06
「朋美さん綺麗っ、美人、可愛いっ、素敵、最高!」
「ふふ、ありがとう」
ど、どうしてこうなった……。
「1番こーこちゃんがすきぃ! ぜったいこーこちゃんとけっこんゆぅ!」と言ってくれた苺はもういないと言うの?
「大丈夫だよ池本さん、お姉ちゃんには彼氏がいるから」
「は? うっさいんだけどっ」
良かったぁ! これで少なくとも強力なライバルに取られるということにはならなそうだ。
「あなたが俊くんにお弁当を作ってくれた香子さんですよね? ありがとうございます」
「いえ、たまたまですから」
「本当は私が作ってあげられればいいんですけれど……残念ながら料理スキルが残念で……」
「ギャップがあって可愛いです!」
ぐっ、中々どうして強力な人だ。苺からしてみればなんでも綺麗で可愛い対象なんだろう。できないことでさえも相手を惹き付けるなんて、あたしにはできないことを平気でやっている。
「ふふ、そうですか? でも、一応女としてはそういうのをしっかりやっていかなければならないと思っているんです。だけどお母さんや俊くんからキッチンには来るな、と」
どれだけ酷いのだろうか。朝倉がそこまで言うということは相当なものではありそうだが。
「大丈夫です朋美さん! 私も炊き込みご飯しか作れませんから!」
「私はごはんを炊くことすらできなくて……以前に挑戦してみたことがあったのですがお水をいれるのを忘れたこともあったくらいで」
「お、お姉ちゃんは無理しなくていいんだよ、僕や母さんがやるからさ」
朝倉にしては珍しく慌てた感じだった。それだけで絶望的なのはよく分かる。
「そういうわけにはいきません、私も俊くんやお母さんのためにしてあげたいです」
「お父さんはいないんですか?」
「いえ、いますけど……ちょっと」
「あ、すみません、気軽に聞いてしまって」
あたしも父親とは上手くいってない。だからできるだけ一緒にはいないようにしている。こちらが嫌っているとかそういうのではなく、そもそも昔から喋ることも少なかったと言うのが伝わりやすいだろうか。苺は家族と仲がいいので羨ましくもあった。
「いえ、そういうことではなくて……家に帰ってこないのでそもそもなにかをしてあげたくてもできないと言いますか……」
「ちなみに僕が中学3年生の時から帰ってきてないんだ。母さんに聞いてもどこにいるのか教えてくれないし、離婚してないって言うから待つしかできなくて」
「え、でもあんたは引っ越してきたのよね?」
てっきり転勤かなにかかと思っていたけど違ったようだ。
「うん、母さんがいきなり『引っ越します!』って言ってね。僕らは子どもだから従うしかなかったというか」
「どこから来たのかは分からないけどさ、前の高校に友達だっていたんでしょ?」
苺が心配そうな顔で聞く。そりゃ見た目だけはいいんだから友達だって沢山いるでしょうよと思っていたあたしだったが、
「いや……いなかったんだ、だからふたりみたいな仲がいいのを見てもやもやして……ごめん」
朝倉は凄く複雑そうな顔でそんな物悲しいことを言った。なんとなくやつの目の前で仲良くしていたのが申し訳ない感じがしてきて内心でごめんと謝っておいた。
「大丈夫っ、私はもう朝倉くんの友達だから!」
「河辺さん……ありがとう」
「ううんっ、お礼なんて言わなくていいよ!」
なんか衝突したことでいい雰囲気になってない? 朋美さんがライバルにならなくて良かったけど、こいつがライバルになるのは1番嫌なことなんだけど?
「……よ」
「「え?」」
「駄目よ、朝倉を好きになったら」
別にあんなことをしたからとかではない。単純に苺が他の人間をそういうつもりで好きになってほしくないのだ。
「別にそういうのじゃないよ? でも、友達になるくらいだったらいいでしょ?」
「まあ……友達になるくらいなら」
独占欲が強いのは昔から自分でも分かっていた。でもこれに関しては譲ることができない、苺の隣にはいつだってあたしがいたい。
「池本さん安心して、僕もそういうつもりはないから」
「そんなの分からないじゃない、関わっていくうちに苺の魅力に気づいて惚れたりなんかも――」
「はははっ」
「なにがおかしいのよ!」
なんでそこで笑う? そういう可能性も0ではないから?
