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02

「あはは……ごめんね、教科書忘れちゃって」

「大丈夫だよ、もっと近づきなよ」

「う、うん……」


 協力してあげようなんて考えていた自分が馬鹿だった。彼は普通に上手く対応していてクラスの子たちも落ち着きを見せていたというのに、こっちは香子ちゃんが泊まってくれたことに浮かれて朝寝坊しておまけに忘れ物をするという、考えつく限りの最悪のコンボをかましていた。

 男の子にこんな近づいたのは初めてだ。自分が臭くないかとか、近すぎていないかとか、そんな乙女みたいなことが気になって落ち着かない。

 それでもなんとか乗り越え、きちんとお礼を言ってから教室を飛び出した。


「はぁ……近くで見ると強烈……」


 別に他の女の子みたいに彼の見た目にきゃーきゃー盛り上がっているというわけではないのになんかくらくらした。それだけでなく自分よりいい匂いなことにもそうだ。

 いかにも狙っていそうな女の子と席を変わってもらいたい。こういう意識の仕方をしだすとただ隣の席に座っているというだけで意識してしまいそうだから。


「あ、いた」

「あ、朝倉くん?」


 こう爽やかな感じの格好良さだ。あまり積極的に話さないところもそう感じさせることに拍車をかけている。


「うん、なんか慌ててたから悪いことしちゃったかなって」

「ち、違うのっ、ただ教科書を忘れた自分は反省するべきだと思って」

「忘れ物くらい誰だってするよ、次気をつけようって考えるくらいでいいんだよ。僕で良ければ教科書くらいはいくらでも見せるから」

「ふぅ、うん、ありがとう」

「あ……」


 朝倉くんはなにかを言いかけて結局口をつむんだ。もう落ち着いた私は改めてお礼を言ってから教室に戻る。

 だってあんな反応をするのは私らしくない。そして恐らくそういうどもったりを繰り返すことを彼は嫌がっていると思うから。


「苺ー、今日の持久走で勝負よ」

「うん、受けて立つよ」


 昔はずっと小柄な自分に嫌気がさしていた。歩幅だって全然違うから友達と歩くのにも苦労していたから。

 でもそのかわりにとばかりに足の速さを神様はくれた。陸上選手を目指すような程ではないけど、走っている時だけは対等でいられる。

 次の授業を普通に過ごしてついに午前中最後の授業、体育の時間。体操服に着替えてグラウンドに向かうと大変良く晴れてくれていて気持ちが良かった。


「あっつー……」

「だよねー……」


 なんて言ってるクラスメイトの子を余所に準備体操をして高ぶる気持ちを無理やり抑えていた。理由は単純にこの後、美紀ちゃんが作ってくれた美味しいごはんを食べられるから。

 授業が始まりみんなで改めて体操。それが終われば本番開始。


「はっ、はっ」


 大丈夫、自分のペースを守れば一切問題ない。ここで勝負を意識し序盤から飛ばすのはお馬鹿さんがやることだ。


「行くわよー! おりゃああ!」


 ――別に香子ちゃんをお馬鹿さんだと言うつもりはないけど、それで最後まで保つのかな……。

 1周、2、3周とぐるぐる回っていたら段々となにをやっているんだろうという気持ちになってくるが、大事なのはここからだ。

 香子ちゃんはだいぶ前にいる。あれだけ飛ばしていても安定した走りを見せていた。その安定力は素晴らしく見習いたいところ。でも、負けてばかりではいられない、これだけは香子ちゃんにも追いつくことができるのだから。


「なっ!? あ、あんた、いつの間に!?」

「ふふふ、私は序盤に楽をしていたからね」

「だからって絶対負けないわよ!」

「私だって!」


 ――ふたりして大声を出しながら走ったことを教科担任の先生に怒られた。


「っぷはぁ! はぁ……あんたやるわね」

「ふふ、これだけは負けないんだから」


 結果は序盤に飛ばさなかったことがいい結果に繋がり私の勝利。50メートルくらい引き離すことができたため最後の方が寧ろ楽なくらいだった。

 みんなも走り終え授業も終了。後は教室に戻れば楽しい時間のはじまり!


