Autumn collection
ちょっとお久しぶりなので、今回の登場人物の予習をば。お名前と(役どころ)です。
陛下(国王陛下、そりゃそうだ!)
クロノ(騎士団総長、アメリの激甘夫、今回無糖)
アメリ(総長無双夫人、あだ名はラフィ)
ハル(第二大隊長、人たらし無双)
アルウィン(第一大隊長、見た目が14歳で無双)
宰相閣下 (ちょっとだけよ)
あとまさかのあの人←New☆
リクエストのテーマ(?)は、陛下! ハル先生、アルウィン!!! とアメちゃん無双 (できてませんすみません)! です。
では、どうぞ。
「何をした」
「……ぇぇええ?」
「心当たりがありません」
「ていうかなに、いきなり」
執務室に呼び出されて、眉間に深いしわをいくつも刻んでいる渋い顔のクロノからの第一声は、それはそれは低い声だった。
机の前に並んで立たされているアメリとハルは困った顔全開で、アルウィンだけはぴしりと背筋を伸ばして真っ直ぐに立っている。
「なぜこの取り合わせになる」
「……うん?」
「どういったことでしょう」
「え? これ、僕たち怒られてるの?」
とびきり大きなため息の後に、渋い渋い顔のまま、クロノはこの三人が陛下に呼び出されていることを告げた。
「何をしたんだ」
「うわ、しつこい」
「私は関係無いのでは?」
「えー? 自分だけ免れようとする?」
「何か思い当たることは無いのか」
「無いっちゃ無いけど……」
「有るのか」
「そう言われたら全部そうだし」
「アメリ……」
「だって何が悪かったか分からないよ」
「え? 悪い話なの?」
「あ、違うの?」
「それが分からないから聞いているんだ」
「あぁーねぇー?」
「とにかくどうして僕たち三人をお呼びなのか、直接お伺いてみるしかないってことだよね」
呼び出された本人たちが何も分からないのだから、それ以上はない。
クロノの低く長い唸り声の幻聴を聞きながら、三人は送り出されて国王陛下の執務室に向かった。
回廊を行く三人の足取りは決して軽くない。
心の景色と裏腹に、中庭は白っぽい陽射しを受けて、きらきらと草花が輝いて見えた。
空は抜けるような青、雲は濃淡の白一色。
日中はまだ暑さの名残はあるが、この国の秋はとても短い。気が付いた時には通り過ぎた後だ。
「奥方様でしょう」
「ええ?! なんでそうなるの?!」
「他に誰が」
「何もしてないよ……え? してないよ?!」
「どうだか……」
「まぁまぁ……んでもこの中だとアメリが一番に接点が多いもんねぇ」
「確実性の話です」
「ぇぇぇ? じゃあどうしてハルとアルウィンも一緒に呼ばれるの?」
回廊ですれ違う王宮付きの侍女たちが、両腕に布を抱えている。
虫干しなのか、洗濯なのか、このからりとした良い気候でずいぶんと捗ったように見えた。
交わされる挨拶もからりと気持ちが良い。
気取らないアメリとハル、少年の見た目の愛想が無いアルウィンの三人が揃っているから、すれ違う侍女たちの声も弾んでより嬉しげだ。
少し立ち話をしたり、遠くからも声をかけられて手を振り合ったりしているうちに少しだけ気分も持ち直す。
「侍女ちゃんたちには好評価なんだけどねぇ?」
「なにが?」
「うん? 僕らのこの取り合わせだよ」
「たしかにー」
「……くだらない」
「アルのその可愛くない感じがかわいいんだってさ」
「よ! 生涯思春期!」
「…………あれあれ? 無視する気だよ。かわいいんだらもう」
「ねー?」
「ねー?」
にっこりと笑い合って首を傾げているふたりを放置して、ひとりはずんずんと先に進む。
アルウィンに追い付こうとしているうちにすぐにも目的の扉が見えてきた。
出迎えてくれたのは侍従ではなく、これまた渋い顔の宰相閣下その人だった。
入りなさいと言った声もその表情にも良い予感がひとつもしない。
部屋に入れば真反対の声と顔が待ち構えていた。
淡い期待すら綺麗さっぱり霧散する。
「お、来たな。待ってたぞ、ここに座れラフィ」
「この度はお呼びだていただきまして誠に……」
「なんだどうした」
「陛下におかれましては大変ご機嫌麗しいご様子で……」
「はは! なんだ、お前。いいから座れ」
陛下は楽しげに笑いながら、いつもの執務机ではなく、もうすでに長椅子にゆったり座ってそこから手招いている。
