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前編

初投稿・初執筆です。

様々なご意見ご感想、お待ちしております。

 ……やぁ、目が覚めたんだね。




 大丈夫だ、大丈夫。安心してくれたまえ。キミも見知った天井だろう?


 そうだ。キミが入院している、いつもの病室だ。


 ……横でキミの母親が泣いているのが気になるのかい?そりゃあ、あんなことがあった後、だからね。


 それに、キミは丸一日 目を覚まさなかったわけだし、ワタシだって心配したさ。



 ちょっとこちらの指を目で追ってくれるかい?

 ……うむ……うむ、問題なさそうだね。こちらとしても、ひとまず安心だ。



 その顔は、何が起こったかわからない、といった感じだね。


 いやいや、無理もない。昏睡から目覚めてすぐというのは、大体記憶が混乱するものだよ。珍しいことではないさ。

 ゆっくり息を吸って、ゆっくり息を吐いて。……そうそう。


 あぁ、いいんだ、まだ身体を起こさなくて。そのまま楽にしていていいんだ。


 ただ……そうだな。全く記憶がない、というのも気持ちが悪いだろう?

 あの夜に起きたことを、ワタシが知っている限りではあるが、話してあげよう。


 なに、キミはそのまま聞いていてくれればいいさ。聞いているうちに、段々と思い出してくるかもしれないからね。





 さて。どこから話そうか。

 まず……キミの記憶が何処で途切れているか、が問題だ。


 一昨日のことは覚えているだろうか。

 朝から風がやたらと吹き付けて五月蝿(うるさ)かった、あの日だ。


 ……そうそう。あの日は急患で運び込まれる人も多かったようでね。看護師連中も医者もみんな、やたらと早足に動き回っていて忙しそうだっただろう。


 こう言ってはなんだが、キミの主治医の"カレ"も気がそぞろで、いつもの回診もワタシからしてみれば片手落ちだったように思えるがね。


 あぁもちろん、何かをミスしたとか病変を見逃したとか、そういう事じゃない。なんたって、キミの容態は安定そのものだったんだからね。


 退院までは長い道のりなのだから、今の段階で悪い事が起こっていないというのはこの上なく僥倖(ぎょうこう)なんだよ。


 そう、だから、扉と窓の向こうはともかく、この病室の中は至って平穏。いつも通りだったように見えたが、違うかな?


 対してキミは、いつもの好きな音楽を聴いて口ずさむぐらいしか楽しみはなかったかも知れないが、まぁ、それもいつも通りだということの証左だろう。


 ここだけの話、同室のあの"カノジョ"はその歌手とキミの歌声が中々好みようだよ?今度話のネタにでもすると良い。


 ……すまない、すまない。これは無粋だったね。



 ごほん。



 まぁ、つまり、だ。ワタシが見る限り、キミは眠りにつくまで特にいつもと変わらない一日を過ごしていたわけだが……どうかな?


 ……そうか、ここまでは記憶もあるようだね。


 では、肝心の……その夜の事だ。






 キミは、不意に目が覚めてしまった。

 時計を見れば、針はまだ夜中の2時5分を指したところ。当然、まだ窓の外は真っ暗。


 雨風はすっかり止んだのか、外は昼間の喧騒が嘘のような静けさ。床頭台(しょうとうだい)の置き時計が刻む音が大きく感じるほどの。


 そしてキミは、今の季節には似つかわしくない寒気を感じ、反射的に掛布団を引き寄せて身を縮めた。

 窓の方を見るが、鍵までしっかり閉まっており隙間風が吹き込んでいるようには見えない。


 では、冷房が効きすぎているんだろうか。

 若しくは、最悪なことに風邪でも引いてしまったんだろうか。


 キミは言いようのない不安に襲われ、枕もとのナースコールに手をかけ、そのボタンを押し込んだ。

 いつもであれば、すぐナースステーションに詰めている看護師が返事をくれるはずだ。


 ……だが、いくら待てども返事はなかった。

 首を傾げながらも、何度かボタンを押し込む、が反応はない。それどころか、こちらからの呼び出しが発信されていないように思える。

 こんな時に機械の故障だろうか。


 ため息を一つついて、キミはナースステーションに直接歩いていくことにしたようだ。

 如何にも(だる)そうに身体をゆっくりと起こし、暗闇の中スリッパを何とか足に引っ掛け、点滴台を掴み歩き出す。キシリ、と応えるように小さな音を上げて点滴台がついていく。


