04
朝倉くんの冷たい状態はあれから継続中だ。
香子ちゃんも他クラスの男の子や朝倉くんを含め他の子とばかりいるようになった。
寂しいとかそういうのはないからただ眺めることだけに専念している、というのが現状。
「朝倉、内田が呼んでいるわよ」
「ありがとう」
彼が向かった先にはこの前私に話しかけてきた女の子がいる。仲良くなりたいと言っていたし積極的に動くことに決めたんだろう。
「苺」
「ん?」
「あんたひとりで寂しいでしょ」
「え、もしかして意図的にしてるってこと?」
もしそうならなにかをしてしまったということだから謝ろうと思う。基本的に私が迷惑をかける側だ、彼女にとっては引っかかることが沢山あるのかもしれない。
「そういうわけじゃないわよ。ただまあ、あんたにはあたしがいてあげないと駄目よね、最近は他を優先してばかりいるけど」
「ふふ、いいよ、たまに話しかけてくれれば。無理していようとしてくれなくても大丈夫だから、寧ろ楽しそうにしている香子ちゃんを見れて嬉しいよ?」
私といる時の彼女は呆れ顔が多いので、可愛い笑顔を見られるのは大変嬉しいことだ。関わらないことでそれが見られるのなら積極的に傍観者でいることを選ぶつもりでいる。
「……来なさいよ」
「え?」
「変な遠慮しないであんたから話しかけてくれればいいのよ」
「あ、うん、でも邪魔したくないなって」
私のことを少しでも大切に思ってくれているのならっても嬉しい。というか彼女は基本的に昔からそうだった。いつだって「どんと来なさい!」と自信満々で素敵で、彼女のそういうところがあったからこそ関係が続いている。
「そういうのいらないから! あたしとあんたはずっと友達じゃない」
「あはは、分かった、ありがとね」
「もし次に変な遠慮をしていると分かったら、あんたのおでこにアイラブ香子って書くからね」
「いいよ別に、だって私は香子ちゃんのこと大好きだし」
そういうことを書くということは私のことを悪くは考えていないということだ。だったらどんどんしてほしい、寧ろ所有物だと宣言してくれた方が安心できる感じがする。
「え、い、いいの?」
「うん、いいよ。あ、ただ休日にしてね? 学校の時はちょっと恥ずかしいかなって」
「あんたってちょっとMなところがあるわよね……」
「そうかな? 香子ちゃんの友達でいられるように、そしていられるのならなんでもするつもりだけど」
苛められて喜ぶような変態な子ではないけど……。
「じゃあキスしなさい、手の甲に」
「はい、ちゅー」
他の人に迷惑をかけないことならできる限りするつもりだった。「まさか本当にするとは……」と複雑そうな顔をしている彼女を見て首をかしげる。まさかもっと過激なことが良かったとか? さすがにここでは恥ずかしいなぁ。
「え、河辺さんと池本さんは女の子同士なのにそんなことしちゃうんだ!?」
「うん」
「もしかして唇と唇をくっつけてこう……しちゃってる?」
「唇に直接はしたことないかなあ、耳にならあるけど」
「えぇ!? 聞かせて聞かせて!」「はぁ!? あんたいつしたのよ!」
あれ、なんか香子ちゃんは忘れてるみたい。それなら説明してあげないともやもやしちゃうよね?
