序章 3月12日は駄目です①
2020/9/22
「馬はいななく」のシリーズは一人でコツコツと書いて来て、そして、「誰かに読んでも欲しい、ダメ出しも受けた方が大事な物語だからこそもっとうまく書き直せるかも。」という考えで「なろう」に投稿させて頂いているものです。
初めて投稿して読んで貰えないどころか、読んで頂けて評価も頂けた、という嬉しさもありましたが、見直してみてこんなに読みにくいものだったのにと、読んでくださった方々には感謝しかありません。
空白注入と、一部で八千文字などあるようなものは分割して、二千文字前後に小分けしたりし、少しは読みやすいものになるように修正しようと思います。
「今日は助手の子をお連れでないのですね。」
目の前の商談相手は俺の周囲に目線を動かして、俺が助手として連れまわしている青年の姿を探している。
ホテルの喫茶室の利用者は、俺と俺を此処に誘ったホテル支配人という彼しかいない。
俺の向かいに座る支配人はあいつを妖精か何かの類だと思っているのか、今度は喫茶室の窓から臨めるホテルの庭園へと視線を動かした。
「助手がどうかされましたか?」
俺から発せられた声は、掛けた相手が仕事相手に係わらず棘のあるものだったかもしれないが、それは仕方が無いだろう。
俺が保護して助手として使っている青年は、一六〇位の身長に手足が長いだけのがりがりの、青年というよりは子供のような姿であるのだ。
そんな哀れな程の弱々しい彼なのだから、俺が必要以上に彼を守ろうと気張ってしまうのは仕方が無い事だろう。
俺は僧侶でもあるのだ。
けれどカバのような少々間の抜けた顔立ちの男は、俺の声音に気分を害するどころか気安そうな表情を顔に浮かべた。
「いえ、久しぶりに会いたかっただけですよ。もう二十歳ですか?利発な賢い子でしてね、成長具合が楽しみだなあって。」
俺は相手の勘違いに自然と笑いが出てしまった。
「申し訳ありませんが、それは別人ですよ。ウチの子は利発で賢いなんて対極の人間ですからね。真面目でコツコツなだけの普通の子です。」
「またまた。あの子は、そうですね、爪を隠しているだけです。いつもそうなのですよ。祖父の薫陶の賜物でしょうね。彼の亡くなった祖父はですね、いくらでもやり込めそうだと取引先に甘く見せては大きな成果をあげてましたよ。似ていると評判の彼は祖父と同じく無能であるように擬態しているだけです。まるで花カマキリのようにね。」
「花カマキリですか。」
俺は彼に同調するしかないと、乾いた笑い声をあげていた。
俺の助手の筈のあの馬鹿は、俺の仕事に付いてくる代りに遊びに行っているのだが、出掛ける彼が着用していた服は男物ではなく女物、それも、ひざ丈のゴシックワンピースであったのである。
光沢のある水色のサテン地に黒糸と金糸銀糸で蔓バラが刺繍された、それはもう見事なほど恥ずかしいゴシックロリータドレスであるのだが、彼は違和感どころかそこらの女性を凌駕するほどの美しさで着こなしていた。
俺に預けられた武本玄人という名の青年は、絶世が付くほどの美しい女顔をしているのである。
ただし、今朝とも言えないまだ真っ暗な時間に、そんな姿で一人煌びやかになっている馬鹿に、俺は彼の格好についてどうしても尋ねなければという気がした。
「どうしてゲームショウにそんな格好で行くんだ。銀髪のカツラまで被って。」
すると俺の常識的な質問に彼は、俺がなんという間抜けなんだろう、というむかつく顔をしてから、俺にゲームショウのチラシを見せつけた。
「このチラシに書かれているURLに行きましたら、なんと、ブルーローズのコスプレをしてきた人には、先着で発売予定の続編ゲームのモニターコードが与えられるって。だから、僕は急いで会場に向かわないと行けないのです!」
俺は彼のその言葉に、俺に車を秋葉原まで出せと強請っているのかと、今でさえ外が真っ暗な五時前であるのにと茫然としたのだが、彼は基本的に俺思いのいい子である。
一人で我が家を飛び出して、電車に乗って行ってしまったのだ。
お前は電車に乗るとパニック障害が出る鬱では無かったのか、と、駅ホームまで追いかけた俺こそパニック障害に陥りそうであったと情けなく思い出し、一先ず目の前の商談に集中することにした。
「確かに、利発かもしれませんね。突発的な行動を後先考えずに取ることもありますから。」
「あら、やんちゃになったとは頼もしい。」
男は嬉しそうにふふふと笑うと上品そうに紅茶を口に運んだ。
紅茶好きなところはあの馬鹿にそっくりでもあるが、あの馬鹿の紅茶好きは紅茶よりもカップに拘っている所が見受けられる。
今のようにコーヒーカップと同じような形で厚みがあるマグカップのようなカップでは、彼は眉根を寄せて不機嫌になるはずだ。
「兼用カップは駄目です。陶器もいいですが磁器が最高です。やはり紅茶のカップは出来る限り薄いつくりで大きく花が開いた形でないといけません。中国茶や緑茶と違うあの琥珀色と香りを楽しめないと、紅茶を楽しむ意味が無いじゃあないですか。コーヒーだって拘る人はカップにも拘るはずです。どんなに上手に淹れても、安いマグカップでは豆の価値が台無しでしょう。」
思い出したあいつの言葉に、俺はどうでもいいよと心の中で返しながら手元のカップを取り上げた。
そして中身のコーヒーを口に含んだのだが、確かに残念だと思った。
厚ぼったいマグカップの口当たりのせいで、せっかくのコーヒーの風味が台無しと感じてしまうのである。
未だにチェーン店でも外国資本でもない個人経営のこじんまりとした良いホテルであるが、やはりこの不景気の中での経営難でもあるのか、話し合いをしている喫茶室の奥にレストランがあるのに昼時にしては客の入りもない。
ホテルマークがあっても安っぽい陶器でしかないと俺は再びコーヒカップを見下ろして、高い金を払ってこの食器で給仕されたら確かに嫌だな、と考えた。
俺の飲むコーヒーは俺が払った物ではなくホテルからの提供だが、客として入ってこのカップで出されたコーヒに千円近く出せるか考えると、近所のコーヒースタンドに行った方が良いと思うだろう。
目の前の支配人の言うとおり、あいつには商才があるのだろうか?
なんとなく、それは許せないが。