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07

「へえ、朋美は弟がいるって言ってたけどあなたと同級生だったのね」

「うん、朋美さんがこの県に来た時に会ったって言ってたけど、本当?」

「ええ、喫茶店で会ったのよ。私がコーヒーを飲みながら本を読んでいたらなぜか窓ガラスに張り付いていたの」


 へえ、そこから今まで関係が続いていいね! って言おうとしたのに最後ので台無しだった。虫じゃないんだから朋美さんがそんなことをするとはとても思えないけど……。


「手招いたら彼女が入ってきたんだけど、そこでなんて言ったと思う?」

「うーん、お姉ちゃんは綺麗だから『綺麗ですね!』とか?」


 私だったら初対面でも綺麗ですねって言うと思う。しょうがない、そう言わなければならないくらいの魅力があるのだから。


「ふふ、『喉が乾きましたぁ』よ、面白いから奢ってあげたの。ついでに連絡先も交換したわ。同じ高校に通う、なんてことはなかったけど、時々遊びに行ったこともあるのよ?」

「あ、他県にお出かけってしてたのってそれだったんだ! 私はてっきり秘密の彼氏さんでもいるのかと思っていたけど」

「引っ越してきてくれて助かったわ、お金を沢山使わなて済むもの」


 大人になってからも付き合いがあるなんて羨ましい。私も香子ちゃんとそうであれれば理想だけど、これからどうなるんだろう。


「今週の土曜日は休みだし会いに行こうかしら」

「それがいいよ、だってお姉ちゃんの話をしている時の朋美さん幸せそうだったもん」

「ふふ、それならもっと幸せにしてくるわ」

「え、それってなんかえっちな――」

「普通にあの喫茶店に行ってくるだけよ。いいから寝なさい、明日も普通に学校があるんだから」

「はーい」


 それでも香子ちゃんの声が聞きたくて部屋に戻ってから連絡をした。


「あによ……」

「ん? もう寝てたの?」


 なんか凄く気だるそうな感じだ。もし寝ていたのなら申し訳ないことをしてしまったことになる。「ん……別にそうじゃないけど……で、あに?」と答えてくれたことからそうじゃないんだろうけど相変わらずやる気のない感じは継続中だった。


「あにってあははっ! どちらかと言うと私は香子ちゃんの妹なんだけど」

「うざい……で、なによ?」

「あ、うん、朋美さんの話が本当だって分かったよ。お姉ちゃんもなんか嬉しそうだった」


 長年付き合いが続いていつしか友という感じから特別な人に、的な感じだったらすっごく素敵な話だと思う。そうだとしても美紀ちゃんは絶対に言ってはくれないだろうけど。 


「でしょうね――って、それだけ?」

「ううん、香子ちゃんの声が聞きたかったの」


 改めて言うのはちょっと恥ずかしい。けれどこういうのはどんどんと伝えていくのが1番いい気がするんだ。


「ふぅん」

「ふぅんて……」


 べ、別にこれは一方的な自己満足による発言なんだからあまり気にしないけど……「え、あんたそんなこと思ってくれてたの? やだ、すっごい嬉しい」とか言ってくれたらもう手の甲にではなく直接ぶちゅーとキスしているところだったんだけどな。


「で、それだけ?」

「はい……あなたの声が聞けて勝手に満たされている河辺苺と申します」

「自分勝手ねぇ」

「はい……あなたの声を聞いて会いに行きたいと思っている私です」

「寂しがり屋ね、本当にあたしがいないとダメな子」

「はい……って、全部そうだから! ここから先なにを言っても全部同じような答えにしかならないから!」


 こちらだけ吐かされる形になって不公平だ。ここで香子ちゃんは私のことを普段どんな風に考えているのかを聞いておく必要がある。


「香子ちゃんはどうなの? 私の声が聞けて嬉しい?」

「そうねぇ、あんたが悪さをしてないってことを考えれば嬉しいわね」

「えぇ、なにそれ! 純粋に嬉しいって言ってよ!」


 こちらと同じで素直にそう伝えるのは恥ずかしいと捉えておけばいいのだろうか。本当のところでは香子ちゃんも大切に思ってくれているのだと考えてもいいと?


