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三 黒星は燦然と輝く①

 玄人は約束の時間通りには返却された。

 少々破損されて戻されて、貸し側としては確実に借主へのクレーム案件だろう。


 戻された彼は、今朝方発見された遺体を霊視させられた、と呟いた。


 朝のかわやなぎの話ではミイラ化して真っ黒な腐敗したモノが、昨日の雨で黒くてドロドロした生モノに変化して、臭気を撒き散らしている所を発見されたのだそうだ。


「男か女かさえわからない変なものをちびに見せて悪いけどさ、解剖やら造顔やら待つよりもさっさと見当をつけたくてね。人員が割けないんだよ。」


 楊達は二月の事件の後始末がまだまだ残っているのだ仕方がない。

 とある高齢の女性が浮気性の夫の想い人を恨んで、自分の息子を使い、その想い人の孫と娘に、おまけに孫の婚約者まで一緒に燃やし尽くそうと計画した事件だった。


 孫が金虫梨々子で婚約者が楊だ。


 玄人の機転で彼が梨々子の身代わりになって彼女を守ったはいいが、玄人が楊と一緒に火の海に取り残されたというおまけ付きだ。

 そんな馬鹿馬鹿しい事件ではあるが、規模や巻き込まれた人間の数も多く、警察ではまだその後処理が残っているらしい。


 俺まで無能な警察に共犯者扱いされたのだ。


 それも只の共犯者でなく、俺こそが黒幕とまで考え違いをしていたとは、乾いた笑いしか出ない。

 俺が社会にテロを起こす方法として犯人達を操って事を起こしていたと思い込むとは、全くの税金泥棒だ。

 俺が一体どれだけ税金を納めていると思っているんだ。

 テロをするぐらいなら脱税するよ。

 俺は関りたくないと、犯人を黙っていただけの善意の一般人でしかなかったのだ。

 警察だったら一般人よりも先に気付いておけ、と言いたい。


 そんな不幸の俺は売れなかった物件がその事件によって売れたからと、間抜けな警察の仕打ちを水に流してやったのだが、不幸というものは続くものであるようだ。

 今度の俺の不幸は、同業者によってもたらされた。


 本日の俺の作業場は俺の本来の業務の競売で手に入れたものではなく、利益除外の頼まれ仕事である。

 同業者が賃貸契約違反の住人を追い出したはいいが、住人の与えた損害やら未回収の賃料の回収などを鑑みて売り飛ばしたくなった物件だ。

 こういう商売は横の繋がりも大事なので、困っている同業者から俺が購入してやったとそういうわけだ。

 下見もせずに互いの信頼と書類だけの取引であり、物件を写真で見た限りではそれほど手は必要ないと軽い気持ちでいたが、実際に室内に入った本日、俺はかなり呆然とさせられることになった。


 凄まじい異臭にだ。


「畜生。あんモルモット妖怪にほど騙されたぜ。」


 思わず俺が過去に捨てた言葉で奴を罵ってしまったほどだ。


 同業者、浜田不動産の浜田はまだ善行ぜんこうの説明によると、契約違反の住人はモルモットで一山あてようとでもしたのかモルモットが勝手に増えたのか、六畳二間程度の広さのこの部屋で、モルモットを三十六匹も飼育していたそうだ。

 住人に夜逃げされ放棄された部屋の中は、ぎっしりとモルモット入りの籠が詰まれ、餌を求めてか愛情を求めてかプイプイプイプイとモルモットの鳴き声が部屋中に木霊していたという。


「モルモットはね、可愛いんですよ。よく慣れて、名前を呼ぶとプイプイ返事してねぇ。ですけどね、百目鬼さん。この子達の里親探しも大変ですけどね、それ以上にこの子達は大食漢でうんこも一杯するうんこ製造機で世話が大変なのですよ。しかも野菜が高いのに草食動物でねぇ。私はこの子達の餌代が必要だし、里親を探す時間も必要なので、ぜひ、助けると思って買っていただけないものでしょうかねぇ。」


 俺を蹴落とそうとしたこともある強面のやり手の爺さんの事務所に呼び出されてみれば、彼はアプリコット色のモルモットを抱きながら俺に懇願してきたのだ。


「無理だったら、二匹受け取ってくれない?寂しがりやだから二匹だねぇ。でもモルモットって喧嘩っ早いから籠は二つに分けないと駄目よ。百目鬼さんにはどの子が合うかなぁ。あ、この子は駄目だよ。テディって種類でね、可愛いでしょ。千夏ちゃんっていうの。」


 強面の不動産屋の浜田老人は、追い出した住人が棄てて行った三十六匹のモルモットを処分できずに引き取ったのだという。

 そんな彼は、彼の事務所の隅に置かれた段ボール箱の中から、勝手に、俺の為に、モルモットを選び出そうとしているではないか。

 それも二匹だと?

 自分は一匹しか引き受けていないのに!


「モルモットはねぇ、ハムスターと違って長生きするんだよ。ハムスターはどんなに可愛がっても二年か三年でしょう。辛いよねぇ。でも、モルモットは十五年生きる子もいるらしいってね。そんなに生きてくれたら嬉しいよねぇ。」


 尚更いらねぇよ。


「その部屋を私が買取ますから。浜田さん、モルモットは勘弁してくださいよ。」


 俺はやり手爺に負けたのだ。いや、モルモットに負けたのだ。


「え、買ってくれるなら好きな子選んでいいよ。何匹でも。」


「大食漢でうんこ製造機だって言ったのあなたでしょうが。一匹もいりませんよ。」


「もらってよ。」


「いらねぇよ。」


 モルモット妖怪浜田老人との攻防の末、俺は浜田不動産に、なんと、言い値でこの物件を買わされてしまったのだった。この俺が、畜生が。

 そして、俺の黒星が燦然と輝くこの部屋は、三年の間に染み付いた糞尿の臭いによって完全なリフォームが必要である事は確実だ。あの、うんこ製造機どもめ。

 これから掛かるリフォーム代や労力のことを考えると頭が痛くなるが、それでも俺は今の玄人ほど不幸な状態ではないであろう。


 彼は彼が慕う大好きな「髙」に、大嫌いな「犬」を押し付けられた身の上なのである。

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