのは勿体ないと王都に送り出されることになった。
田舎ではすごいすごいと、これでもかと乗せられ褒められていたが、やはり上には上がいる。
まず同期で入学したのが怪物だった。
気が失せそうなほど、渦巻く高密度の莫大な魔力量。桁違いなので比べられても困るが、よく比較対象にはされた。
どんなに頑張っても追い越しはできないと、踏み潰される蟻の気分も味わった。
一緒に戦に駆り出されて、毎日毎日戦って、そこでやっと、無茶なことの補佐をしたり、尻拭いをすることで、隣に立てる所までは漕ぎ着けた。
戦場から帰って王宮に入って、それがとんでもないことだったのだと実感する。
必死にやっているうちに、思いもよらぬ速度で、結構な高みに引き上げられていた。
そこは素直に感謝もしている。
きっと何事もなく学院を卒業していたら、王城に上がることもなく、自分もどこかの田舎で誰かを治療したり、子どもに読み書きを教える暮らしをしていたに違いない。
それが次の魔術師長か、と名だけは挙がる所まで来たのだから、人生なんてわからない。そして自分のこれまでの努力に泣けてくる。
長引く戦の影の功労者として次期師長と名は挙がったが、ビクターは正式に辞退して、代わりにマノハルを推した。
だいたい影の功労者のさらに影の功労者がいるのだから、流石に気が引けた。
それにどう考えても自分に『一番』は似合わない。
「卒業したよ!」
「はぁ?!!」
マノハルが次期師長だと発表された内輪だけの宴で、リマリマはおめかしをしてビクターの前に現れた。
「私とビクターの婚約発表もしましょう!」
「いやいやいやいやいやいや……は?」
「あ、婚姻の発表?」
「違う、何言ってんだお前」
「だって卒業したら考えるって」
「言ったか? …………言った……か。いやでもそういう意味じゃなくてな? まずは……いや、その前に卒業したって、お前」
リマリマは現師長の娘だけあって、魔力量は高めだが魔術師のローブは着ていない。
「あ、お前……そうか、三つ星か……」
「もう星は全部取れたよ!」
一般の生徒は五つ星で通常なら五年間。
貴族のお偉枠で入学すると三つ星で三年で卒業。
しかも自分は誰かの都合で無理矢理二年半で卒業させられたことで、学院の制度のことなんてすっかり忘れていた。
「ウソだろ……」
「ほんとだよ!」
「いや、まぁ、とにかく落ち着け」
「ビクターが落ち着きなよ」
「…………いや、待て。それならどこかの良い家に嫁ぎ先があるだろうが」
「全部断った! てか断られた!」
「う……まぁ、そんなんじゃあな」
「いいもん! だって私、ビクターのお嫁さんになるから!」
「いやいやあのな? しがない魔術師風情じゃなくてな? それでもやっぱり、お貴族様のお嫁さんになっとけ?」
「しがなくないもん、ビクターは素晴らしい魔術師だよ」
「いや、俺は」
えへへと笑うとリマリマはビクターの腰にしがみついた。
了承するまで離れませんと大声で宣言すると、周囲が生温かい目であらあらと薄笑いをしている。
「お父様はビクターなら私を安心して任せられるって! さすが私のビクター!」
「そんな話聞いてないぞ」
「じゃあ今言うよ! 僕の大事な大事なリマリマを君に任せよう!」
「お父様大好き!!」
「僕も大好き!!」
「……俺は違うぞ」
「とかなんとか言ってリマリマを憎からず思ってるくせにぃ」
「……くせにぃ」
「…………それはない」
「僕の娘だけだよ、君に貼り付ける他人は」
「がんばりました!」
「偉いよ、リマリマ。執念だね!」
「まあね!」
「お前……いいから、こっち来い。……ちょっとふたりにさせてもらいます」
「えぇ?押し倒しちゃうの? だいたーん!」
「説得だわ! あんた自分の娘の前でよくそんなこと言えるな!」
「リマリマ心得はあるね?」
「うんとこさ習った!」
「よし、安心だ! 行っておいで!」
「親子だな! 揃って繊細さの欠片もねぇ!」
どこか小部屋にと廊下を歩いて、それはなんだか色々マズイと外の温室へ向かった。
さっきとは打って変わって大人しくしているリマリマを見下ろして、握っていた手首から手を離す。
