16 2日目 ヴィエールまで
異世界に来て最初の朝。まだ、窓の外はほのかに明るい程度だったが目が覚めてしまった。「目が覚めたら見慣れたアパートの天井」ではなく、やはり「見慣れぬ天井」だった。 夢の中じゃなくて完全に違う世界に来てしまったんだなということを、自分の腕を抱き枕にして寝息を立ているミミリィさんを見ると実感する。これが、夢見てた「朝チュン」ってやつか!!
(添い寝だけでは朝チュンと言わないけど、いいんだよ。叶ったんだから)
することもないので、そのまま起きジョギングすることにする。ミミリィさんはよく寝ているので、腕をそっと外してベッドを出て着替え、赤備六文銭ぐんまちゃんウインドブレーカーを羽織り外へ出た。
元世界では、朝のジョギングなんてことはしたことは無かったが、この世界では剣を振るったり体力を必要とすることが多そうなので、少しでも体を動かそうと思う。体力が下駄履きされ加護も貰っているせいかとても体が軽い。冬のヒンヤリとした空気の中で走るのも気持ちがいいものだな。
アイテムボックスから袋竹刀を取り出し、自己流で振ってみる。自己流なのにスキルのおかげかスムーズに体が動く感じがする。流石は剣聖上泉信綱様。昔は刀でなく槍が主力だったと聞いてたけど、上州一本槍の感覚がスキルなら槍も初めてでもこんな風に使えるのだろうか。うん、今度試して見よう。
暫く体が温まるまで素振りをしてから部屋に戻ると、ミミリィさんは目覚めていて、ちょっと心配そうな顔をしていた。
「何処かに行ってしまったかと思いました。出かけるなら一声掛けて行って下さい。」
涙目で凄く怒られた。
「ぐっすり寝ていたので起こすのも可哀想だと思ったので、起こさない様に静かに出て行きました。服とか荷物はちゃんと置いてあったでしょ?」
「でも、気づいたら安心の元が無くなっているのは嫌です。」
「はい、以後、気を付けます。」
しばらく小言を聞き流していると、朝食ができたという連絡があり、食堂に向かって昨晩と同じ席に座り、今回は皆が揃うのをミミリィさんと待つ。
三々五々集まり朝食となったが、皆の目が興味津々といった感じで、ミミリィさんを見つめるのでミミリィさんは真っ赤になっていた。
「あ、皆さんが想像する様なことは何も無かったですよ。僕は何もしてませんからね、皆さんの期待には応えられません。」と、釘は刺しておくが、人の話は全然聞いて居ないみたい。
ヘタレという言葉が聞こえた様な気がしたのは、多分気のせいだと思う。
スクランブルエッグ(なんか、炒り卵というより、何だろうグジュグジュの生焼け卵みたいなの)、厚切りベーコン、サラダ、なんかのムースみたいなもの、澄んだ野菜が入ったスープと果物だった。 元世界のホテル朝食とあまり変わらない感じだ。
でも、何か薄味というか美味しさはあまり感じない、元世界の味に慣れているからだろうか。まだ、1日しか経っていないけど白米と納豆が懐かしい。
食後、皆を待たせて剣(どう見ても日本刀)を受け取りに行く。
昨日ミミリィさんと歩いた道を歩く。人たちの往来は多い感じ(グンマーにいると車通勤で、登校の小中学生を除くとあまり歩いている人は見ないからな、ちょっと新鮮。)
武器屋に着くと、朝早いにもかかわらず店は開いていた。
「おはようございます。」
「いらっしゃいませ、おはようございます。」ベアタちゃんは朝から元気だ。
「おとーさーん、タローさん来たよ~。」と呼ぶと、ちょっと眠そうな主人が奥からできてた。
「おう、できてるぜ。 ちょっと気合い入れたら時間が掛かったがな。どうだ、格好いいだろう。俺の自信作だぜ。」
黒鞘に赤柄巻の渋い仕上げとなっていてちょっと格好いい。ゲーマー用PCみたい。
「ありがとうございます。格好いいですね。ちょっと振ってもいいですか。」
「おう、お前のだからな。好きにしな。」
振ってみると朝の袋竹刀とは違い重さを感じた。でもバランスがいいのか振っていると気にならない。手にもしっくりくる。いい感じだ。
「いいですね。何か、ずっと前から持っていたみたいにしっくりきます。」
「そんじゃ、その刀に負けない位強くなってくれや。それから、白サヤも持って行け。休ませる時はこれに納めてくれた方がいいんだがな、できなきゃしょうがないそのまま使ってもいいぞ。ここを通る時にでも寄ってくれれば、具合は見てやるからな。」
「はい、そのときは寄らせてもらいます。」
お礼を言い、店を出て宿に向かう。休憩時間にでも改めて振ってみよう。
宿に戻ると、皆はもう用意ができていて、自分を待っていてくれた。
「済みません遅くなりました。 すぐ出られます。」
自分の荷物はアイテムボックスに入れてあり、持ち運ぶ荷物はいま背負っているバックパックだけなので、そのまま出発ができる。
今日は御者席のミミリィさんの隣に座り出発した。
「ここからは、次の街までなだらかな丘陵地帯を進みます。視界も開けていますので問題はないと思うのですが・・・。」
「ま、大丈夫ですよ。僕もそれなりに周りは見えますから。」
一行はベルタさんを先行させ、前にスヴェアさん、アルヴァちゃん、後ろにカロリーネさんの陣形で進む。馬車の中はフェリシア様だけだけど、コミュ障童貞が美人女子高生と密室で二人っきりなんて無理なので諦めてもらおう。