卓を挟んだ向かい側を勧められたので、アメリは真前に腰掛けた。
その後ろ側にハルとアルウィンが並んで真っ直ぐに立つ。
「よし。早速だが聞いてくれ」
「……はぁ」
「良い気候になったな」
「……はい?」
「涼しくて過ごしやすい」
「えっと……?」
「そうこうしてるとその内に雪が降る」
「陛下?」
「出掛けるなら今の時期が一番良い」
「いや、あの」
「下の町も活気があることだろう。どうだ?」
「……はは……そうですね。……あのぅ……どうして私たちが呼ばれたんですかねぇ……なんて」
「呼んだのは俺じゃないぞ?」
「…………え?」
「わたしー!!」
陛下の長椅子の後ろ側から飛び出すように現れたのは、陛下によく似た面立ちの麗しい女性だった。
「これは……お久しぶりでございます……殿下」
長椅子を回ってくるのではなく、よいしょと背もたれを乗り越えて、妹殿下は兄王の横にぼすりと座る。
衣装を直すのも、美しく座るのも、瞬くような早さでこなした。
「息災なようでなによりね、アメリッサ」
「は、い……どうも、おかげさまで」
「で、町での散策なんだけどね」
「あ……あの! ちょっと仰っている意味がよく……」
これまでにも妹君があちこち出掛けることも、城都に下ることも度々あった。
その度に反対を押し切るのも、周囲を振り回すことも、呼吸のように自然で容易くやってのける。
この兄王の血を分けた実の妹君だ。
有無を言わさなさはもう、流石に兄妹である。
「いつかの夏は楽しかったわね」
「……そ、うでしたか?」
「あら、貴女は違ったの?」
「…………楽しかったです……」
「でしょう?」
数年前アメリは妹殿下より直々に、大きな湖のある離宮に招かれたことがあった。
確かに楽しくはあったが、補って余りあるくらい面倒なことがあったのをありありと思い出す。
「でもほら、喧しかったものね?」
「…………障りがあるので発言は控えます」
「いちいち面倒だし」
「……殿下?」
「だから今回はその辺ばっさり省くことにしたの」
王宮の騎士たちに囲まれ、ねちねちと嫌味を頂戴し、殿下付きの侍女たちにも囲まれ、あれこれ口喧しく小言も頂いた。
殿下やそのご友人の方々とは賑やかに楽しく過ごしたが、楽しかったの一言ではとても済ませられる思い出ではない。
「どのようなおつもりですか?」
「話が早くて助かるわ、アメリッサ」
「私は何を?」
「私と一緒に町でお買い物をするのよ」
「あの……私、町のことはそこまで詳しくないです」
「だから第二大隊長」
「はい?!」
急に自分の名が出たことで、ハルは音が出る程の勢いで姿勢を正した。
「下で長く暮らしているでしょう? 案内なさい。第一大隊長は私の付き添い役よ」
「…………承服致しかねます。我々である有用性がひとつもありません」
「嵩張らない、うるさくない」
「第一大隊長は嫌味と小言がすごいですよ?」
「アメリッサにはそうでも私には違うでしよう?」
「…………確かに!」
背後からアルウィンのわかりやすい咳払いを頂いたので、アメリはほらねという顔を殿下に向けた。
「嫌そうな顔を隠しもしないのね、第一大隊長」
「思春期ですので」
苦笑いをしているハルの横でしれっと言い放ったアルウィンに、殿下は楽しそうに声を上げて笑った。
「第二大隊長とアメリッサでは護衛は務まらないと思う?」
「いいえ、それは無いです」
「他に不都合があるかしら?」
「殿下の護衛は王騎士の領分です」
「その日の私は『どこぞの豪商の娘』なのよね」
「王騎士の団長はなんと?」
「貴方達より可愛くて、暑苦しく無いのを連れてきなさいと言ったら静かになったわ」
王騎士で思い当たる誰もが堅苦しく、むさ苦しく、ゴツくて威圧的だが、騎士とはそんなものだ。
身体の大きな人たちに、みっしりと周りを囲まれた時の圧迫感の凄さには、心当たりがあり過ぎる。
小さい部類に入るアメリもアルウィンも、殿下の言わんとすることは分かる。
理解はしたくないが。
「それに城都こそ貴方達の領分でしょう?」
「宰相閣下はどのようにお考えか」
助け舟を期待して問うたが、私に聞くなと言いたげに無言で首を振る。
押し切られ済みなのはこれで伺えた。
陛下は口を挟まずににやにやと楽しそうに様子を眺めている。
ちなみに殿下に激甘なので助けは端から期待していない。