「そう、あれは中学1年生のクリスマスの時だった――」
「あんたそういうのはいいからさっさと言え!」
「コーラで酔って寝ていた香子ちゃんを寝室に運ぼうとした時、香子ちゃんが暴れて唇が耳に当たっちゃっただけだよ」
あの頃は私が彼女をお姫様抱っこするくらいは余裕だったのになぜか彼女の身長だけがぐんぐん成長してしまい、いまはできなくなってしまっている。
「え、コーラで酔うって本当にあるんだ!?」
「……その時までは炭酸を全然飲んだことなかったのよ……それを知っていたのにこいつがどんどんと飲ませるから……」
「だって目を輝かせて飲んでたからいっぱい欲しいのかなって思って」
「悪魔かあんたは! あたしはもう無理って言ってたのに嬉々として飲ませてきたんでしょうが!」
「あれ、そうだったっけ? ごめんごめん」
うーん、この子が楽しそうに聞いてくれるからつい話を盛ってしまった。というかなんの話をしていたんだっけ? あ、変な遠慮はしなくていいってことだったよね確か。
「ごめん、席に座りたいんだけど」
「あ、ごめんっ、朝倉君」
「ううん、大丈夫」
早く席替えをしたい。ついでに言えば香子ちゃんの隣になりたい。
彼と私と香子ちゃんだけになった。
「河辺さん」
「ん?」
「同性でもそういうことはしない方がいいと思うよ」
ごめんと謝るべきなのだろうか。冗談でも香子ちゃんが求めてきて私はただ応えた形になるけど、それって別に他の人に迷惑をかけていないんだから注意されてももやもやするだけだった。本人に言われるならともかく、朝倉くんに言われる謂れはないような気がする。
「別にいいのよ? 苺にならされたっていいと思ってるし」
「仮にそうだとしても教室でするのはおかしいと思うけど」
「あんたも堅っ苦しい人間ねぇ」
「池本さんが分かってない河辺さんに教えてあげればいいんじゃないかな」
おぉ、とことん私へのそれは冷たいままだ。曖昧な態度を取られるよりも対応がしやすい。別に人ひとりに嫌われたところで大して傷ついたりはしない。生きていれば相性の悪い人との出会いだっていくらでもあるだろう。
「苺だって分かっているわよちゃんと、いまのはあたしがそうしろって言ったんだから」
「それでもしたのは河辺さんでしょ?」
「ああもう……はいはい、あたしから苺に言っておきますよー」
「うん、よろしく」
なにか私みたいな人に嫌がらせでもされたのだろうか。実は妹がいて生意気で不仲だとか? ま、物理的手段に出てこないのであればいくらでもしてくれて構わないが。
「っと、もう始まるわね、戻るわ」
「うん」
なんでここまで嫌われたのかは分からないけど、とにかく私は私らしく生活していこうと決めた。
「河辺ー、ぼけっとしてないで早く掃除しろー」
「ほげー……」
お昼ごはんだってちゃんと食べたというのに考え事をしていたらもうお腹がしまっていた。それと脳が疲れたので甘いものを補給したいと強く思っている。なのに今日に限って掃除当番……。
「早くしろ!」
「ひゃ!? あ、先生いたんですか……」
「いま思い切り声をかけていただろうが! どうしたんだ? いつもは『これから美味しいお芋さんを食べに行くんです!』って元気なはずだろ?」
「え、やだ……先生が私のこと知りすぎてて怖い……」
「お前なぁ……」
まだ1年生の5月だというのに詳しすぎないだろうか。別に男の先生だから嫌とかはないが、そこまで情報を開示したような記憶は――あ、普通にあった、挨拶をする度に似たようなことを口にしていたことを思い出す。
「そうだ、朝倉はどうだ? クラスに馴染んでいるか?」
「そうですね、みんなと仲良くしていますよ」
少なくとも私以外とは。
「それならいいんだ、俺がずっと見ていられるわけじゃないからな、聞けて良かった。で、ここからはあんまり良くないんだが……聞くか?」
「え、怖いですよそんな言い方……うーん、でももやもやするので聞かせてください」
ポジティブでいられるし聞かなかった方がデメリットが大きい。だったらここで潔く聞いてそこからしっかり対応すればいいわけで。
「朝倉なんだけどな、お前と離れたいって言ってきたんだ」
「もう、怖い言い方をしないでくださいよ。先生がいいなら席替えしてあげたらどうですか? あ、私も香子ちゃんの横にしてくれると――」
「それは駄目だ、だってお前は池本としか話さないからなぁ」
「あぅ……とにかく私は大丈夫ですよ? 後は先生次第です」
変な言い方をしたせいで変にドキドキしてしまった。「先週行ったテストの名前を書き忘れてて0点だ」とか言われると思った。
「そうか分かった、考えてみるよ」
「はいっ、で、もうお掃除は終わりでいいでしょうか?」
「んー、ま、いいだろ、気をつけて帰れよ」
「はいっ! 帰ったらお菓子ー!」
