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院長の裏の顔

「こんなところで立ち話も何ですから、どうぞこちらへ」


 孤児院院長の老人がそう言って先を歩いていくと、ルシールが冷たい瞳で私を見た。


「……あの方はこの孤児院の院長でベルギカ様といいます。名家の次男でしたが、家督を継いだ兄を支え続け、今は孤児院の経営を一手に担う素晴らしいお方です。そんな方の不興を買うのは失敗だったと言わざるを得ないでしょう」


 ルシールはそう言って目尻を下げた。


「間違いは間違いであると言い、是正する。それが出来ないならば、もはやこの国にも未来は無いだろう」


 私はそう言うと、眉間に皺を寄せるルシールを尻目に院長、ベルギカの後を追った。


 通されたのは院長室らしき豪華な部屋だった。派手な物は置いていないが、机や椅子、棚などを見てもかなりの高級品であると分かる。


 その机の奥にある椅子に座り、ベルギカは口を開いた。


「さぁ、そちらへお座りください」


 ベルギカに促され、私とエドウィーナはそれぞれ一人掛けの椅子に腰掛ける。


「それで、我が孤児院の何が不服だったのでしょうか?」


 ベルギカは笑顔でそう聞いてきたが、その目は笑っていない。私はそんなベルギカを真っ直ぐに見て口を開いた。


「不服かどうかでは無く、まずは私にこの孤児院の運営状況を見せていただきたいのです。その上で、改善点を提示したいと思います」


 私がそう言うと、一瞬ベルギカの笑みにヒビが入った。


「……なんの権限があって、君がそんなことをするのか……無知な私に是非お聞かせ願いたいですな」


 ベルギカが頬を引きつらせてそう言うと、エドウィーナが眉をハの字にしてベルギカに向き直る。


「申し訳ありません、ベルギカ様……私は、ベルギカ様の慈悲溢れる管理を知っておりますが、レイジ様は初めて此処へ来られました。レイジ様は必ず素晴らしいお考えを授けてくださるでしょう。私からもお願い致します。どうか、レイジ様の言葉に耳を傾けてみてはくださいませんか?」


 エドウィーナが真摯な態度でそう言うと、ベルギカはムッとした表情を浮かべつつも渋々頷いた。


「姫様がそこまで言われるのならば、仕方ありませんな……ただ、私も暇ではありません。二時間が限度ですよ」


「は、はい! ありがとうございます、ベルギカ様!」


 ベルギカが了承すると、エドウィーナはホッとした表情でお礼を言った。


 そして、私は孤児院の収支から子供達の生活環境までを質問し、実際に建物の中を見て回る。


 二時間で出来るだけ全部の場所を見て回った結果、分かったことは収支が合わないことであった。


「……つまり、子供達の食事がスープ一杯とパン一つなのは、入ってくる収入に対して出費の方が多いからということですね?」


 私がそう尋ねると、ベルギカは悲しそうに頷いて答える。


「残念なことに、寄付は大した額にはなりません。足りない分は、私が私財を切り崩しながら補填している有様でして……」


 ベルギカがそう言うと、エドウィーナは口元を手で隠して悲痛な声を上げた。


「そんな……! 私はてっきり、王家からの補助だけで何とかなっているものと……! これが、この事実が、レイジ様の仰っていたことなのですね!?」


 エドウィーナがそんなことを言って今にも金策に飛び出しそうになるのを抑え、私はベルギカに顔を向ける。


「ちなみに、子供達の姿を殆ど見ませんでしたが……」


 私がそう口にすると、ベルギカは困ったように笑った。


「彼らは、少しでもこの孤児院の助けになれたらと言って外で働いてくれているのです。いや、孤児の頃には中々働き口が無かったそうですが、今やこの孤児院に住んでいると言えば何とか働く場はあるということでして……」


「それは素晴らしいですわ! なんと心清らかな子達でしょう!」


 ベルギカの台詞にエドウィーナが感動の声を上げる中、ベルギカは沈痛な面持ちで俯く。


「そう、素晴らしい子供達です。しかし、彼らはその純真さ、直向きさ故に過度に働き過ぎてしまい、命を落とす子までいるのです……私に、もう少し財があったなら……彼らは……」


