01
読むのは自己責任で。
会話のみ。
「今日は遅くなるけど、苺は早く帰ってくるのよ?」
「はーい、気をつけてねー」
「ええ」
私は学校前なのに床に盛大に寝っ転がった。
「はぁ……お姉ちゃんの家に住ませてもらってるからなるべく大人しくしてるけど、本当はもっと遅くまで友達と遊んでたい!」
でも前に遅くなるという言葉を信じて遊んでいた結果お姉ちゃん――美紀ちゃんにすっごくすっごく怒られたんだよね……。
だってせっかく高校生になったんだよ? そうしたらもう可能な範囲で仲のいい子たちと盛り上がるべきなんだよ絶対。
多分だけど美紀ちゃんの学生時代の過ごし方が影響しているんだと思う。本を読み、後は勉強をしていただけで3年間が終わっていたとか言っていたし。
「学校行こ……」
のっそりと体を起こして外に出る。
「うん、いい天気っ」
ちょっとだけもやもやしていたものを吹き飛ばしてくれるくらいの素晴らしさが外には広がっていた。
「朝倉俊です、よろしくお願いします」
転校生さんがやって来た。女の子は盛り上がり、男の子は「ぐっ、イケメン!」なんて言って涙を流している。
「朝倉は河辺の横な」
「はい」
かわべ……あ、どうやら私の横らしい。座る前に「よろしくね」なんて言って気さくに話しかけてくれた。私も普通に返して笑顔を浮かべる、上手くできていたかは知らないけど。
気になったのは男の子のくせに私よりいい匂いだということだ。嫌な感じはしないので香水の類ではないと思う。使っているシャンプーやボディソープが高いのかな?
HRが終了し朝倉くんの周りには沢山の子が殺到した。横の席の私はぐいぐい追いやられ、気づけば壁にめり込んでいた――なんてことはなかったが、いづらくて休み時間は廊下で過ごすことを選択。
「凄い人気ね、朝倉」
「だねー」
いま来てくれたのは池本香子ちゃん。小学生からの仲でこーこちゃんが優しいからこれまでずっと関係が続いている結果となっている。
「あんたはああいうやつが好きなんじゃない?」
「え? うーん、確かに格好いいけど、そういうのはないかなー」
「なるほどね」
それにどうしてこんな中途半端、5月後半に転校してきたんだろうか。普通に入学することは不可能だった? それともお父さんの転勤とかで無理やり前の高校から移動する必要があったとか? 私は朝倉くんじゃないから考えたところで分からないままだけど無駄に考えてしまう。
「そうだ、帰りにまたハンバーガー屋に寄ってく?」
「うーん、遅くならない?」
「食べて帰るだけよ」
「じゃあ寄ってく。ポテト食べるんだ!」
「ははは、あんた好きねあれ」
塩とチーズと芋、その組み合わせは最強でいくらでも食べられる気がするんだ。お金と胃の許容量が少ないので沢山食べることはできないけれども。
「ふぅ、やっと解放された……」
「初日からいきなりモテモテね」
「そういうのじゃないよ、僕はモテたりなんかしないから」
影のある笑み、この中途半端な時期に転校してきたのと関係があるのだろうか。
「河辺苺さんと池本香子さんだよね? 1年間よろしく」
「へえ、どうして知ってるの? まさかあたしがタイプだとか?」
「クラス名簿を見せてもらって覚えたんだ」
「完全スルーね、ツッコみなさいよ」
「ごめん」
「あーはいはい、それこそあたしを好く人間なんていないわよねー」
「そういうことじゃないよ」
恐らく違うと即答してもこーこちゃんの気を悪くさせると判断したんだろう。同じことを聞かれたら私だって似たような反応をすると思う。ゆえに彼は間違っていない。
「ごめん河辺さん、僕のせいで邪魔しちゃって」
かわべ……あ、私か。関わる子からは名前でしか呼ばれないから名字を忘れそうになる。「ううん、私が判断して勝手に出ただけだから」と答えた。
「あんた苺に迷惑かけるんじゃないわよ?」
「うん、頑張るよ」
別に迷惑というほどではない。ただ気になる人に近づきたいそんな子たちの邪魔をしたくなかっただけだ。
「朝倉、池本、河辺、授業を始めるから中に入れー」
「「はい」」
「分かりましたー」
