03
「おぉ、それが香子ちゃんが作ってくれたお弁当?」
「うん、美味しそうだよね」
新鮮さはないけど実に王道的なお弁当だ。お姉ちゃんの作ってくれるお弁当も美しいし美味しいけれど食べてみたくなる魅力がある。
「河辺さんは炊き込みご飯なんだね」
「うん、私が炊いてみたんだ」
「ちょっと貰ってもいい?」
「いいよ、どうぞ」
お弁当箱を差し出してから男の子に手料理を食べてもらっているということに気づいて気恥ずかしくなった。朝倉くんは丁寧にゆっくりと咀嚼してから「美味しいね」と言ってくれたが、それがまた私を追い詰めたことなんて分からないんだろう。
「うん、普通に美味いわね。朝倉はさっさとそれを食べなさい」
「うん、ありがとう、いただきます」
今日は他の男の子といることが多かった香子ちゃんも来てくれたためごはんを食べ始める。
「香子ちゃんは別のクラスの男の子と仲いいんだね」
「ん? あぁ、中学生くらいからの付き合いかしら」
「え、だけど私は知らないよ?」
「そりゃそうよ、あたしが通ってた塾の友達だし、おまけに他校の生徒だったからね」
中学生の頃の私は勉強なんてまるでやってなかった。この学校に入れたのは香子ちゃんのおかげである。でも物凄く大変だったので高校からは気をつけようと今は頑張っているわけだ。お菓子を食べるのも2日に1回くらい――にはできていないけど中学生時代よりは散財もなくなったと思う。
「お弁当、凄く美味しいよ」
「ま、普通のを作っただけよ、いちいち大袈裟に言わなくていいわ」
いやいや、彼女目線では普通かもしれないけど家族でも恋人でもないのに作ってくれたというのが大きいんだと思う。朝倉くんは誰かに作ってもらいたかったわけだし、それがなされた時点でお礼を言いたくなってしまう、ということなんだろう。
「苺、今日の放課後、コーヒーショップに行くわよ」
「コーヒーショップ? ハンバーガー屋さんじゃなくて?」
「最近行ったじゃない。コーヒーショップに行くのは割引券を貰ったからよ。せっかく貰ったんだから使わなければ損じゃない」
「分かったっ、ゴチになります!」
「は? あくまで割引券だからね?」
もちろん奢ってもらうつもりなど微塵もなかった。小学生時代からの友達とはいえ奢る、奢られるを繰り返すのは良くないことだ。自分の可能な範囲で、自分のお金で買うのが1番である。
「僕も行っていいかな? それって駅前のお店でしょ? ああいうところって興味あるけど入りづらくて。池本さんは慣れているようだし、いいかな?」
「別にいいわよ? あ、ふふ、なら朝倉の奢りということで」
「いいよ、だって池本さんや河辺さんがいないとそもそも行けなかったお店なんだからね。お勉強をさせてもらえたお礼ってことで」
「私は自分で払うから大丈夫だよ」
多分お弁当を作ってくれたことも影響しているんだろうけど私がしてもらえる立場にない。彼は「大丈夫だよ?」と言ってくれたが「ううん、そういうところを大切にしていきたいの」と重ねて答えておいた。
「なんで朝倉の時だけ変な遠慮するのよ?」
「え? そもそも香子ちゃんにだって奢ってもらうつもりはなかったよ?」
「どうだか……この前だってほぼ同じようなことをさせたくせに」
「そ、それは家にお金を忘れてたからだよっ、後で返したでしょ!」
「はは、はいはい、ちゃんと受け取りましたよ」
もう……朝倉くんの前で人聞きの悪いことを言わないでほしい。
美紀ちゃんが作ってくれたお弁当を食べ終えたら席で休憩。
「あー……食後のこの時間が好きぃ」
「美味しいご飯を食べた後って動きたくなくなるよね」
「そうそう――香子ちゃんは凄く元気だけど」
どうやら他の子と体育館へバスケットボールをしに行くつもりらしく、元気良く教室から出ていった。朝からずっと一緒にいた男の子とも廊下で合流していたので凄く仲がいいことはこちらからでも分かるくらいだ。
「朝倉くん、ちょっといいかな?」
「うん、どうしたの?」
彼も他の女の子に誘われて教室から出ていく。その後姿をぼうっと眺めてやっと、これが普通なんだってことを思い出した。
なにかと話しかけてくれるし一緒に行動しようとしてくれるところがあるから忘れそうになるけど、彼は人気者なんだ。
単純に格好いいからというのもある。だけどそれだけじゃない、積極的に他の子のお手伝いをしてあげたり話しかけられたら優しく対応してあげたりと、内面の良さもあるからこそみんなも興味を示しているんだということ。
「河辺さん」
「あ、うん、どうしたの?」
「朝倉くんといっぱい会話しているけど、どんな手を使ったの?」
えぇ? でもここで「彼から話しかけてくるから知らないよー」なんて言ったら袋叩きだ。
「私が無理やり話しかけてるだけかな、後は朝倉くんが優しいだけだよ」
「そうなんだ」
あ、この流れは絶対「じゃあ邪魔だからやめてくれないかな?」って鳴るパターンだ、絶対にそう!
