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後編

後編です。

前編から通しで読んでいただくことをオススメいたします。

 ……キミは窓辺に戻されていた。走って逃げだした、あの窓辺にね。


 しばらくは……そうだな、ざっと10分ぐらい、キミはその場で立ち尽くしていた。


 呼吸は早く浅く、手足は震え、鼓動は全力疾走後の如く早鐘を打っているようだった。


 ……鼓膜を撫でた()()悍ましい声が、こびり付いて離れないんだろう、無理もない。




 やっとのことで意識を取り戻したキミは、ゆっくりとあたりを見渡す。


 状況は、どうやらキミが窓を開けて、突風が吹きこんできてすぐの時点のようだった。


 床に散乱する枝葉、小石、新聞紙、そしてあの時計。


 時計は激しく落下したにも関わらず、カチコチと健気に時を刻み続けている。



 示す時刻は、2時40分を少し過ぎたあたり。



 不幸中の幸いとでも言うべきか、"2時5分の呪縛"からは逃れられているようだ。


 キミはまずそこまで理解してから、ゆっくりと深呼吸をした。

 そして改めて室内を観察する。


 床に物が散乱されている以外にも変化があった。


 まず、他の入院患者用ベッド周りのカーテンが、すべて全開になっていた。

 しかも、シーツはきっちり整えられ、備品なども何も置かれていない。


 つまり、誰も()()()()()ことになっている状態だ。


 ……そうだ、時々ラウンジで会話をしていた明るい笑顔の"カノジョ"も、余り笑わないけど妙に見舞客がたくさん来ていた幼い"カレ"も。

 綺麗さっぱりと、いた形跡が無くなっていた。


 あまりの不自然さにまた一瞬怖気が走るが、キミは頭を振ることで何とか振り払う。



 続いて気が付いたのは、窓の外の景色だ。


 正直、()()()がまだ脳裏にあったキミからしたら、声がしたであろう忌々しい窓が目に入ったのは、全くの偶然だったと思う。でも、キミは気が付いた。


 枝葉が折れた街路樹は最後の記憶と変わらないように思えるが……木々の間の外灯に、うっすら明かりが点いていたのだ。

 ただし、橙色に儚く揺れる光は弱弱しく、いかにも"切れかけ"といった雰囲気ではあるが。


 それが、より一層キミの心の引っ掛かったようだ。眉根に皺を寄せて思案顔で一言呟いていたよ。



 あんな外灯だったっけ? と。



 ……キミの中で何が引っ掛かったのか、ワタシには分からない。

 が、確かにそう呟いていたよ。



 そして、これは恐らく重要なことだ。


 ……廊下に続く扉が、開いていたことだ。



 今まで幾度となく繰り返してきた試行の中で、あの扉が開いていたことなど一度たりとも無かったからね。


 開け放した窓から微かに吹き込む風に、応えるようにその扉がカタカタと音を立てる。


 キミは、ゴクリと唾を飲み込んだ。



 これまでの中で、明らかに最も変化が起きている――

 そう悟ったキミは、未だ重たい足取りながら点滴台を杖替わりに、一歩二歩と部屋の外へと向けて歩き出す。

 ……さすがに背後からの声が効いたんだろう、若干半身の姿勢で、窓の方を気にしながら。



 幸いにも、というべきか。何も起こらずキミは廊下まで辿り着いた。


 その景色は、()()の逃走の最中(さなか)で見たものと代わり無かったように思う。


 常夜灯のみの薄暗い廊下。ここを右手に進めば、目指すナースステーションがあるはずなのだ。

 そして……進もうとして、窓辺へと戻されたのだ。


 そのことを思い出したんだろう。


 数秒の黙考の末、キミは覚悟を決めたように――左手へと歩き出した。




 ペタリペタリ……キシリキシリ……




 人気のない廊下を、スリッパが床を叩く音と点滴台が軋む音が進んでいく。




 しかし……キミもよく知っている通り、この廊下は左手に進んでも先は長くない。

 キミのゆっくりとした足取りでも、程なくして終端に辿り着いてしまう。


 そこにあるのは、大きな窓と非常用の扉。どちらもしっかりと鍵が閉まっている。



 ……ここまでくれば、キミも中々肝が座ってきたらしい。


 一つだけ、長い息を吐いた後。


 窓の鍵を開け、勢いよく引き開けた!






 ……






 しかし、何も起こらなかった。

 強いて言えば、目を硬く瞑ったキミの前髪を風が少し揺らした程度。


 外の景色は相変わらず暗く、窓のすぐ外のバルコニーの存在を薄っすら感じられる程度だ。



 ……覚悟が空振りに終わっても、キミの顔に安堵はなかった。


 険しい表情のまま、また一つ息を吐き、今度は非常用扉のドアノブに手を伸ばす。


 カチリ、とサムターンを回す。ドアノブに手をかける。


 力強く握りしめ、そして、勢いよく引き開けた!