――勉強は嫌いではないので授業も真面目に受けた。時々横の朝倉くんを確認してみると真っ直ぐ前を見つめ真面目な感じで格好良さに拍車をかけていた。ちなみにこーこちゃんはぐーすか寝ていたので差が凄いことになっていた。
お昼休みになったらいつも通り彼女とご飯を食べて「今日は集中してたから疲れたわ」なんて言ってる彼女に苦笑。
お昼休み後の授業は眠気と戦いつつではあったけどなんとか最後まで無事に真面目な生徒を振る舞うことができて一安心。
放課後になったら決められた場所を掃除してこーこちゃんと約束のお店に移動。大好きなポテトと飲み物を注文して食べ始める。
「え? 寄り道してないでしょうねって? あーうん、大丈夫だよー」
美紀ちゃんから連絡がきても冷静に対応。このお店はBGMも他のお客さんの喋り声もそんなに大きいわけではないため乗り越えられると思っていたのだが、こーこちゃんが「いまハンバーガー屋にいるよー」とネタバラシをしてしまった!? 美紀ちゃんもそれに反応し「逃げないでそこで待ってなさいよ」と残し電話を切ってしまう。
「裏切りものぉ!」
「別にいいでしょ、隠していた方が美紀は怒るわよ」
「そうだけどさぁ……」
これで夕ごはんを沢山食べさせられることになったんだよ? もう無理、お腹苦しいと言ってもやめてくれないあの恐怖……体験したことがないから彼女はそんなことが言えるんだ。
「さっさとポテト食べちゃお!」
とにかく早く食べておかないとこれを食べられてしまう。これは日々の癒やしなんだ、さすがに大好きなお姉ちゃんにでもあげることはできない。
「苺、早く帰るのよって私言ったわよね?」
「え、はやっ!?」
ポテトの上に覆いかぶさるようにして守りを固めた。が、美紀ちゃんはポテトなどに微塵も興味を示してはおらず。
「やっほー美紀」
「ええ、いつもありがとう、苺といてくれて」
「別にお礼なんていいわよ、今度あそこに連れてってくれればね」
「ふふ、分かったわ」
それはお礼を求めているのでは? というかふたりは私に行き先を教えてくれない。何度聞いても「あなたにはまだ早いわ」「あんたにはまだ早い」と言われ躱されてしまう。尾行も考えたことはあるが、バレたら後々大変なことになるのでしてはいなかった。
「さ、帰るわよ苺」
「え、まだポテトが……」
「早く食べなさい」
「はーい……」
なんで美紀ちゃんはこうも私を早く帰らせたがるんだろう。はっ!? まさか自分がちょっと暗い学生時代を過ごしたから妹にもそうさせようとしているの!?
「ちょっと過保護なんじゃない? あたしだっているし外での苺のことは全面的に任せてくれても大丈夫よ?」
「駄目なのよ、だってこの子を外に長く出していると……こうやってお金の無駄遣いばかりをするじゃない」
「む、無駄じゃないよっ、ポテトさんが私を呼んでるんだもん!」
こうなったら美紀ちゃんにも味わわせて分かってもらうべきだろうか。私のお金は姉の物のようなものだし権利があるのだか……ら?
「駄目なのよっ、お金は大切に貯めておかないと!」
姉はドバンと机を叩いて(駄目)、えらく必死な様子だった。
「お、落ち着きなさい……どうしたのよ?」
「だって貯めておかないと車の免許が取れないのよ!? そのせいで長距離歩くか電車通勤になってしまうのよっ? 満員電車は大変なのよぉ……!」
「あぁ、美紀が無駄使いをしてきたから苺にはそうなってほしくないってことね。だったら素直にそう言いなさいよ」
なるほど、だから家にはあんなに本ばかりがあるんだ。それも意外にも漫画ばかりだから面白い。あと、なんか男の子同士で仲良くする物が多い気がする。そういうのってなんて言うんだっけ? B……BLT? だっけ。
「ごめんね苺、お姉ちゃんがこんなにしっかりしてなくてごめんね……もう出ていくわね」
「いや、苺は美紀の家に住んでいるじゃない」
「そ、そうだったわ!?」
「あんたなんでそういう風に過ごさないの?」
「え?」
「中身は生粋のオタクなのにどうして堅っ苦しい話し方をしているのよって言ってんの」
そういえばそうだ、昔はこんな感じでハイテンションだったというのに。いまは美人な女教師みたいな話し方を心がけているように見える。でも私は知ってるんだ、漫画を読んで「ぐへへ、マジサイコー!」と盛り上がっていることがあることを。