「お疲れ様」


 昇降口で上履きに履き替えていたらちょうど体育館の方から彼がやって来た。他のも女の子がいたことから最初は私に言ってくれたのか分からなくてキョロキョロと周りを見てしまう。

 

「河辺さん足、速いんだね」

「ありがと、これだけしか取り柄がないから」


 どうやら自分だったようだ。だけど変な答え方をすると嫌味な人間になってしまうため自分には~だ的な言い方にしておいた。


「そんなことないと思うけど、授業とかだって真面目に聞いてるし突っ伏していたりしないから」

「普通のことだよ」


 他者に、男の子に褒められるなんてことは全然ないから調子が狂ってしまう。それにさっきから香子ちゃんがニヤニヤしていて気になるので着替えるために移動をはじめた。


「ふふ、あんた案外朝倉に気に入られてるんじゃない?」

「違うよ、格好いい子は基本的にあんな感じだから」


 制服に着替えつつ思い出した、中学生時代にいた男の子のことを。

 あの子は誰かを贔屓するということは一切なく、そして異性だけに優しいということもなくて、最終的には同性の子からも好かれていた。

 話は変わるけどそういう人に私もなりたいと思う。小柄な特性を活かして人を楽しませるとかなんでも手段はある。


「ごっはん、ごっはん!」

「楽しそうにしているところ悪いけど、あんた、あたしに買ったから昼掃除頼んだわよ」

「えぇぇぇえ!?」


 ――しょうがない、それなら早くやってしまおう。

 空き教室を綺麗にしながら考えた。何故お昼休みにも掃除があるのかということを。でも、私は決めた人ではないのだからずっと分からないままで……。


「ふぅ、終わった!」


 キンコンカンコーンと予鈴が鳴る。


「え、あれ、なんで……」


 慌てて教室に戻るともうごはんを食べてる人なんて一切いなくて、つまりもう詰みなことを私に伝えてきていて。席に着いてらきゅぅとお腹が鳴ってかあと熱くなった。


「可愛い音だね」

「――っ!? お、思っても言わないでっ」

「ごめん、だからってわけじゃないけどチョコあげるよ」

「あ、ありがと……」


 ポジティブに考えると計算だったのかもしれないって私は思った。いきなり異性に食べ物を渡すのは緊張するからワンクッション挟んだというか利用させてもらったというか、まあそんな感じで。

 小さいチョコを口に含んで味わっていく。それだけで普通にチョコを食べるよりも満足感があった。


「ごめんね、朝倉くんにはお世話になりっぱなしだ」

「別にいいよ、僕が勝手に仲良くしたいと思っているだけだから」

「私と? なんで?」

「隣同士だからかな」

「あ、確かにこういう時楽だもんね、仲良くしていると」


 少なくとも教科書を見せる、見せてもらうことで緊張しなくて済む。後はもう少しだけ格好良さといい匂いを抑えてくれれば完璧なんだけど、そこはまあ無理なので私が頑張ろうと決めた。


「今月に引っ越しするって分かっていたからひとりでいたんだ」

「そうなんだ?」


 朝倉くんがそうと決めても女の子は放っておかなさそうだけど、どうだったんだろうか。こう気になっていても聞かなかったのは勝手に嫌だろうと判断したからだ。


「うん、でも余程のことがない限りはもうしないって言ってたからどんどん仲良くしていきたいなって思ってね」

「友達が沢山できるといいね」

「ありがとう」


 うぅ、よく分からない安心感を得たら今度は再び空腹感が……。

 放課後までなんとか頑張ったらお弁当を食べて家に帰ろう。


 


「ははは、でもまさかあんなじっくり掃除してくるとは思わなかったわ」

「うん……私もあんなに時間が経っているとは思わなかったんだ……あ、美味しい……」


 ここでまたひとつの問題が、いきなりお腹に入れたせいで今度は痛くなってしまった。そしてこのままだと夜ごはんを食べられるかどうかが分からない、すると美紀ちゃんに怒られるかもしれないという恐怖がやってくる。


「そういえば朝倉からチョコ貰っていたわよねあんた」

「うん」

「ふふふ、なんだかんだで仲良くなれてるじゃない、本当は望んでいるんでしょ?」

「そりゃまあ仲がいい方がいいよ」


 女の子の視線が怖かったりするから彼と仲良くすることはデメリットも当然ある。けれど本人がああ言ってくれているのなら拒むことはしない。持ち前のポジティブさで乗り切ってみせよう。


