夏の想いは風のように、誰の想いも届かない夏もある
大学3年生の夏休みに入ったある日、大谷蒼汰はいつも通りバイト先のカフェへ向かった。
大学近くの大通りにある、最近流行りのカフェ、ムーンバックスカフェだ。噂ではあるが、最近は次々と店舗数を増やしている人気店らしい。蒼汰は、大学1年生の夏休みから、その人気カフェで働いている。
もう3年目になるため、アルバイトの中では上の方の立場になってきている。後輩に仕事を教えることにも慣れ、優しくて少しカッコいい先輩として女子からは一目置かれる存在である。
カフェでは、コーヒーなどの飲み物に加えて、サンドイッチやホットドックなどの軽食も人気がある。中でも、最近テレビで紹介された、アボカドやトマトなどの野菜をギッシリと詰め込んだものが各店舗でヒットを飛ばしている。ちなみに蒼汰にとっても大好物である。
「いらっしゃいませ。」
眩しいほどの接客スマイルは、蒼汰の得意技だ。このスマイルで何人もの女子たちの心を掴んできたと言っても過言ではない。
「ご注文はお決まりですか?」
流れるようにメニュー表を手に取り、差し出した。しかし、そのお客さんは、キョロキョロと周囲を見渡し、挙動不審な動きをしている。かなり緊張しているようであった。
すぐに初めてのご利用のお客様だと察した蒼汰は、ご注文の流れなどお店のシステムを説明しようとした。
すると…
「すみません…。新しくアルバイトで入りました成瀬です。裏口の入り方がわからなくて…。どこに行ったらいいのでしょうか?」
その女性は、どうやらお客様ではなく新しく入ったアルバイトの子であったようだ。
蒼汰は、すぐに店長を呼び、スタッフルームへ案内をした。
しばらくすると、カフェの制服に着替えた成瀬と店長がやってきた。
「大谷くん、新しく入った成瀬さんだ。アルバイトは初めてだそうだから教えてあげておくれ。」
「あっ、はい。」
それから、成瀬は毎日のように出勤し、大谷と一緒にお店で接客をした。成瀬は、初めは緊張していたようだかすぐに慣れ、仕事の覚えも早かった。大谷とのコンビネーションも良く、お店は活気良く商売繁盛であった。
「あのお店の前に立ってる女の人、何を注文すると思う?」
蒼汰は、アルバイト中に成瀬によく予想問題を出題する。次のお客さんは何を注文するかと?
すると成瀬は、
「またその問題ですか?もちろんアボカドサンドでしょうねー。」と、いつものように楽しげに答えた。
アルバイトが終わると、2人は自転車に乗り、近くの公園のところまで一緒に帰り、そこで別れる。
蒼汰は二駅ほど離れた場所で一人暮らしをしており、成瀬はその公園の近くで一人暮らしをしている。
家に帰るとちょうど0時前後といったところだ。
「今日も近くまで送っていただいてありがとうございます。あの…大谷先輩、アルバイト、次のお休みはいつですか?」
成瀬は、帰り際に大谷に尋ねた。
「あーっと、いつだったかな?しばらく休みはなかった気がするな…。なんで?」
と、大谷は答えた。
「いや!なんでもないです!また明日!」
と、成瀬は、慌てて手を振り帰って行ってしまった。
大谷は、いつもアルバイトが終わると、夜も遅く危ないので、新人の若いアルバイトの女の子を家の近くまで送ってあげている。最初は店長に頼まれた時だけ送っていたのだけれども、今はもう慣れたもので、大谷の仕事の一部となっていた。なので、まるでタクシーの運転手並みにお店近辺の道を覚えてしまっていた。
夏休みが終わると、成瀬は学校が忙しいとかなんとか?で、アルバイトにはあまり来なくなった。
いや、辞めたのかもしれない。
そんなある日、店長に呼び出された。
「大谷くん、いつもありがとうね〜。」
店長は、いつも穏やかな癒し系のおじさんだ。大谷は、そんな店長に呼び出されるなんて、何かあったのかと心配になった。
「大谷くん、成瀬さん辞めちゃったよ。また来週から新しい女の子が入るからよろしくね〜。最近みんなすぐに辞めちゃうね。どうしてかな〜。あと、話は変わるんだけど、大谷くん、そろそろ彼女でも作ったら〜?あはは。」と、色白で小太りな陽気な店長が大きな口を開けて笑った。
「そうですね。まぁ、そのうち…。」
大谷は、面倒くさそうに答えた。
「まったく〜。みんな可愛かったのになんでかな〜。まぁ、次の子も可愛い子だから仲良くしてあげてね〜。」
意味もわからず、呆れた顔で店長を見る大谷。
また来週から、新たな新人指導が始まるようだ。