「だ、だって苺の姉としていい感じでいようと思ったのよ……」
「だからって無理したらそりゃ疲れるわよ、家でくらいあんたらしくいなさい」
「うん……でも苺はいいの? 私は苺にとって格好いい感じでいたかったんだけど!」
「私はお姉ちゃんに無理してほしくないから」
あとついでに一緒にポテトさんを食べてくれれば嬉しいなと思う。だから無理やりはぁと溜め息をついた後の口にポテトをねじ込む。「あむっ!?」と驚いていた美紀ちゃんだったが普通にもしゃもしゃと食べて「冷めているけど美味しいっ」と瞳を輝かせていた。
「あのお客様、あまり大声を出されると他のお客様にご迷惑が……」
「す、すみません、すみませんっ!」
私のせいでもあるので食べて飲んで会計を済まして店内から出た。まだまだ明るくて家まではそんなに急ぐ必要はなさそうだ。
「美紀、今日のごはんはどうするの?」
「お鍋かしら」
「えっ、それなら行ってもいい!?」
「別にいいわよ、それならスーパーに寄って帰りましょうか」
「うん! ほらっ、苺も行くわよ!」
「わぁ、ひ、引っ張らないでー!」
スーパーの間も、家に着いた後も、準備をしている最中も、彼女だけは大はしゃぎだった。
「ふぅ……そろそろ帰ろうかしら」
「あなた食べすぎよ、あなたは苺と違ってハンバーガーだって食べていたのにお肉何枚食べたの?」
「35枚!」
律儀に数えていたなんて凄い。私も薄いお肉が大好きなので物凄く味わって食した。後はウインナー! ポリポリしてて美味しいっ。
「ふふ、まるで家族みたいね、もう住む?」
「美紀がいいならいいわよ?」
それだったらもっと楽しくなると思う。私もこーこちゃんなら大歓迎だ。
「ま、いつでも来なさい。送るわ」
「別にいいわよ。苺は寝てないでさっさと風呂に入れ!」
「あーい……」
直前にお芋さんを食べていたせいでお腹の具合がだいぶやばい。動きたくない、このまま適当にぐーっと寝たい。
「寝るな……っの!」
「ぐへぇ!? お、お腹がぁ……」
「ただ触れただけでしょうが。寝たら駄目よ、さっさと風呂に入らないと」
「うぅ……もう、なんでこーこちゃんが仕切ってるの!」
ごはんまで食べたうえにこの振る舞いは暴君すぎる。もうちょっとくらい遠慮というのを覚えた方がいい。ほら、親しき仲にも礼儀ありというやつだ。
「あんたはあたしにとって妹みたいなものなの、だからきちんと躾をしなければならないってこと」
「……お姉ちゃんなら泊まってってよ」
「は? 美紀がいいならいいけど」
こーこちゃんとはずっと一緒にいたい。美紀ちゃんと同じくらい大好きだし口調とは裏腹に優しい子だからだ。
「私は別にいいわよ?」
「はぁ……それなら寂しがり屋な妹のために泊まっていくわ。さ、一緒に風呂に行くわよ」
「あーい」
でも新たな問題が私を襲う。
「この温かさは逆に眠くなるぅ……」
たらふくごはんを食べたせいもあると思う。ひとりじゃなくて良かった、もしひとりで入ってたら溺れてちーんエンドだこれでは。
「はぁ……あんたは面倒くさいわねぇ」
「あ、そうだ……朝倉くんいい子だったね」
仲良くなれたら転校してきた理由だって教えてくれることだろう。別にそれが聞きたいから仲良くする――なんてことはしないが、できる限りの人とは仲良くなりたいと考えている。
「そう? なんかちょっとマイナス思考をしているところもありそうだけど」
「誰だってあるよそういうのは」
「あんたも?」
「私はあんまりないかもだけど」
マイナス思考でいたら本当に状況が悪くなってしまう。そんなことはしたくない、それに自分の周りにはこんないい子たちがいてくれているのだから勿体ないのだ。
「ま、うざくなさそうではあるけどね、チャラい人間は嫌いだし」
「うん、怖くなさそうで良かった」
「後はまああいつが上手く馴染めるかどうかね」
「大丈夫だよ、私でもなんとかやれてるんだもん」
私を嫌わない子たちがあんな格好いい子を嫌うわけがない。
もし難しそうなら隣の席の存在なりに協力していこうと決めたのだった。