「はぁ……いいのかそれで……」
誰になんと言われようとこれだけは譲れない。普通のごはんとは別に糖分補給だってしっかりしないと駄目なんだ。
それにしても席替えまで求めるとは。女の子が苦手、嫌いと言うよりも本当に私だけが苦手か嫌いかっていう話で。
とにかく途中のコンビニに寄ってチョコ棒とアイスを買って家に。
「はぁ……美味しい」
アイスを食べ終えチョコ棒へ、となったところでインターホンが鳴った。香子ちゃんの可能性が高いので咥えながら出てみたら、
「こんにちは」
「え、な、なんで……」
1度も教えたことがないというのに、そこにいたのは朝倉くんだった。
「どうぞ」
「ありがとう」
突き返すのは大人げないし全然気にしないので普通に対応する。
「もう聞いているかもしれないけど、月二先生に頼んで席を離してもらうことにしたんだ」
「うん、今日の放課後に聞いたよ。先生には先生がいいならしてあげたらどうですかって言っておいた。あのさ、別に直接言ってくれれば良かったんだよ? 嫌いなら嫌いって言われても別に傷つかないし、そこまで弱い人間じゃないから。ごめんね、多分不快なことばっかりしちゃってるんだろうね、私も一応周りの子に迷惑をかけないようにって動いてるけどさ」
先生を頼ったのはある意味正しいけど、真横にいるんだから直接「迷惑だ、お前の横には座っていたくない」と言ってくれればそれで十分。その場合は自分の方から先生を説得し席を変えてもらうところだ。
「そうだね、河辺さんに直接言えば良かったね」
「うん」
「僕は君が嫌いだ」
「うん、理由を聞いてもいい?」
まさかクラスの女の子にじゃなくて彼から言われるとは思っていなかったから笑いを我慢するのに苦労した。
「大きな声を出すし、池本さん限定とはいえ迷惑をかけてるから」
「あー、私も香子ちゃんの優しさに甘え過ぎちゃってるからね、うん、朝倉くん言うとおりだよ」
これはもう近づかないでって言われるパターンかな?
「距離を置いた方がいいよ」
「あはは、うーん、だけどそれは香子ちゃんに言ってくれないと」
こちらにそういうつもりがなくても遠慮しているとか思われちゃったくらいだし、あからさまに距離を作ろうとなんてしていたらバレて近づかれて朝倉くんの望みとは逆に距離が縮まるだけだろう。それが分からないのも無理はない、私たちの付き合いの長さとは全くと言っていいほど足りないからだ。
「君が掃除している題に言ったよ、池本さんは君次第だって言ってたけど。甘え過ぎちゃっていると思っているのなら自分から距離を置くというのもいいと思うけどね」
「あのさ、香子ちゃんのことが好きなの?」
「別にそういうのじゃないよ。だけど自分に優しくしてくれた人に平気な顔して迷惑をかける人が嫌いってだけ」
「なるほど! うん、ありがと!」
スッキリした! それに香子ちゃんのことを良く思ってくれているのならそれでいい。香子ちゃんだって彼には優しいわけだし、相性は悪くないんだろうから。
「こんな時でも笑顔なんだね」
彼は私を睨むようにしてそう吐いた。こちらとしてはなんでそんな目を向けられるのかが分からないから「笑顔が1番だから」と答えて立ち上がる。
「過去になにかあったの? 私みたいな子に悪さをされたとか?」
「単純に君が気に入らないだけだよ」
「それならなんでチョコをくらたり足が速いのを褒めてくれたの?」
「はぁ……それはいまでも後悔しているよ」
なんか気持ちいいなぁ、あ、もしかしたら本当にMなのかもしれない。それでも気持ちを隠されるよりかはこうしてぶつけてくれた方がマシだ。学校で言うと香子ちゃんが来てしまうからこういう形を選んだんだろうと分かる。嫌なのによく来てくれた、こちらからは関わらないから安心してほしい。
「あ、そうなんだ。うーん、まあ帰ったら? 香子ちゃんの家にでも行ってきたらどうかな」
「そうだね、そうするよ」
彼のことを考えて見送ることはしなかった。だからリビングに残ってチョコ棒をポリポリ食べて時間をつぶす。
「ただいま、鍵が閉まってなかったわよ?」
「あ、おかえりー。ごめん、ちょっと忘れてた」
「もう……なにかがあったらどうするのよ」
「ごめん、今度からは気をつけるよ! お風呂に入ってくるね」
綺麗に髪や体を洗って溜まりつつある湯船の中に足を入れた。
「あっつい!?」
機械の温度設定をチェックしていなかったせいでこれだ。
同級生からは嫌いって言われるし、恐らく香子ちゃんとはいられなくなるしでなんか今日は微妙なことこのうえない。
「はぁ……これから梅雨だし」
まあでも梅雨なら教室から出る人だって少なくなるしひとりでいても目立ちはしないだろう。
「しょうがないから朝倉くんの要求通りにしてあげるかー!」
「うるさいよ苺ー」
「ごめーん!」
そろそろ新しい友達を作ろう。