「あ、あのさ、私も同じようにしたら大丈夫かな!?」
ピュアだ……なんて健気で可愛気のある子なんだろう、今日初めて会話したんだけど。
「うーん、無理やりよりお仕事を手伝ったりしてあげてその流れで会話した方がいいと思うよ」
「確かにっ。でもさ、河辺さんも優しいよね」
ん? なんで急にそんな話になるんだろう。
「だって池本さんに無理やり絡まれても全然怒らないでしょ? 『もう!』って言ってても笑顔だしさ」
「香子ちゃんは悪い子じゃないよ?」
「分かってるんだけど……ちょっと怖くて」
あー……まあ声も大きいし結構凄いことも言ったりするから分からないでもないけども。だけど優しいんだ、それに可愛い一面もある、それを彼女に少しでも分かってもらいたい。
「あ、香子ちゃん戻ってきた! ちょっと見てて?」
「う、うん」
だから彼女の可愛い一面を無理やり引き出す必殺の行為をすることにした。
まずは彼女の後ろに回ってそのまま抱きしめる。「あんたなにしてんの?」と不思議がってる彼女の耳元に頑張って口を近づけ「香子」と囁やけば、
「ひゃうぅっ!?」
と、ちょっとえっちな感じの香子ちゃんが出来上がりっと。
「どうかな!?」
「どうかなって……」
先程話していた彼女は困惑顔、他のクラスメイトは私たちを見て複雑な顔、香子ちゃんは両手で顔を覆って「もう嫁に行けない……」なんて言っている。
「あのね、香子ちゃんはなにも怖くなんかないよ! こう見えても家事は完璧だし友達思いだしまだ未体験のピュアな女の子なんだ――あれ? 痛っ、痛いよ香子ちゃん!」
私なりに嫌だったのかもしれない。誤解されたままではもやもやして仕方がなかったのかもしれない。だからこそ「あんたはもう黙れ、いいわね?」と赤い顔のまま言ってくる香子ちゃんを見てもなんで? としか思わなかった。
「なんでいきなりあんなことをしたのよ!」
「え、だって昔にお昼寝している時に同じことをしたら飛び上がったから」
「じゃなくてっ、だからなんでそれをいきなり実行したのよ!」
「え、だってあの子が怖いって言ってたからそうじゃないよって伝えてたくて」
ずびしと指差し全てを吐く。こうなったら当人同士で話し合ってもらうしかない。私にできるのはこれまでだ。
「は? なに、あんたあたしが怖いの?」
「えっ!? あ、べ、別にそういうわけでは……」
香子ちゃんは彼女に詰め寄る。彼女は後ずさり、やがて壁にぶつかってそれ以上は下がれなくなった。
「悪かったわね」
「え……」
「昔からよく言われるのよ、だけどそうじゃないって行動で分かってもらえればいいなと思っているわ。けれど不快に感じたのよね? ごめんなさい」
「あ、ちがっ……こっちこそ分かった気になって怖いなんて決めつけちゃってごめんなさい」
「別にいいわよ」
彼女はこちらを見て目を輝かせる。
そうだ、こーこちゃんは全然怖くない。それどころかいいお姉さんみたいな存在だ。ふぅ、今日もいいことをしてしまったぜ。
「河辺さんは池本さんに抱きついたりするんだね」
「ひゃぁ!? あ……朝倉くんかぁ」
こーこちゃんが驚く理由が分かった気がした。
耳が弱いというより後ろから急に話しかけられることに驚いているんだろうということを。
「よ、用は終わったの?」
「うん、もうお昼休みも終わりだからね、戻ってきたんだ」
その割には彼を呼んだ女の子が戻ってきてないのはなんでだろうか。
まさか告白? でも彼が来てからまだ3日目だから有りえないよね?