 そして、ベッドを仕切るカーテンを横に引き流して歩みを進める。

 ふと横の窓の外を見るが、やはり先ほどと変わらずの暗闇。月明りさえも見えない。


 窓から目を外し、背にして病室の扉へと足を向ける。

 一歩、二歩、三歩。歩みを進めた――





 その時。





 ……キミは、先ほど抜け出したはずの自分のベッドに横たわっていた。






 状況が理解できないといった風に、目を二回、三回と瞬き、あたりを見渡す。


 まず目に入ったのは、床頭台の置き時計。

 指している時間は、2時5分。相変わらず、カチコチと規則的に音を刻んでいる。


 そして、また寒気を感じ、反射的に身が縮まる。


 それはそれは、混乱したことだろう。

 "狐につままれたような顔"というのは、あのような顔のことを言うのだろうね。



 ……いや、すまない。でも、決してふざけている訳ではないんだ。

 キミの身に起きたことを、本当に順を追って話しているだけなんだ。


 今は理解できないかもしれないが、とりあえず一通り聞いてほしい。お願いだ。




 ごほん、さて……再び寒気を感じたくだり、だったね。




 そう、キミは一瞬のうちにして、目覚めた時点に立ち戻ってしまっていたのだよ。

 頭は混乱したまま、ナースコールを握りこむ……が、やはりというか、反応はない。


 デジャ、ヴュ? ……キミはそう口にした。

 確かに既視感(デジャビュ)でも無ければ説明がつかない状況だ。


 疑問を解決するにしても、まずはナースステーションに行かなくては……

 そんな風に若干の焦りをもって立ち上がり、スリッパをつっかける。

 焦りのせいか、床頭台と点滴台の足が触れ、載せられている時計と花が生けられた花瓶がコトリと音を立てた。



 ……そんな事どうでもいいだろうって?

 申し訳ない、どうにも細かいことが目についてしまう性格(たち)なんだ。許してくれ。

 だが、キミがより正確に記憶を思い出すのには少しばかり役立つと思う。しばし、我慢してくれると有難いね。



 ともかく。

 キミは焦りながらもまた点滴台をもって歩きだし、カーテンを引いた。


 横目に見える窓の外は、相も変わらずの真っ暗闇。

 気にせず歩みを踏み出したところで……




 そう。お察しの通り。()()だ。




 キミはまた、2時5分のベッドに逆戻りしていた。

 訳が分からないだろう?でもここで、キミも流石に思い至るわけだ。


 "只事(ただごと)では無い()()に巻き込まれた" とね。


 その時キミが感じた寒気は、繰り返す2時5分に組み込まれたものか、はたまた別のモノか……



 そしてここからキミは、しばらくの間"2時5分"を繰り返すことになる。

 キミはこう見えて、どちらかというと行動派だからね。色々と試したわけだ。


 結果から言うと……2時5分を抜け出すことはできなかった。

 それでも、いくつかわかったことはある。



 まずは、2時5分に戻される条件、の1つ。

 自分のベッドのカーテンを出て数歩廊下へ向かうと、そこで直ちに戻されてしまう、ということ。


 キミは歩き方や歩数、姿勢などを色々と変えて試してみたが、状況は変わらなかった。

 どんなやり方であろうがベッドを出て一定距離進んだところで、また2時5分に戻されてしまう。


 ああ、通路に出ないで直接隣のカーテンを開けて行くというのも試していたね。

 ……無論、同じ結果が待っていたさ。開けた瞬間に、そこは2時5分の自分のベッドというわけだ。



 そして、次に発見したこと。

 それは、この部屋で発した声はおそらく外には届いていない、ということ。


 そう。キミは、誰か来てくれないかと大声で叫んでみたんだんだよ。

 何度も、何度も、喉が張り裂けんばかりに、"助けてくれ" "誰か来てくれ" とね。


 終いには、時計を思い切り扉に投げつけてみたりもした。


 ……それでも、ダメだった。誰一人として、居る気配も来る気配もなかった。

 そして、時計と仲良く一緒に2時5分のやり直しだ。



 ついでに分かったことは、同室にいるはずの他の2人の入院患者はいなくなっている、ということだった。

 まぁ、自分のベッド周りのカーテンを出て数歩で戻されるのだから、姿は確認しようがないかもしれない。

 しかし、開けようと試みた隣のカーテンの先にも人の気配は感じなかったし、何よりあそこまでの大声を張り上げても一切の反応が無いというのは、熟睡しているにしたって不自然すぎる。