置いて行かれたく無いと言う顔で、リマリマはビクターと手を繋ぐ。
ふたりは無言で夜の草を踏んで歩いた。
明かりのわずかな温室は昼間とは違う。
木や草花のひそひそ話のような音もなく、静寂が全部を作り物のように見せていた。
その中でビクターとリマリマは向かい合う。
リマリマの細い肩に白磁の手をそっと乗せた。
「……よく聞いてくれ、俺はな……」
「私、分かってるよ…………次の師長がマノハルに決定したら、宮廷魔術師辞めようと思ってたでしょ?」
「リマリマ……」
「私が卒業するのは先だと思ってたから、その間に遠くに行こうと思ってたんでしょう?」
「お前……なんで」
「なんで分かったと思う?」
寂しそうに、それでもにこりと笑ったリマリマは、今までの子どもの顔をどこかに隠していた。
「ビクター愛好家としましては……」
「なんだそれ」
「どこまでも追いかけたい所存」
「…………お前どうかしてるぞ」
「それは自分でもわかってるもん……でもどうにもできないんだもん」
「…………恋か」
「恋だねぇ」
少し前までそんな男を目の当たりにしてきたので、理解は出来ないが、有ることなのは否定できない。
「俺じゃなくても……」
「そこ! そこが解ってない! ……ビクターじゃなきゃこうはならないの!」
「……ああもう」
「こっちがああもうだよ……どうしたら解ってもらえるの?」
「お前こそどうしたら俺の気持ちが分かるんだ」
「ビクターの気持ちって? 例えば?」
「たと……えば? って?」
「私のことどう思ってる?」
「リマリマ? ……は、うるさい」
「それは私の表面の話でしょ! ビクターの気持ちは? 私のこと、好き? 嫌い?」
「……お前、息が荒いぞ」
「心臓! 爆発しそう!」
「ふは! …………今かわいいと思った」
「好きか嫌いか聞いてるの!」
「まぁ、嫌いじゃない」
「…………っしゃ!」
「よっしゃなのか?」
「大幅な進歩!」
「そうなのか?」
「ビクターにしては物凄い躍進!」
「俺の話なのか?」
「嫌いじゃないを『好き』に変えてみせる!」
「えらい自信だな」
「私の片思い歴を舐めないで頂きたい」
「歴ってほどじゃないだろう」
「歴って言える長さですぅ」
「初めて会ったの去年だろ?……ん? 一昨年か?」
「違うもーん」
「は? いつだよ」
「教えなーい……ビクターが押し倒してくれたらその時教えてあげるね?」
「あ、じゃ、聞かなくていいわ」
「うう! もう!」
「お前もうちょっと慎みを持て」
「そしたら好きになる?」
「知らね」
「うぅーもーうー!」
とは言えふたりきりになると、前とは違ってべったりしないのも、ビクターは気が付いていた。
今だって胴体はがら空きなのに、腕の長さ半分ほどの距離がある。
いつでも抱きつけるのに。
「ん? …………いやいや」
「なぁに?」
「いやいや……」
「は?」
「………………なんでもない」
顔が熱い。
薄暗くて良かった。
自分がリマリマのほんわか赤い顔が見えているにも関わらず、自分のほんわか赤い顔が見られているとは、ビクターはついに知らないままだ。
しばらく後に、ビクターは王宮魔術師の職を辞して、長い期間を旅に費やした。
その隣にはご令嬢らしからぬリマリマがいた。
いつも、いつまでも引っ付いて離れない。
諸国を漫遊? してたら母国で戦が始まり、呼び戻されてからひと時だけと魔術師長の座に付きますよ、彼。
で、落ち着いた頃(国が無くなって、建て直されて)引退、田舎に引っ込んで病気や怪我を治したり、子どもに読み書きを教えたりするのさ。
嫁さんはいつも明るくて元気な人なのさ。
*注意*
イラスト苦手な方は薄目で下スクロール!!!
そんな訳で、これにて感謝感謝の5がらみ企画。
感謝感謝のうちに堂々の? 完結でございます!!
ここまでお付き合い頂きまして、本当にありがとうございます!!
今後ともご贔屓を賜りますよう願いつつ。
更に良き、雰囲気重視、胃に優しいお粥作品が書けるように、精進して参ります!!
次回作でまたお会いできますように!!
本当に、ありがとうございます!!