「ふたりともまだいたんだ」

「そういうあんたこそ残っていたのね、どこに行ってたの?」

「ちょっと係の仕事をしてたんだ。あ、河辺さんのお弁当凄く美味しそうだね、自分で作ってるの?」

「ううん、お姉ちゃんが作ってくれてるんだ。私は一切作れなくて申し訳ないばかりで」

「そっか……ちょっと残念だな」


 残念な女ですみません。香子ちゃんはこう見えても家事を完璧にできるので羨ましいと思っている。うーん、美紀ちゃんのためにもそろそろ家事スキルを磨いておくべきだろうか。


「残念ってどうしてよ? もしかして苺にお弁当でも作ってもらいたかったとか?」

「うん」

「す、素直に認めるのねあんた……」

「というか、普段自分で作ってるから誰かに作ってもらいたいって思っただけだよ。誰が作ってくれても嬉しいから」

「ならあたしが作ってあげようか?」

「いいの? それならお願いしようかな」


 おぉ、これはもしや初めて香子ちゃんが男の子を意識しているところを見れているのでは? 優しいけど基本的に面倒くさがりの彼女は本当にこんなことは言わないんだ。冗談でも言わないので朝倉くんは好みなのかもしれない。


「あのさ、一緒に帰ってもいいかな?」

「あたしは別にいいわよ」

「私はちょっと図書室に寄っていくから今日はごめんね」


 別に気を遣っているわけではない。勝手に勘ぐってそのように行動する私でもない。ただ美紀ちゃんにはちょっとでも楽をしてほしいから少しでも覚えられるように知識を得ようとしているだけだ。


「は? あんた――はぁ、分かったわよ」

「え? ふふ、別に気を遣ったわけじゃないよ? 簡単な料理でも作れるように料理本を見ていくだけ」

「はいはい、それじゃあね」

「じゃあね河辺さん」

「うん、ばいばい」


 さてと、私も残りのを食べて携帯で調べよう。


「いまどきこれを使えばすぐに分かるしねー」


 ふむふむ、炊き込みご飯だったら調味料を入れて炊けば完成か。キノコやサーモン、鶏肉などを入れても美味しいとな?


「ふふふ、お姉ちゃんのためだけじゃなくて自分のためにもなるからいいね」


 サイトをブックマークし教室をあとにする。昇降口から外に出て学校敷地外から出て大して長くもない道を歩けば美紀ちゃんの家がある。


「ただいまー」


 もちろん返事はない。あんな早くに帰ってくるのは非常に稀なことだから。

 お米を研いで水を入れて30分ぐらい放置。そこから鶏肉、お醤油、塩、ダシ、味醂、料理酒、生姜を入れて水をお米の分入れれば準備完了。後は炊飯器にセットして炊いて56分待てば美味しい炊き込みご飯が食べられるわけだ。


「ただいま」

「お姉ちゃんおかえりー」

「ん? なんかいい匂いがするわね」

「炊き込みご飯を作ってみたんだ、もうすぐで炊けるから――あ、炊けた!」


 開けて見てみてもべちゃべちゃしてたり硬かったりとかはなく、ただただ美味しそうな匂いと美味しそうな感触だった。


「味見してみて!」

「うん――うん、普通に美味しいわ」

「やったあ! たまにはお姉ちゃんのためになにかしてあげたいって思ったんだ!」

「気にしなくていいのよ?」

「そういうわけにはいかないよ。あ、だけどお味噌汁はよろしくお願いします……」

「ふふ、分かったわ」


 水の調節が合っていたかどうかが気になってお味噌汁を作るどころではなかった。だから今度は全部作れるように頑張りたい。


「あ、今日もお弁当美味しかったよ、ありがとう!」

「当たり前よ、いまは私があなたの母親なんだから」

「お姉ちゃんの妹で良かった!」

「大袈裟よ、あと抱きつかれると危ないからやめて」

「はーい!」


 お味噌汁ができるまでの間に今日出されたちょっとした課題をやろうと鞄を漁った時だった。


「あ、なんでこれ捨てなかったんだろう」


 それは朝倉くんから貰ったチョコレート菓子の包み紙だ。いくら人から貰った物だからってこんなに大切そうに持って帰ってこなくてもと自分でも思う。


「こら、チョコレートなんてごはん前に食べちゃ駄目よ」

「あ、ごめん」


 今度こそ捨てようと思ってゴミ箱前に移動。軽く握っていた手を開こうとして何故かできなかった。


「なんでぇ?」

「んー?」

「あ、なんでもない」


 朝倉くんから貰った物だからってこと?

 結局最後まで捨てることはできなかったのだった。

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