途中何事も無く、馬車は順調に進み、お昼頃になり休憩を兼ねて昼食の時間になった。
「お昼ご飯は僕が作りますよ。」
ここに来る間に、PCは目立つから出せないので、スマホで見つからないようにこそこそとネット通販でポチッておいていたんだよ。ダイコン、ニンジン、ゴボウ、シイタケ、油揚、里芋の野菜類(手抜きの冷食だけどね)、クッカーセットとマーベラスコンロ、出汁の素と醤油、みりん。忘れちゃいけない下仁田名産ねぎとこんにゃく。でも下仁田ねぎは手に入りにくそうなので長ネギだけど。小麦粉はグンマー産絹の波、水はやっぱりアカギノメグミだよね。混ぜるボウルとお玉、お椀、まな板、包丁と調理器具だけでもかなりの量になってしまたのはご愛敬。ついでに、作業用に鉈や山刀もポチっておく。沼田鉈はもう無いんだよね。
道ばたの開けた場所に馬車を止め、皆は馬の世話をしている間に調理を始める。
近くの川の水で、鍋をよく洗いコンロに掛けアカギノメグミをドボドボ。こんにゃくを切り、冷凍野菜と一緒に入れ火を着ける。その間に、ボウルに小麦粉とアカギノメグミを入れて練る練る。厚みがあまりない方が自分は味がしみて好きなので、ちょっと柔らかめにしておく。煮立ったら、出汁の素と醤油、みりんで味付ける。
手持ち無沙汰のフェリシア様が、興味深そうにじっと見つめているので、味見を兼ねてちょっと試させてみた。
「これ、なんですか?」
「夕べ、お話したグンマーの郷土料理「つみっこ」まだ、汁だけですけれどね。」
「おいしいです。 いい香りが口の中に残りますね。 普段の食事と全然違います。」
ベタなグンマー食だけど大丈夫な様だ。
再度沸騰したら、長ネギと練った小麦粉をちぎりながら鍋に入れて煮る。やっぱり「ニホン人はしょっぱい汁物が必需品だよな。」と心から思う。ネット通販できてよかった。
馬たちの世話が終わり、いい匂いに誘われるように皆が集まってくる。
「いい匂いがしますね。」
「嗅いだことのない匂いです。」
食べる前に、「物質複写」してアイテムボックスに仕舞う。これで、いつでも出来たて「つみっこ」が食べられる。チート大好き。
お椀を出して、みんなによそう。箸は使えないと思うので木製フォークを用意した。
「不思議な味ですね。 とっても温かくて優しい味がします。」
「気持ちが安らぐ感じですね。」
「タローさん、お代わりは?」 え、ってもう食べ終わったの?早い。
「あ、はい。これで一鍋終わりですけど・・・。」
「もっと食べたい。」ベルタちゃん若いだけあって食欲旺盛だな。
「できれば私も。」フェリシア様までかい。
「あ、はい。 ではもう一鍋しか無いですよ。」秘蔵の自分用ストックをアイテムボックスから出す。目の前で物質複写はできないから、自分のストックは諦める。何か目から汗が・・・また作ろう。
若い二人だけかと思っていたら、皆、気に入った様で追加分も瞬く間に完食でした。
「太郎様とてもおいしく頂きました。ありがとうございました。明日もお願いします。」
フェリシア様からお礼の言葉を貰った。ちょっと嬉しい。
「太郎様のお嫁さんになる方は、こういうおいしい物が毎日食べられるのですね・・・。」 うん? フェリシア様、それちょっと違うと思うぞ、こっちが作ってもらう立場でないのか。
「いえいえ、僕のレパートリーはそんなにないから毎日なんて無理ですよ。」
「他のレパートリーもあるのですね。明日のお昼が楽しみです。」フェリシア様の目が輝いている。
「明日は王都に着くから、お昼は王都でですよ。野外ではなくお屋敷で落ち着いた方がいいですよ。」
フェリシア様がミミリィさんを振り返ると、ミミリィさんは無言で頷いた。
ちょっと寂しそうな顔をした後、「でも、太郎様は王都にいらっしゃるのですよね。」
「はい、一応商売を始めようかなと考えています。」
「太郎様の家に遊びに行けば、作ってくれますね。」
フェリシア様の上目遣いに負け「はい」と答えてしまった。厄介事を背負った気がする。
皆で後片付けをして出発する。 ちなみに、木製フォークは皆が気に入った様で僕の元には戻って来なかった。
長閑な田園風景の中を、同じ隊列で進む。
なくなってしまった「つみっこ」を思い、次は国府ニンジン、国府白菜、時沢大根、尾島ゴボウに生イモこんにゃくと原木シイタケの純グンマー産で作ってやる。グンマーにとっては原木シイタケも生イモこんにゃくも普通に売っているから特別じゃないけど、他ではあまりないんだよな。可哀想。あ、生イモこんにゃくの”みそおでん”が食べたくなってきた。
途中、怪しそうな視線は感じたが問題なくヴィエールの街に着いた。
ヴィエールも石壁に囲まれた街だったが、アマランスに比べると壁も高く大きな街という感じがする。門には検問があったが、伯爵家の力か何事もなくスルーし街中に入ることができた。せっかく身分証明のギルドカード取ったのに使い道がない。
生イモコンニャクって今は通販で手に入るんですね。知りませんでした。グンマーのスーパーでは農家手作り感満載(薄手のビニールに詰めた感じ)が売っていて、それをイメージしていたのですが、工業製品としての生イモコンニャクも売っているんですね。