 そうであるならば、2人ともいないと考え至るのは当然の帰結だろう。


 しかし、そうなるといよいよ手詰まりだ。

 理解不能の2時5分の密室に一人きり。同室を含め、助けはどこにも求められない。



 ……ああ、すまない。これは言い忘れていた、わけでもないが、キミは床頭台のその携帯でも助けを求めてみたさ。

 夜中に荒唐無稽とも思われる内容の連絡を取っても気を悪くしないであろう、信頼できる友人達3人と母親に、ね。


 これも結果的には、失敗に終わる。

 ちなみに、友人の内1人はありがたい事に、すぐにメールで返事をくれていたようだ。

 もっともあまり信じている風ではなかったが、少なくとも話には付き合ってくれた。

 さらには、眠れるまで他愛の無い話でも付き合ってやろう、とさえ伝えてくれた。


 でも、ここでキミは知ってしまう。


 たとえベッドから一切出なかったとしても。

 2時20分を迎えた時点で、一瞬の内に2時5分へと戻されてしまう……という事を。

 もちろん、友人や母親と連絡を取ったことは無かったことになっていた。……返信があった事も、ね。




 キミは恐怖した。


 戦慄し、絶望を覚えた。




 どうあっても、この不可解な2時5分の牢獄から抜け出すことはできないのだろうかと。

 悪夢に違いないに違いない、そうであって欲しい。……願い、何もせず過ごした。


 しかし現実は虚しく、2時5分を繰り返す。

 戻るたびに襲ってくる寒気が、これは現実だと叩きつけてくる。


 恐怖と絶望に強張ったキミの身体は、眠って忘れる事すら許してくれない。




 そうして、10回余りの無為な2時5分を過ごした後。




 キミはようやく、最初に目覚めた時よりも一層重たく感じる身体を起こす。

 その顔は強張っていたが、とてもとても良い勇気だったと思うよ。


 ……震えて動きがままならない腕が、花瓶に当たって倒してしまったのは些細な事だ。


 奮い立ったキミは、息を一つ長めに吐いて、ひとまず今まで通りカーテンを潜り出る。

 その時のキミがこれまでと違ったのは、ふと思い立って時計を掴んだ事。

 花瓶から流れ出た水を被ったその時計を、どうやらお守り代わりに持っていくことにしたようだ。



 ピチャリ、ピチャリ。水に濡れたスリッパが小さく音を立てる。

 キシリ、キシリ。点滴台が小さく軋む。



 ……ひとまず、これまで通りカーテンの向こう側に進むことには成功したようだ。

 嘆息して、今一度あたりをゆっくり見渡してみる。


 やはり、異様なほどの静寂以外は、いつもの見慣れた病室だ。

 目に入るのはこれまた今までと同じく、真っ暗闇の景色が透ける窓。


 そうだ、この静寂はどこまで広がっているのだろう ――そんな事を思ったんだろうか。

 キミは、窓辺に近づき、時計を膳板に置き、鍵を開けて、その窓を開けてみることにした。




 カチャリ……ギギッ……カラカラカラ……




 若干の抵抗の後、窓は横に滑り出す。

 ちゃんと思った通りの動きをしてくれることに安堵しつつ、そのまま全開にした、その時――



 ビュワッ

 ガタガタガタッ



 今までの静寂が嘘だったかのように、窓が激しく揺れ、凄まじい突風が吹き込んできた。

 キミは思わず腕で目を隠し、身を低くした。


 風に押されて時計が床へ落下し、カチャリと音を立てて転がる。

 点滴台はキミがなんとか握りを離さずにいたお陰で、軋みながらも直立を保った。


 そして、痛っ――とキミが小さく声をあげ……数秒後には、突風は止んでいた。



 恐る恐る、キミが顔を上げる。



 そこに広がっていたのは……拍子抜けするほどいつも通りの光景だった。

 いやあえて言えば、朝から続いていたであろう雨風はやはり凄まじかったらしく、枝葉が吹き飛んでいる木々も少なくない……ぐらいだろうか。


 そして今しがた吹き込んできた突風はその風の名残、といったところか。


 ふと、頬に熱いモノを感じ手をやると、指先に感じるのは薄っすらと液体の感触。

 キミがそのまま指の感触をなぞると、どうやら一筋(ひとすじ)の真新しい傷から血が滲んでいるようだった。


 軽く顔を顰め、風に曝された室内を見回すと、そこには吹き込まれた無数の枝や小石と新聞紙。どうやら、あれらに当たって傷ができたようだった。


 そして、同じく床に転がっている時計の文字盤を見たキミの顔に、驚きとほんの僅かな喜色が浮かんだ。




 2時25分




 わずか5分。もしかしたら、このひと時だけかもしれない。しかし、超えたのだ。


 あの絶望にも思える牢獄(時間)の壁を。


 キミは ”よし!“ と小さく声を漏らし、拳を握りしめ、改めて部屋の扉を見た――















「死ぬには、最高の日ダ」


















 それは、背後から、突然。

 か細く、掠れた、しかししっかりとした声が。


 背筋を悪寒が走り抜ける。

 本能的に感じるような怖気。















「キミも、そう思うダロ?」
















 その瞬間に、キミは弾かれたように扉へ向けて走り出した。



 途中時計を蹴飛ばすが気にも止まらない。



 遮るものもなく扉へと辿り着き、扉は掛けた力の通りに滑り出す。



 廊下へとまろび出る。



 常夜灯のみの廊下は薄暗く、非常口を示す毒々しい緑のランプだけがやたらと目に刺さる。



 荒々しく扉を出た拍子に点滴台が倒れ針も腕から抜けてしまっているが、キミはそんなことも気にしない。



 ナースステーションがある右手側。



 それだけを思い、一心不乱に走り出す。










 次の瞬間










 ……キミは、病室の窓辺へと戻されていた。

拙い文章をここまで読んでいただき、誠にありがとうございます。

後編も読んで頂ければ幸いです。

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