狙撃兵
“太古の昔、ゆるぎない現在、遥かなる未来”
“慈愛の大地、崇高なる大空、母なる海原、そして無限の宇宙”
“いつの時代にあろうとも、いずこの世界にあろうとも”
“血が流れぬときはなく、魂が燃えない場所はない”
“人は争い、殺し合う”
“これは私が見守ってきた、そんな戦士たちの記録”
“そこには、ロマンも感動もない。ただ、生と死の冷淡な現実があるだけ……”
――狙撃兵――
〜未来〜
惑星B−57。
国際軍事連絡機構に、反連合原理主義のアジトがあるとの情報がもたらされた。
ただ、磁気嵐のため、戦闘ロボット自律侵攻の緊急時遠隔操作が難しいと判断された。
そのため、軍事連絡機構第6管区宇宙艦隊旗艦「AOSORA」所属の戦闘実行隊が偵察部隊として派遣された。
空母「AOSORA」から、特殊作戦シャトルが発進し、ステルスモードで流星を装いながらB−57に接近する。
そのシャトルから支援衛星が数機切り離された後。
オルタ特務曹長を隊長とした8人の惑星戦闘実行隊、および19式惑星探査高機動バギー2両がシャトルから飛び出した。
装甲宇宙服をまとう彼らは、B−57の大気圏へと突入する。
赤い光点となりながら落下し、高度1万メートルで翼型落下傘を展開する。
互いに連携をとりながら、B−57地表面へと降下した。
彼らは素早く19式を回収し、移動を開始する。
6時間後、19式高機動バギーの助手席に座る装甲宇宙服の男は、ヘルメットの内部で、視線を動かす。
彼の脳内部の電気信号の活性部位をヘルメット内部の電極が感知し、さらにバイザーの瞳孔センサーが彼の視線を追う。
そうして彼は、バイザーに投影されるタスクバーから通信を選択する。
「おい、新入り。俺たちの行動限界は?」
後部座席の“新入り”は答える。
「はい! 汗、尿の循環処理能力、および静脈栄養の補給と、それに対する人体の許容から2週間です」
隣を走る19式から通信が入る。
「いや、それは違うな。3日だ」
“助手席の男”が言う。
「ほう、B1、そりゃなんでだ?」
そこに通信が入る。
「俺の性欲がそれ以上もたん」
通信機から一斉に笑いが漏れる。
“運転席の男”が言った。
「新入り、ちゃんと、くそはしたんだろうな」
“新入り”は答える。
「はい。ホモ野郎の医官に、ケツの穴から口の穴まで、何も固形物は入っていないことを証明されました!」
一同は笑う。
その瞬間だった。
隊員のヘルメット内部にアラームが鳴り、隊員B2の脳波と心電図がフラットになったことを知らせる。
“助手席の男”が隣を走っているはずの19式2号車をみると、2号車は、ひっくり返っていた。
次いでB3隊員の心電図がフラットになったことを知らせるアラームがなる。
“運転席の男”はすぐに事態を悟った。
B2隊員は優秀なドライバーであった。そして彼の死亡と車両事故が意味するところは。
“助手席の男”が、
「コードレッド!! 進路をランダムパターン!!」
と叫ぶまでもなく、“運転席の男”はハンドルを切る。
高機動バギーがジクザクに走る。
その運転席の前を、緑の光が一瞬横切った。
と19式のセンサーが感知し、隊員たちに警告音を鳴らす。
「おせぇんだよ!!」
“助手席の男”は怒鳴りつつ、
「A3、支援衛星に狙撃装置を解析させろ!!A2、ランダムパターンを維持したまま、2号車に接近しろ!!」
とわめいた。
狙撃兵アサドには主義主張もない。
ただ任務に忠実なだけであった。
地面埋没型のカプセルで3日に1回の補給と体のメンテナンスを行いつつ、1か月を過ごしていた。
そして本日、あたりに張り巡らせたセンサーの一つに不審な振動を感知した。
レーダー反応、熱反応、生物電気生理反応も感知できなかった。
すなわち、それが熱、電磁波遮断システムを完備した部隊、すなわち国際軍事連絡機構の部隊であることを、アサドは疑わなかった。
すぐさまアナログの超望遠光学スコープを覗き、3キロ先に2台の車両を発見した。
連中も高度なセンサー郡を持っているに違いなかった。
だから、高度な自律狙撃兵器は使えなかった。
彼は再び手元の大出力レーザー狙撃銃を構える。
しかし、2番目の標的の車両は、すでに狙撃に気づき、ジグザグに走行を行っている。
そこで彼は2番目の車両をあきらめ、最初に運転手を撃たれ、今はひっくり返っている車両に銃を向ける。
車両の影に、二人の人影を認める。
「新入り……じゃなかったA4! 状況は!!」
“助手席の男”がヘルメットの中で声をあげる。
“新入り”が、 右に左に揺れる車両の中で転げながら叫ぶ。
「砲撃衛星の到達は25分後!!」
「くそったれ!!! A3、煙幕弾にレーザー拡散粒子は!!」
“助手席の男”は、適当な方向に、手元のビームライフルをぶっ放しながら叫ぶ。
もう一人の後部座席の男、車両搭載のレールキャノンをぶっ放している“A3”が言い返す。
「ねぇよ!! あのくそ主計課のハゲ三佐が、コスト削減とやらで搭載を許さなかったっていったろ!!」
「あん!?」
“助手席の男”の声に“A3”が付けくわえる。
「この磁気嵐だ。実弾、エネルギー照射を含めて、遠距離狙撃攻撃ははないとかぬかしやがったんだろ」
「くそっ。そうだったっ! あのアホ!!」
“助手席の男”は悪態をつく。
運転手の男が急ハンドルを切り、