「本当に河辺さんのことが好きなんだね」
「当たり前でしょうが、もう10年目になるのよ?」
「いいな、僕もそうやって『当たり前でしょ?』って言えるような人間になりたい。特別な人ができなくてもいい、そうやってずっと友達でいられるような人と出会いたいんだ」
それはあたしも分かる。苺は別に幼馴染というわけではないので、小学校に上がってすぐに彼女と出会えて本当に良かった。もちろん小さかった頃のあたしはそこまできちんと考えていたわけではないだろう。ただただ同じクラスだったというだけで仲良くしていたにすぎない。
なんというか放っておけなかったんだ。いつもぼけっとしてて天然でマイペースでどじで泣き虫だった彼女のことが。
「それは私だよっ、朝倉くんがもう嫌だーって言うまではずっと友達でいてあげるよ!」
これはあたしが小さい頃に彼女に言ったことだ。苺ちゃんが嫌と言うまではずっと友達でいてあげるって偉そうに伝えた。これ以上泣いてほしくないと考えて選んだこの行動によって余計な泣かせてしまったのはあれだけども。まあひとつ言えるのは支えられていたのはあたしの方だったということだ。
「ありがとう、河辺さんは優しいんだね」
「そうかな? 香子ちゃんでも同じことを言うよきっと」
「あたしは朝倉とあんまり仲良くしたくないけどね、だって女に手を上げるようなやつだし」
まさか叩こうとしてくるなんて思ってもなかったし、あたしを苺が庇ってくれるなんて思ってもいなかった。
「香子さん」
うげっ!? あぁ、やっちゃったぁ……見るからに弟大好きお姉さんみたいなものだし「俊くんはそんなことをしません!」とか言い出しそうだ。
「その話、詳しく教えていただけませんか?」
朋美さんに説明。が、説明している間に分かった、ちゃんと聞いてからあたしをぶっ飛ばすつもりなんだって。
「すみませんでした」
「い、いえ、あたしも煽ったようなところがありますから」
「いえ、どんな流れであれ他人に手を上げるなど以ての外です。すみませんでした」
「だってさ苺、あんたはどうなの?」
あたしに謝られても正直困る。1番の被害者は苺であり、あたしはあまり関係ないのだから。いや、それだけではなく寧ろあたしも加害者なような感じもするし、この際きちんと謝っておく必要があるのかもしれない。
「え、なんで朋美さんが謝ってくれているのかは分からないけど、正直に言って私が悪かったんでしょ? だって朝倉くんも言ってたし」
「あー……あんたってそうよね」
こういうところがあるからこれまで関係を続けられてきたというのもあるしもうなにも言うまい。
「え、え?」
「まあいいわ……ごめんね苺、あたしも悪かったわ」
「え? 香子ちゃんはなにもしてないけど」
「いいの、これは勝手な謝罪だから。あとありがとう」
こういう流れでないととてもじゃないが言えない。いつかは真剣に彼女の瞳を見つめながら言いたいものだ。
「ごめん河辺さん」
「え、だからいいって! 朋美さんもいいですからね!?」
「はい、ありがとうございます」
「もー……おかしな人たちだなぁ……」
嫌いと言われて受け入れる、離れろと言われて素直に離れる、叩かれても一切怒らない、よっぽど彼女の方が変であることを彼女自身は分かっていないのだろう。
「俊くんのこと、よろしくお願いします」
「任せてください朋美さん! 私がひとりにはさせませんよ!」
「ふふ、頼もしいです。ただ、香子さん的には落ち着かないでしょうけど」
「へ? なんでですか?」
「内緒です、時がくれば香子さん自らが教えてくれますよ」
って、なんか勘違いされてない? あたしが苺のことを特別視しているみたいな、朝倉と仲良くしていたら嫉妬するみたいな思われ方をされているんですが。
「香子ちゃんは朋美さんが言いたいこと分かる?」
「さあ? 分からないわね」
あぁ、苺はやっぱり天然だ。好きとか1番大切とか無自覚で言ってしまっている。あたしだからいいけど他の人に言われたらなんとなくではなく確実に嫌だ。とはいえ、自分が気に入らないから言うのやめてなんて言ったところで無自覚のこいつには届かないだろうから意味がない。つまり、あたしはこいつと関われば関わるほどもやもやとした感情を抱えることになるわけで……。