「苺ー、早く寝なさい」

「はーい! 香子ちゃんもう切るねっ、声が聞けて良かった!」

「待ちなさい」


 おっと、ここで意外にも彼女が引き止めてくる。まあどうせさっきみたいに変な嬉しさを感じてるとかそういうのだろうけど。


「あたしもあんたの声が聞けて嬉しいわ、だって好きだし」

「もう、またそういうこと――え、いまなんてっ言った?」


 あの意地でもなにも言ってくれない香子ちゃんが私に好きだって? こんなの絶対明日雨が降るよ。


「好きよ、あんたの声」

「え、えー、そうかな? 自分じゃ分からないけど、香子ちゃんに好きって言われるとすっごく嬉しいなぁ、例えそれが声であったとしてもさ」

「誇りに思いなさい、それじゃあね」

「うんっ、おやすみー」


 なんとなく意味もなくスマホを胸に抱いてみた。こうして直接会えない時間でも電話をかければすぐに声を聞くことができるのだから、現在のシステムは本当に凄い。


「苺っ」

「は、はーいっ、寝るよー」


 これ以上美紀ちゃんに怒られても嫌だし、早く寝てしまおう。

 ……でも一応部屋で話してたんだけどな、そんなに大きい声だったかな?




「付き合ってくれないかな」


 私は持っていた黒板消しを落としてしまった。私だけでなく香子ちゃんも、クラスの他の女の子も同じくらい驚いている。それでも彼はこちらを真っ直ぐに真剣な顔で見ているだけ。


「あっ! そ、そういう意味じゃなくて、またあのコーヒーショップに行きたくてさ」

「なるほどっ、それならいいよ! 香子ちゃんもいいよね?」

「もちろん! ごめん、紛らわしい言い方をしちゃって」

「う、うん、かなり驚いたけどね」


 このクラスには彼を狙っている子が複数いるから紛らわしいのはやめてほしい。でも、私たちに頼む理由ってなんだろう? もしかして香子ちゃんのことが好きだとか? 仮にそうだとしても誰かに譲りたくはないんだけどなあと内心で呟く。


「この馬鹿朝倉っ、びっくりしたじゃないっ、教室内がしーんとなったわよ!」


 香子ちゃんの言う通り。いまはもう戻ってきていてみんなそれぞれ思い思いに過ごしているが、中にはこちらを見ている人だっているわけで。


「ご、ごめん、ちょっと言葉が足りなかったよね」

「あんたは他の女子と行ってればいいのよ」

「だけど本当に友達だと思えているのは河辺さんと池本さんだけだから」

「お、嬉しいこと言ってくれるね朝倉くん! そうだよね、朋美さんに言われたのもそうだけど、私も単純に友達でいたいからね」


 強制されたから友達になったなんて思われてほしくはない。私は私の意思であなたの友達でいるんだよと伝わればそれでいい。


「あたしも行くわ、いいわよね?」

「うん、僕は河辺さんに頼んだ、そして河辺さんは池本さんも連れて行くつもりでいる、だったら河辺さんの望みを叶えるだけだよ」

「そうね。苺が望んでいるんだから仕方のない話よ」


 望みを叶えるためってちょっと大袈裟だけど、同じようなことを彼に言ったということか。自分が頼んだから相手の要求も呑みたいということなんだろう。


「別にふたりきりで行こうとなんてしてないよ? どちらかと言うと池本さんの方が詳しいわけだし」

「なによ、苺は頼りないって言いたいの?」

「ち、違うってっ、とにかく池本さんが不安視するような感情とかはないってこと!」

「そ、ならきちんとそう言いなさいよ」

「はぁ……池本さんの相手って大変だなぁ」

「あ?」

「な、なんでもない!」


 あはは……確かに慣れてないと香子ちゃんの相手は大変かもしれない。

 とりあえず放課後に行くことが決まったのでそれまできちんと素晴らしい生徒として過ごして、


「やって来ました、お店の前に」


 今日は掃除当番とかもなかったので放課後になったらすぐにお店へとやって来た。平日ということもあって他のお客さんはあまりいないため、注文が上手くできなくて恥ずかしくなるということもない。


「なにやってんのー?」

「あ、いま行くっ」


 基本的に注文は彼女に任せる派だ。これに関しては朝倉くんも同じで、いまこの時だけは借りてきた猫さんみたいにおどおどとしている。香子ちゃんに抱きつくようにしているところは駄目だから、腕を掴んで席へと移送。


「ご、ごめん、やっぱりここは敷居が高いなと思って。だけど初めて来た時に飲んだコーヒーの味が忘れられなくてね……」

「それはいいけどさ、香子ちゃんに抱きつくのは駄目っ」

「うん、分かった、今度からは気をつけるよ」


 数分して彼女がコーヒーを持ってきてくれた。

 飲もうとして私は手を止める。


「これ、苦くないよね?」


 また前みたいなことをされてる可能性も0ではない。疑いたくはないけどあの苦味には勝てないのだ。


「大丈夫よ」

「いただきます…………甘い……美味しい」


 口の中いっぱいに広がった甘い味にひとりるんるん状態に。


「やっぱり美味しいな、今日は一緒に来てくれてありがとう」

「別にいいわよ、あたしもまた行こうと思っていたところだったし」


 私たちと行動する時はそうでなくても大人しいうえにお礼ばかりいう子に朝倉くんはなってしまう。まだ仲良くないから気を遣っているのか、単純に元来の性格なのかは分からないが遠慮はしないでほしい。