 そう言って目を白い布で拭うベルギカに、エドウィーナは息を呑んだ。そして、私の背後にいる兵士達の何人かも涙を堪え、鼻をすする音を立てている。


「……分かりました。私が必ず王に進言し、前年よりも多くの予算を……!」


「待ってください」


 エドウィーナが立ち上がりながら言い掛けた台詞を遮り、私は声を発した。


 皆の視線が私に向く気配を感じながら、私はベルギカを見据える。


「貴方が申告した収支ですと、それほど経済的に困窮するのは変ですね」


 私がそう言うと、ベルギカは首を傾けて私をジッと見つめてきた。


「……変? 変とは、どういうことですかな?」


 ベルギカにそう聞かれ、私は背もたれに身体を預けて顔を上げる。


「この孤児院にいる子供達の数。これは確かに生活費だけでかなりの額が必要でしょう。ただ、およそ八割以上の子供が外で働き、更に食事の量を制限している。その上、洗濯などをしている様子も無いことから衣服や寝具の類も満足に揃っていない筈だ。では、何処にお金は消えているのでしょう」


 私がそう言うと、ベルギカは険しい顔で私を睨んだ。


「……私が着服している、と?」


 低い声のトーンで言われたその言葉に、私は首を左右に振る。


「いいえ、そこまでは言っていません。ただ、この部屋の家具は全て高級な品に見えますし、貴方の服だけは汚れ一つ無い、正に新品といった物に見えます」


「これらは私が家から持ってきた私物です。言い掛かりは止めていただきたい」


 私が指摘した途端、言葉尻に噛み付くようにベルギカがそう反論した。


 私はその台詞を聞き、背もたれから背中を離し、ベルギカに顔を近付ける。


「この私財は、売らないのですか? 今の話ならば、真っ先に売るものです。本当に必要な物は最低限の衣服、食事、屋根と壁がある場所です。こんな家具など必要無い」


 私がそう告げると、ベルギカは思わず口籠もった。それを横目に、私は視線をエドウィーナに向ける。


「それでは、次はこの孤児院の子達が働く場を見学に行きましょう。そこで最低限の賃金を得ているか確認しなくてはなりません」


 私がそう言うと、エドウィーナは動揺しながらも私とベルギカを交互に見て口を開いた。


「あ、は、はい! す、すみません、ベルギカ様。失礼ですが、子供達はどちらで働いているのでしょう? もうお手間は取らせませんので……」


 エドウィーナがそう尋ねると、ベルギカは険しい顔を隠すことも無くエドウィーナを見た。


「……分かりません。彼らは私に心配を掛けまいと内緒で働きに行っているのですから」


「え?」


 ベルギカの台詞に、エドウィーナが思わず疑問符を上げた。信じられないものを見るような目でベルギカを見るエドウィーナに、ベルギカは眉根を寄せる。


「仕方がないでしょう。私も忙しい身の上なのです。少しでも彼らが良い生活を送れるよう身を粉にして……」


「ちょ、ちょっと待ってください、ベルギカ様! それは違う問題では無いですか! あれだけの人数の子供達が、どうやってお金を稼いでいるのか、全く知らないと仰るのですか!?」


 エドウィーナが驚愕の声を上げる。私は顔を逸らして唸るベルギカを眺め、口を開いた。


「……貴方はそれなりの家の出なのでしょう? この街の中で子供達が何処で働いているかくらい、すぐに調べられる筈です。もし本当に子供達が自発的に働き、貴方はその働き先すら知らないのならば、貴方にこの孤児院を運営する資格はありません。引退してもらいます」


 私がそう言うと、ベルギカはこれまでとは別人のような憤怒の表情を浮かべて私を睨んだ。


「き、貴様にそんな権限など無い! 私はこの孤児院を十五年以上管理してきたのだ! 私以上にこの孤児院を理解し、管理出来る者などおらん!」


 ベルギカがそう怒鳴ると、室内の空気が変わった。今にも掴みかかって来そうなベルギカに、後ろに控える兵士達も殺気立つ。


 私はその程良い緊張感に口の端を上げ、エドウィーナを見た。


「ベルギカ様は私財を切り崩して何とか運営してきたと言われました。ならば、別の人に管理を移した方がベルギカ様も助かることでしょう。もし手の空いた人がいないのならば、私が管理をしても良い。最初は少し手を貸していただきますが、二ヶ月でこの孤児院を管理してみせましょう」


 私がそう言うと、エドウィーナは無言で何度も首を縦に振り、ベルギカの様子を盗み見た。


 私も顔を赤くして歯を嚙み鳴らすベルギカを横目に見て、エドウィーナに笑い掛ける。


「ああ、ベルギカ様のこれまでの苦労もしっかりと評価したいと思います。ベルギカ様がこれまでどれだけ私財を投げ打ったのか、調査をお願いします」


 私がそう言うと、ベルギカは変な声を発して立ち上がった。


「貴様ぁっ!!」


 逆上したベルギカが私に向かって飛び掛かってくる様を見て、私は勝利を確信して笑った。



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