とりあえず私も大人しく席に座って次の授業の教科書を出していると、「ああいうことって頻繁にするの?」と彼が聞いてきた。
「ううん、基本的にしないかな、というかできないんだよ警戒されてて」
その警戒の理由を作ったのも私だから悪くは言えないが。
「あんまりしない方がいいと思うよ、大切な友達なら尚更ね」
「はい……」
そうでなくても小さい私の胸を抉るような正論だった。
「に、苦いよぉ……」
「ふんっ、今日の昼にあたしを辱めてくれたからよ」
なるほど自業自得というわけかこれは。
ここに来るまでも、商品を受け取って席に着いた後もずっと不機嫌。
初めて来たと言う朝倉くんは私と同じのを飲んでいるのに「美味しい」と目を輝かせているしこの場所に1番似合わないのはどうやら私のようで。
「いい? あんなこと2度とやるんじゃないわよ?」
「わーん、分かったからぁ、その甘いのと交換してぇ」
「はぁ……分かったわよ、ほら」
「ありがと……」
間接キスとかは全然気にしない私ではあるが、香子ちゃんが嫌がるだろうからと交換してからちゅーちゅー飲み始めた。口の中いっぱいに広がっていた苦味がすぐに甘味に変わって途端に気分が明るくなる。
「そんなに苦くないじゃない」
「えぇ? それを普通の顔で飲めるなんておかしいよ」
「あんたいまここにいる人間を全員おかしい扱いしたのよ? 分かってる?」
「絶対無理して飲んでいる人もいるし、甘いのを飲んでる人だっているよぉ」
わざわざ苦い物を選んだり、辛い物を選んだりする人の気持ちが分からない。やめろなんて言う権利はないから当然言わないけど、なんでわざわざお金を払って苦行をしなければならないのかという話だ。
「思ってもいいけど、おかしいとかって言い方はしない方がいいと思うよ」
「うっ……ごめんなさい」
「ほら、朝倉にも言われてるじゃない」
今日のお昼に注意されてから思ってたけど、朝倉くんに私って嫌われているんじゃないかって感じている。だって言う時にこっちを見ていないし、声音だって少しだけ冷たさを含んでいるからだ。
「朝倉もたまにはいいことを言うわね」
「たまにはって……最近話し始めたばっかりなんだけどね」
だけど対香子ちゃんや他の子相手だと柔らかさが戻ってくるわけで。
「ん? どうしたのよそんなにじっと見てきて」
「ふたりは仲がいいなと思って」
「あたしが朝倉と? まあこいつは悪いやつではないからね」
「僕も池本さんは悪い人ではないと思ってるよ」
「当たり前じゃない、他人に迷惑をかけるようなことはあまりしないようにって心がけているんだから」
そういうところがあるから私は香子ちゃんのことが大好きなんだ。
それでも昔ほど一緒にいられることも少なくなった。他にも色々と優先したいことができたということなんだろう。
「ははーん、あんたさては嫉妬しているのね? あたしが朝倉と仲良くしているから、そうでしょ?」
「うーん、そういうわけではないんだけどね。私は他の誰よりも近くでふたりを見ているわけだし、ただ感じたことを伝えているだけだよ」
ふたりみたいな対照的なタイプ同士で仲良くするというのもいいと思うんだ。その先はどうなるのかは分からないけど、いつかは遠慮せずに言い合えたり、相手のためになにかをしてあげたりなんていう、理想的な関係になれると考えている。
「ごめん、急にあんなことをして。誤解されたままでいたくなかったんだ」
ストローでかき混ぜつつ謝った。「別にもういいわよ」と彼女は答えてくれたが、なんか彼女の優しさありきで行動している気がして猛烈に反省。
「うん、だけどこれからはもうちょっと考えてから行動するね」
「今日のあんたはあんたらしくないわね……」
「そうかな? 私だってあんまり迷惑をかけないようにって考えて行動しているつもりだけど」
「そう考えている人間は急に後ろから抱きしめたりなんかしないの」
「あぅ……ま、まあそれを言われると痛いけど……」
ああいう物理的な手段に頼るのではなく精神的な近寄り方をすればよかったのか。例えば甘いものを食べてもらうとかそういうの、そうすれば純粋に可愛い彼女をあの子に見せることができたというのに。
「ごめん……」
「だからもういいわよ、飲み終わったから帰るわよ」
「うん」
「そうだね」
帰りはちょっと自重してふたりの後ろを歩いて帰った。