「朝倉くん、別に変に気を遣ったりしなくて大丈夫だよ?」

「え、そんな風に見えたかな?」

「そうね、あまり大人しすぎるのもあれね。でも、調子に乗ったら遠慮なくぶっ飛ばすからよろしく。あんたみたいなのが1番対応に困るのよ」

「えっとそれじゃあ……苺ちゃん」


 いきなり名前を呼ばれるとは思っていなかったから軽く驚いたけど、確かにそういう部分も遠慮しているように感じるのかもしれない。となれば、このまま名前で呼んでもらうのが朋美さんのためにもなるのではないだろうか。


「いまぶっ飛ばすって言ったわよね?」

「「え、これは調子に乗ってるってことになるんだ……」」

「そりゃそうでしょうよ、なんで苺のことを名前で呼ぶ必要があるわけ?」

「そ、それなら河辺って呼んでいいかな? 池本とも」

「え、似合わないから普通に名前呼びでいいよ?」

「似合わない……」


 正直に言って名前を呼び捨てでもいいくらいだ私は。香子ちゃんのことを呼び捨てにするのは絶対に許さないけど。


「それなら私は俊くんって呼ぶね、俊くんは私のことを呼び捨てで呼んで。だけど香子ちゃんのことを名前で呼ぶのは絶対に許さないよ。どれくらい許せないかと言うとサラダにトマトを入れるくらい許せないからね、気をつけてね」


 香子ちゃんが呆れたような顔で「あんたトマトどんだけ嫌いなのよ」と言うけどしょうがないんだ。あのうれうれしたところが猛烈に嫌い、口に含んだ後に広がる青臭さも嫌いなんだ。多分この先一生食べれるようにはならないと思う。


「それなら苺って呼ばせてもらうね、池本さんはそのままで」

「はぁ、まあ苺がいいなら別にいいわ」


 よし、これで香子ちゃんを取られるリスクというのは限りなく下がった気がする。彼は格好いいし彼女がふとした瞬間にときめいたりするのも嫌だからあまり近づけたくないんだけど……そこはまあ彼女と彼次第ではあるので口にはしていないわけだ。できることなら口に出したい。


「そういえばこの前のことなんだけどね、あたし、男子に告白されたのよ」

「えぇ!? あ――だ、誰?」

「中学の時に行ってた塾の生徒だからあんたは知らないわよ。ちなみに断ったからあんたが考えているようなことはないから安心しなさい」


 それは良かった。でもそうか、いつだってそういうリスクがあるということか。うかうかしていると彼女の隣にいられるのは他の子になってしまう。


「朝倉はそういうことないの?」

「実はもうクラスメイトの子に告白されたんだ。でも全然分からないし、本当の友達は苺と池本さんだけだと思っているから断った」


 やっぱりあの時女の子がすぐに戻ってこなかったのはそういう理由だったんだ。1週間もしない内に告白するのは凄い勇気だと思う。だけど自分が体験したことないだけで一目惚れとかそういうのもあるんだろうね。


「ふぅん、そういう言い方をするということは苺を好きになる可能性もあるんじゃないの?」

「池本さんに、とは考えないの?」

「あたしは告白されたくらいでときめいたりしないわ」


 よく言った! それでも言われ続けていれば変わることもある。結局人間ほとんど口先だけだ。だからそうならないように動かなければならない。大胆にではなくさり気なく私は常に彼女たちの側にいよう。求められていなくても必ず彼女たちに付いていく。


「そうでしょ? そもそもそういうつもりで君たちといるわけじゃないんだ。僕は見たいんだよ、そしてたまにでもいいから僕にも意識を向けてほしい。こんな人間も側にいるんだって思ってくれてればそれでいいんだ」

「嫉妬してあたしたちを離そうとしたやつの言うことじゃないわね」

「それを言われると痛いけど……本当だよ、僕は君らが仲良くするのを見たい、その暖かさに少しでも触れていたいんだよ」

「大丈夫だよ、私も香子ちゃんも俊くんの友達だから」


 香子ちゃんを狙ったら絶対に許さないけど!

 あまり長くいると申し訳ないので飲み終わったところでお店をあとにしたのだった。

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