日々是凶日
「ねえ、何も気づかない?」
「さあね。分からない」
ホームに電車がやってきた。二人は乗り込む。
「これは人を跳ねた列車よ」
「どうしてそう言えるの」
「青いラインが入っているからよ。あたし見たの」
「へえ、この辺りには青いラインの列車はたくさんあるじゃないか」
窓の外には都会のビル群がひしめいていた。どれも夏の日差しを受けて、照り映えている。
「それもそうね。あなたの言う通りだわ」
「そうだろう」
「でも、この路線の列車は全てきっと人を挽き殺しているわよ」
「どうしてそう言えるの」
「だって人身事故って多いじゃない」
電車が揺れる。つり革に捕まった人の足がもつれる。線路の向かい側から、同じ青のラインが入った電車がやってきて互いに交差する。
「そうかも知れないね」
「じゃああたしたちは、人殺しの道具を利用しているのね」
「それは聞こえが悪い。たとえ真実だとしても」
「変ね。人を刺した包丁で調理するのはどう考えても嫌でしょう、それなのに電車は大丈夫だなんて」
「分からなければ包丁も平気なんじゃないか。ファミレスとか、厨房の見えないところで使われてたら。出された料理を食べると思うよ。どの電車にも血液の痕跡ないし」
レールの間隙を滑る列車の振動が、床から伝わってくる。
やがてホームに着いた。二人は電車を降りる。
「ねえあなた」
「ん、なあに」
「これからどうするの」
「そうだなあ。動くにもきっかけがないと」
駅構内は人で溢れていた。マスクをつけた客。マスクをつけた駅員。みんなマスクをしている。
「人がいっぱいいるわね」
「そうだね」
一人の男が大きな咳をした。彼はマスクをしていない。
「あっ、そっちでも頑張ってね」
「分かってる。君も達者でな。ばいばい」
ちょうど男の目の前を通過していた女性が顔をしかめる。目元に唾が飛んだらしい。
女性はすぐに気持ちを切り替える。週末のライブコンサートが楽しみで、男の唾などまるでなかったかのように。
アンタッチャブルこそ恐れのメタファなのであーる