「朋美さん教えてください!」
「それは私の口から言うのは違います。大丈夫ですよ、苺さんは苺さんらしく生活していれば香子さんが必ず答えてくれますよ」
「ほんと?」
「まあ、多分ね」
朋美さん的にもあたし的にも、その時=告白という考え方なはずだ。少なくともまだそれではないし普通でいられるけれど、問題なのはこいつの性格だ。
「早く聞きたいなー、知りたいなー」
こっちも気も知らないでこの能天気ぶり、できることならその口を物理的に封じたいところだけどそれはできない。だって手で触れてしまったら柔らかさに驚いて固まる自信がある。昔、寝ている苺に悪さしようとして恥ずかしくなって気絶したことだってあった。
「朝倉くんはどんなことだと思う?」
「うーん、池本さん的には河辺さんに友達が沢山できるのは嬉しいけど、問題を起こさないかって心配しているんじゃないのかな。池本さんは河辺さんのお姉さんみたいな人だから」
こいつは案外察し、納得できるような説明をするのが上手い。つまりあたしの中にあるようなないような感情が全部バレているということだが、それがなんとも落ち着かない気にさせた。
「えぇ、私は問題を起こしたりしないよー。私、月二先生に言われたんだよね、香子ちゃん以外の人とも関われって。その点、朝倉くんと仲良くしていればいいよね!」
「僕でいいのなら嬉しいな」
「うんっ」
少なくとも男ではなく女子であってくれれば……いや、それはそれであたしみたいな人間が現れて苺を掻っ攫っていくかもしれないし……とにかく不安しかない。
「ふぅ、私はそろそろ帰ろうかな、お姉ちゃんが今日は早く帰ってくるって言ってたし」
「え、あの……もしかして美紀さん、ですか?」
「え、なんで知っているんですか!?」
苺と同じように驚く。引っ越してきたというのになんで知っているんだろうか。
「学生時代にはとてもお世話になりまして、いまでも連絡を取り合っているんですよ」
「そうなんですか! 今日お姉ちゃんに朋美さんと会ったよって話しますね!」
「大丈夫です、もう言っていますから」
おかしい、美紀の話をしている時だけ明らかに違う。さっきよりも明るく恋する乙女みたいな感じだ。もしかして彼氏がいるというのは嘘なのでは?
「朋美さん、もしかして美紀と――」
「ふふ、さて、どうでしょうかね」
今度はお茶目、からかうような笑み。
あたしが全部口にしたわけではないのにこう言うのは確実におかしい。
でも言及したところで答えてもらえないので「引っ越してきたんじゃないの?」とかわりの質問をする。
「ちなみに美紀さんと出会ったのは中学生の時、この県に訪れた時です」
引っ越しというのは嘘ではないらしい。まあそんな嘘をついてもメリットはないしいちいち気にすることでもないか。
「ん? なんの話?」
そして相変わらずこの子の察しのなさ――ま、可愛くもあるのでいまは放っておくが、あたしの想いがはっきりして告白した時に「なんの話?」なんて言われたら確実にぶっ飛ばすだろうと予想した。
「ふっ、あんたは気にしなくていいわ。あたしも帰るし行くわよ」
「あ、うんっ、お邪魔しました!」
「じゃあね、河辺さん、池本さん」
「お気をつけてくださいね」
「はい!」
「お邪魔しました」
朝倉家を出て歩いていると不意に苺が手を握ってきた。
「朋美さんとだけ世界を広げないでよね」
これは嫉妬してる? それとも朋美さんのことを気に入っているから自分が入れなかったことに嫌だと思っているだけ?
「で、なんで手を握るの?」
「これはその……言わないっ、だって香子ちゃんも秘密にしてるし」
「あれは朋美さんが勝手に言ってるだけよ」
「本当かなぁ……」
手を握り返して歩いていたらすぐに別れ道がやってきてしまった。
離したくないし別れたくない。が、渋々と彼女の手を離した。
「じゃあね」
「うん、ばいばい!」
苺にとってあたしはどんな存在なのかが気になる。けれど聞くのも怖くて自分の家へと歩いていく彼女の後ろ姿をずっと見ているだけだった。