 ………………カチ







 静寂の中かすかに聞こえる小さな音に、思わず瞑っていた目を恐る恐る開けると………








 そこは、()()()窓辺だった。



 ……そう。また、だ。また戻されたのだよ。

 微かに聞こえた音は、床に転がる置き時計のモノだったわけだ。



 それを理解した途端、キミは安堵と落胆を混ぜたような長いため息を吐いた ……今のキミのように。


 続けて、力を失ったように床に座り込んだ。緊張の糸が途切れたようだね。

 しかしながら、それでもキミの瞳は、力を失ってはいなかった。


 ワタシも、キミが()()を時が戻される直前に目にしたことに気が付いたから不思議ではなかったよ。



 それは並んだ病室のうち、廊下突き当りに一番近い部屋。

 その扉が、わずかに(こぶし)ひとつ分ほど開いていたのだ。



 座りこんでいたのは1分ほどだったろうか。

 キミは、今度こそ力強く立ち上がり、病室を出て左手へと進んでいく。


 迷いのないキミの足取りなら、目的地にはすぐたどり着く。



 廊下突き当たりの病室。

 壁には、部屋番号の”501”のプレートが掛けられている。


 その横には、入院患者の名前札も4人分掛けられているようだが、どの名前も掠れていて判別できない。



 そして……やはり、扉は開いている。



 キミは、恐る恐る、ゆっくりと、その扉を横に引いていく。



 キリキリ……キリキリ……



 僅かに軋む音を残して、しかし抵抗は無く扉は開ききる。



 薄暗い病室だが、中の様子はわかる。


 入ってすぐ脇には、医療器具を運ぶ為のカートが倒れ、載せられていただろう医療器具類が散乱している。

 それぞれのベッド廻りのカーテンは閉め切られ、やはり人の気配はない。


 そして、病室の突き当り。どの病室にもある、窓。その一つが、全開となっている。


 窓の外もまた、暗い。 ……いや、自分の病室よりさらに暗いようだ。ただ漆黒だけが窺える。



 これまでの経験で、キミももう進むべき道がなんとなくわかったのだろう。

 逡巡は本当に僅かの間。しっかりとした足取りで、開かれた窓へと向かって歩いていく。



 カシャリ



 床の医療器具とキミの点滴台がぶつかり、小さな音を立てる。

 しかし、キミは気に留めない。歩みを変えず、一歩一歩と窓へ進む。


 病室半ばまで進んだ、その時。



 ビュオォッ



 一際強い風が吹き付け、キミは足を止める。

 しかし、不思議なことに、周りのカーテンは微動だにしていない。


 これは、明らかにあの全開の窓から発せられた"異常"だろうと、キミも思ったに違いない。

 入り口方向へと押し戻される力に抗いながら、脚に力を入れてまた一歩ずつ歩いていく。


 途中で点滴台すら倒れ、針が腕から外れても、キミはただまっすぐと窓を目指す。




 ……そして、たどり着いた。


 やはり、外の景色は深い闇だ。


 未だ強い向かい風を感じ、眉根をしかめながらも、キミは注意深くその闇を観察する。

 しかし、そこにあるはずの街路樹や外灯も見えない。


 眼下にも視線を移すが、やはりそこには何もないように見えるが。













「さぁ、いこう」













 耳底じてい()()不快な声を感じた瞬間 ――キミは、窓から、地面へと、落下した。














 ――さて。


 こうして、キミはいまここに至るわけだ。


 しかし、キミは本当に幸運だ。あれだけの高さを落下して、こうして生きながらえているのだからね。


 奇跡的、と言って差しつかえないだろう。


 怪我の程度も、まぁしばらくは療養に努めてもらうことになるが、しっかりリハビリを行えばまた普段の生活に戻れるだろう。






 ……はて、どうしたんだい? そんなに青ざめた顔をして震えて。



「――全て思い出した」



 そうかそうか! それは良かった。ワタシの話も役に立ったようだね。



「し、質問……してもいいですか?」



 ああ、もちろんだ。なんでも質問してくれたまえ。






()()()()()?」






「どうして、ここにいる皆、誰もあなたに気が付かないんですか?」







「……どうして、私の行動を、全て()()()()()()()話せるんですか? ――誰もいなかった、はずなのに」







「どうして、あなたの声は、聞き覚えがある()()()に似ているんですか?」







「どうして――」







「どうして、そんなに笑っているんです、か?」






 あぁ。簡単なことだよ。







 ワタシは


 ずっと見ていたからね。


 ずっとそばにいたからね。


 ずっと、声をかけていたからね。


 ずっと。導いてきたからね。

 ――大好きな、キミが、ワタシと()()()()をしてくれるように。




 さぁ、これからも、ずっと 一緒にいよう。


 ずぅっと一緒に。


 何度も何度も何度も。


 何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も 何度でも






 一緒に。()()()()()()じゃないか。






 ワタシが、()()したようにね。


以上、前後編にて完結です。

最後までお付き合いいただき、ありがとうございました。

ご意見・ご感想をいただければ、望外の喜びでございます。

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[良い点] こわい!!汗 最初から不気味な語り部スタートでしたが細かいところまでの描写をセリフでスマートに伝えている部分がおもしろかったです。そう、もうすでにこの辺から不気味なんです。 しかも、それが…
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