反対も断わることも、させる気は無いし、するような選択肢はアメリたちには無い。
それも全て分かった上で、打診の形だけは取って頂けたのだから、それなりのご高配を賜ったと思うのみだ。
「……ええと。ご予定は?」
「明日よ。晴れたらね」
「わぁ……それはまた急ですね」
「時間を取るだけややこしくなるもの」
「なるほど、確かに……」
「俺も一緒に行きたかったんだがな」
「何人か首から上が無くなったら気の毒だから、私が止めておいたわ」
「それは助かりました」
「まぁそのうち好きにするからいいさ」
「…………今のは聞かなかったことにします」
「てことで諸々万事抜かりなくやれ」
三人が苦い顔で返事を渋っていると、殿下だけがもちろんよとにっこりしていた。
執務室を辞して王宮の中庭にある四阿に入った。
屋根はないが蔓草が盛大に絡まり合って、その役割を果たしている。
風があるたびにさらさらと木漏れ日が揺れ、一緒に薄青の小さな花も揺れた。
石造りの長椅子にアメリとハルが腰掛け、その向かい側にアルウィンがどっかりと座る。
「面白いことになってきましたなぁ」
「ほんとにねぇ」
「面倒なことこの上ない」
「総長がハゲちゃう……どうしようかな」
「え? もしかして奥方様やめちゃう気?」
「ハゲ方によるかなぁ」
「はは! そこもっと詳しく」
「総長の髪の毛はどうでもいい」
「えー? 大問題だよ」
「いっそのこと剃髪にしたら?」
「あぁ……でもあのもじゃもじゃにもそれなりに愛着が……」
「私の方が先に毛が無くなりそうだ」
「あ! それはだめだめ! 色んなとこから色々言われるから」
「そうか! アルがハゲたら殿下も諦めてくれるかもよ?」
「お前がハゲろ」
「僕はどんな風になっても自信はあるね」
「誰がそうなっても殿下は面白がりそうだよ」
「だねぇ……」
三人同時に軽く息を吐き出す。
誰ともなく気分を切り替えて建設的な話をする方向に切り替わる。
殿下のお近くには三人だが、遠巻きに王城の騎士は居るだろうし、侍女だってそれなりに付いてくることは間違いない。
クロノも三人だけを送り出すようなことはしないに決まっている。
ただ『殿下に大勢の護衛が居るとは気取られない』という体を装わないといけない。
もちろん誰もが織り込み済みの予定調和だ。
「茶番だ」
「そこも込みで楽しむしかないよね」
「結局そこなんだよねぇ」
「それが出来ればこんなに苛々しない」
「損な性分だね」
「アルウィンかわいそ」
「黙りやがって下さい」
「こっそり付いて来る王宮の騎士がちらちら見えるってことかぁ……え? 面白くない?」
「面白くありません」
「その中に隠れようとするウチの誰かも混ざってるからねぇ……それも面白いよね」
「お前も黙れ」
「あ! 何人見つけられるかやってみる? 一番多い人が勝ち!」
「いいね、楽しそう!」
「じゃあ殿下も一緒に四人でやろうよ!」
「隊長格は高得点にしようか?」
「だったら、偉い順に点数つける?」
「それ良い! そうしようよ」
「警護の方に力を入れる気は無いのか」
「それは僕たち以外の人がすることだもの」
「殿下も私たちにそういうのは期待してないってば」
「楽観が過ぎる」
「胃に穴が開くのも、ハゲ散らかるのも私たち以外にしてもらおうよ」
「まぁ……そこはそう願いたい」
「お。傾いてきたね、アル」
「胃に穴が開くのも、ハゲ散らかるのも王騎士の方が先だと賭けようか?」
「ダメだよ、みんなそっちに賭けるから成立しないって」
「…………あちらと段取りを摺り合わせるのは?」
「総長でしょ?」
「その総長に説明するのは?」
「アルウィンだね」
「お前は何をする気だ」
「僕はアメリの援護だよ」
「行き先を見繕って行程を練る」
「あ、そうか」
「奥方様は?」
「……総長の髪の毛を心配する」
「奥、方、様、は?」
「全力で総長の機嫌を良くします」
「よろしい」
かくして翌日は、周囲の気疲れと狼狽ぶりは取り越し苦労に終わる。
過ごした一日は楽しく、やけにあっさりと終わったように思えた。
遠巻きに見ていた側はこの上なく長かったのは想像に難くないが。
最後に王騎士副団長を見つけた妹殿下が逆転勝ち、まさかのアルウィンが次点になる。
その翌日に陛下を相手に町中を舞台にした鬼ごっこが始まるとはまさか、誰も夢にも思っていなかった。