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夏のホラー2020

日々是凶日

「ねえ、何も気づかない?」

「さあね。分からない」

 ホームに電車がやってきた。二人は乗り込む。

「これは人を跳ねた列車よ」

「どうしてそう言えるの」

「青いラインが入っているからよ。あたし見たの」

「へえ、この辺りには青いラインの列車はたくさんあるじゃないか」

 窓の外には都会のビル群がひしめいていた。どれも夏の日差しを受けて、照り映えている。

「それもそうね。あなたの言う通りだわ」

「そうだろう」

「でも、この路線の列車は全てきっと人を挽き殺しているわよ」

「どうしてそう言えるの」

「だって人身事故って多いじゃない」

 電車が揺れる。つり革に捕まった人の足がもつれる。線路の向かい側から、同じ青のラインが入った電車がやってきて互いに交差する。

「そうかも知れないね」

「じゃああたしたちは、人殺しの道具を利用しているのね」

「それは聞こえが悪い。たとえ真実だとしても」

「変ね。人を刺した包丁で調理するのはどう考えても嫌でしょう、それなのに電車は大丈夫だなんて」

「分からなければ包丁も平気なんじゃないか。ファミレスとか、厨房の見えないところで使われてたら。出された料理を食べると思うよ。どの電車にも血液の痕跡ないし」

 レールの間隙を滑る列車の振動が、床から伝わってくる。

 やがてホームに着いた。二人は電車を降りる。

「ねえあなた」

「ん、なあに」

「これからどうするの」

「そうだなあ。動くにもきっかけがないと」

 駅構内は人で溢れていた。マスクをつけた客。マスクをつけた駅員。みんなマスクをしている。

「人がいっぱいいるわね」

「そうだね」

 一人の男が大きな咳をした。彼はマスクをしていない。

「あっ、そっちでも頑張ってね」

「分かってる。君も達者でな。ばいばい」

 ちょうど男の目の前を通過していた女性が顔をしかめる。目元に唾が飛んだらしい。

 女性はすぐに気持ちを切り替える。週末のライブコンサートが楽しみで、男の唾などまるでなかったかのように。


アンタッチャブルこそ恐れのメタファなのであーる


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