十六 峰雄②
「坂下が言うには、緑丘はろくでもない男だったそうですね。」
「弟の実父だと自称していた。」
「それは武本の孝彦さんに、ですか?」
「一番下に峰雄って弟がいたんだよ。今や次男の僕と三男の孝彦しか残っていないけれどね。でもね、四人も子供がいて善之助の本当の子供は一番上の孝雄と孝彦だけなんだ。僕達の母は美しかったが、火遊びの好きな軽薄な人でね、男と見れば寝所に引き入れてしまう人だった。」
「そうか。」
「それだけ?」
「他になんて言えばいいんです。俺が知りたいのはその続きです。玄人を楊達に預けてきましたが、金村って少年の殺害の教唆犯だと金村の親族に見做されたら危険でしょう。金村は稲生組の組長の孫ですから。」
「そこはなんとかなるよ。長柄の裕也がいるでしょう。大丈夫。」
「あの間抜けな博多人形じゃあ心もとないだろ。」
孝継は腹を抱えて笑い出した。
「あの子を間抜けな博多人形とは酷い。ただ一人、緑丘を出し抜いた子供なのに。」
「そうなのか?」
「彼も緑丘に母親の不倫を匂わされた少年だったんだよ。緑丘はうちの峰雄以外にも他家の子供達にお前は俺の子共だと囁いては、家の金を盗ませたりしていたそうだ。」
「三人の自殺した少年達。」
「そう。彼らは峰雄と違って不倫の子供でもなんでもないのに、峰雄と同じく、騙されて貢がされて、最後には連れ出されて殺されていた。裕也は賢くてね、自分で母親の素行を調べて嘘だと確認した後に、緑丘の身辺も探って事のあらましを理解すると、自宅に戻って警察に通報したんだ。」
「え?あいつがか?」
「凄いでしょう。そして僕は警察から連絡が来ても信じられなかった。だって我が家には峰雄がいたのだから。」
「峰雄そっくりに整形した子供が入り込んでいたのか?」
「そう。僕達は家族なのに玄人にあれは橋場ではないと指摘されるまで気が付かなかった。僕達はね、偽物の峰雄を本物の峰雄ではないと一度も考えることなく彼と生活していたんだよ。」
「偽物の峰雄はどうした?」
「警察に渡してそれっきり。僕達は同時期の長男の孝雄の死と峰雄の不幸に打ちのめされてしまったからね。偽物に心を割いている余裕は無かったよ。」
「それで、本当に伝えたいことはなんだ?死んでいるようで死んでいない峰雄君についての告白かな。」
「そう。あの時に峰雄は殺されていなかったけれど、殺人者と縁続きは許せないって親族が騒ぐからね、あの子は他所に養子に出されたんだ。警察は峰雄を緑丘殺しの犯人だと見做して逮捕を狙っているみたいだ。君は最近あの子に会っただろう。どんな様子だったか教えてくれないか?」
「それは誰ですって、あぁ、俺が法事を依頼されたホテルの支配人ですか。」
「いや。ホテルのオーナーの方だよ。あの子は島田正太郎さんが引き受けてくれたんだ。五人も子供がいるんだから、あと一人増えても問題ないって。」
「そうでしたか。俺が会った支配人がですね、妙に玄人を気にしていたから、てっきり支配人が親族だと思っていました。カバのような顔立ちの少々慇懃な男でしてね。」
「あぁ、それはきっと保君だ。島田さんの四番目のおふざけの多い男だよ。そうか、峰雄も玄人の記憶喪失を知っているから隠れたんだね。あの時の記憶は強烈だ。玄人に無理矢理記憶を戻してしまうかもしれない。」
「幼い子供には親族の不幸は強烈ですからね。」
「あの子は峰雄の振りをしていた緑丘の子供に殺されかけたんだ。偽峰雄には同じ年の裕也よりも七歳の玄人の方が憎かったのか、あの子を廃墟に閉じ込めて燃やすつもりだったらしい。」
「よく、助け出せましたね。」
「助け出していない。玄人が偽峰雄を返り討ちにしただけの話だ。七歳の子供が中学生を床下収納庫に落として閉じ込めたんだ。強烈でしょう。」
「今のあいつじゃ考えられませんね。自分が別の子だと泣くわけです。」
「そうだね。救出された峰雄も恐怖によるものか、以前の峰雄とはまるきり違っていたからね。」