「そのアホに丸めこまれたのはどこのどいつだ」
“助手席の男”が転げそうになりながら言い返す。
「ああ、俺だよ!!」
アサドは、ジグザグ走行をしながら、とりあえずこちらの方向にビームライフルとレールキャノンを撃ってくる車両は無視し、ひっくり返った車両の影の人影、その唯一露出している腕に照準を絞る。
“助手席の男”のヘルメットに“B1”の文字の点滅とともに通信が入る。
「……A1……報告……、右腕をふっ飛ばされた!! くそ野郎は、2時の方向だ……!!」
“助手席の男”がわめく
「くそっ!! おい、B4!!」
「こちらB4!! B1のスーツの閉鎖とベークライト止血は正常。とりあえず生命機能に問題はない!!」
通信が入り、“助手席の男”が叫ぶ。
「B1、後で再生させる。 頭だけは吹っ飛ばされんなよ!!」
その時、1号車両は、ひっくり返る2号車両の前を通過した。
アサドは舌うちをする。彼は狙いをつけていた2号車両から、その前を目ざわりにジグザグ走行する車両へと標的を変える。
“助手席の男”の、
「A2、狙撃手の狙いはこっちにつけさせろ」
との通信に、“運転席の男”が通信を返す。
「わーってるよっ!!!」
アサドは狙いをジグザグ走行を続ける車両の予想進行方向に向かって、大出力レーザーライフルのトリガーを引く。
ちょうどその時、“運転席の男”がハンドルを切り、1号車両のフロントガラスに穴があく。
「みんな、生きとるなっ!!」
“助手席の男”は、全員の生命反応を確認する。そして、
「A3! 狙撃者の位置は! 衛星はまだかっ!」
と“A3”に叫ぶ。
“A3”が、
「観測衛星でも解析は無理だ! 何のために生身の俺たちがでっかい六分儀の骨董品にかさばる辺境星座マップを抱えて降下してんだよっ! この磁気嵐のためだろう!!」
と言い返す。
“助手席の男”は、ちっと舌打ちをする。そして、意を決したように言った。
「B1、B4、確か、6式迫撃砲があっただろ!!」
と通信を入れる。
「ああ……――おい、まさか!!」
との通信が返る。
“助手席の男”が、再びハンドルを切った車両の中で転げながら言う。
「そうだよ。60ミリNBだっ!! 俺達が囮になっている間に、2時の方角のどっかに、適当にぶっぱなせ!! 自爆にならないぎりぎりのところでな」
その車両の前に光が突き刺さり、土煙りがあがる。
“運転席の男”が、
「おい!! いいのか? 管理委員会も通さずに……、特に第六管区じゃ……」
再びハンドルを切り、車両を横滑りさせる。その脇を光が通り過ぎる。
「いいんだよ!! 見晴らしを良くするための“土木工事”だ」
助手席の男がビームライフルを適当にぶっ放しながらいう。
“新入り”が叫ぶ。
「しかし、いいんですか?惑星改造の土木工事なら確かに許可されますが、それも委員会を通さないと……」
“助手席の男”が言い返す。
「責任は俺がとる!! そして後であのクソ三佐になすりつけてやるっ!!」
アサドは、階級もない、反連合原理主義の戦士だった。
気がついた時には銃をもって、気がついた時には戦っていた。
なんのために戦うのかは知らない。考えたこともない。
強いて言うならば、自分の生きている場所で生きていくためだった。
そして、今、確かに彼は生きていた。
彼は今まで叩きこまれた技術、研ぎ澄ました感覚を、一心にスコープのレティクルと指先に集中させていた。
そして、これまでの人生の集大成を放とうとした時、スコープの片隅に何かを捉えた。
2号車両の影から発射されたそれは、アサドから2キロ離れたところへと放物線軌道を描き、そして、そこで太陽となった。
灼熱の光と爆風が放たれる。
アサドは、狙撃手であり、その狙撃手がさらされる脅威は一通り知っていた。
狙撃兵器に対する有効兵器は狙撃ではなく、面で制圧する兵器である。
すなわち榴弾、対戦車兵器、携帯誘導兵器、支援爆撃、支援砲撃、そして、この時代であれば工作用小型核爆弾であった。
アサドは本能的に死を悟った。
反連合原理主義の抵抗組織B−57支部にとって、アサド、及びその他に配置した狙撃兵は囮だった。
アサドは知る由もなかったが、この核爆発を察知したB−57支部は、国際軍事連絡機構が迫っていることを確信し、脱出を開始することとなる。
だが、アサドはそれを知ったところで、なんの理不尽さも感じなかったであろう。
電磁波が、軍事用プロテクトを持たない粗末なつくりの反連合原理主義の使用するセンサーをダウンさせ、また、アサドの生命維持カプセルのシステムをダウンさせる。
同時にアサドは、自らが核兵器に匹敵する兵器であったことに、充実感を覚えながら、光と熱に包まれた。
そしてアサドは、自身に降り注ぐ光の中に、神々しい女の姿を見た。
青い鎧に、翼の髪飾りをした女だった。
アサドは、その女の包容を受け止めながら、その体を燃やした。
“私は、その魂にいいました”
“神々が黄昏を迎えるまで、あなたに栄光の戦場をあたえましょう”
狙撃兵あとがき
未来の戦争像を淡々と描写しました。
今回に物語性はありませんので悪しからず。
核技術も惑星開拓の時代になれば、土木工事用の技術として一般化されるかもしれません。
そんなとき、被爆国日本はどのように向き合えばよいのでしょう?




