ルシールの質問と王都
あれから色々と話をして、エドウィーナは私のことを預言者と確信したように思う。
そして、夕食の時間まで休んでて欲しいと言われて充てがわれた部屋へと戻ったのだが、ルシールが休ませてくれなかった。
ルシールは無表情に椅子に座り、ベッドに腰掛けた私に問答を続けている。
「では、民にも教育を受けさせるべき、と?」
「最低限は必要となる。そうすることによって、有能な人材を確保し易くなるだろう」
「人材……先程、有能な人材は貴族も平民も関係なく重要な職につけよと申されましたが、それでは国が成り立たないのではありませんか? 平民には平民の仕事があり、その仕事には人数が必要です。逆に数少ない貴族はその分しっかりとした教育を受け、民を先導することが出来ます」
「変化の無い国は衰退する。少しずつ国は内部から腐ってゆくだろう。常に国は変化しなくてはならないのだ」
私はそう答えて重い息を吐いた。延々と質問に答え続けた私は、考え込むルシールの顔を眺める。
通常ならば、ルシールのように自ら質問をしてくる者はやりやすい。こちらに興味を持っているからだ。
だが、ルシールの場合は私の教えの穴を探そうとしている。こういった場合そう簡単に信じてはくれない。
私が疲労感に腰を曲げてルシールを見ていると、ルシールが顔を上げて口を開いた。
「……変化。レイジ様の話はどれもかなり長い年月を必要とし、すぐには結果が出ません。なにか、短い期間で神の叡智を実感出来る方法はありますでしょうか」
ルシールはそう言って、試すように私を見据える。私はその視線と段々本音を隠さなくなってきたルシールの発言に溜め息を吐き、頷いた。
「私も出来ることならそれを実感したいのだ。明日、この国の中を見て回っても良いだろうか? もちろん、監視は付けてくれて構わない」
私がそう言うと、ルシールは眉根を寄せる。
「……そうですね。では、兵士を数名同行させましょう。そして、メイドも二人同行させます」
「助かる」
ルシールの台詞に私がそう言って頷くと、ルシールは立ち上がって椅子を元の位置に戻した。
「それでは、夕食の時間となりましたので、こちらへどうぞ」
ようやく休めるかと思ったら、ルシールは無表情でそんな発言をして扉の方へと向かった。私はそれに溜め息を吐いて苦笑し、腰を上げる。
翌日、私は街のど真ん中にいた。
左右には煉瓦造りの住宅や店が並び、石畳の大通りが続いている。
しかし、さほど栄えているようには思えない。勿論人は多数歩いているのだが、活気が少ない気がする。店の前に商品を陳列する板らしきものも敷かれているが、肝心の商品が疎らだ。
「さぁ、どちらへ行かれますか?」
私が街並みを眺めていると、待ちきれないとでも言うようにエドウィーナがそう尋ねてきた。
昨日の夕食時、王城で食事をしている予定だったエドウィーナが急遽帰宅し、一緒に食事をとることになった。そして、私が王都を見て回ると聞き、是非付いていきたいという流れになったのだ。
勿論、ルシールは無表情ながら力強い目力で私を見ていたように思う。
私はエドウィーナを振り返り、口を開いた。
「中々見事な街並みですね。歴史を感じさせます」
私がそう言うと、エドウィーナは困ったように笑う。
「私が子供の頃はまだ賑やかだったのですが、ブルグッド帝国の内乱が起き始めてからは行商人も減り、貴族や民も不安から出歩くことが減りました。これまでは小さくともブルグッド帝国の隣にあることがメルヴィンク王国の良い点だったのですが、今ではブルグッド帝国の内乱のせいで衰退していっております」
そう呟き、エドウィーナは街並みを眺めた。
成る程。これは一度世界地図を見ながら情勢を詳しく聞く必要がある。もしこの国が戦火に巻き込まれ潰される可能性が高いなら、急いで避難しなければならない。
私は死ぬわけにはいかないのだから。
私はエドウィーナを見て微笑むと、静かに口を開いた。
「私がもし預言者であるならば、この国の為に色々と出来るのでしょうが……」
私がそう口にすると、エドウィーナは胸の前で手を合わせて私に歩み寄る。
「そんな、大丈夫ですわ。私はレイジ様が預言者であると確信しております。さぁ、それでは私が時々見回る孤児院にでも参りませんか? 私にとってこの街で最も元気が出る場所です」
エドウィーナはそう言って胸の前で両手を握った。地味な茶色のローブを着てフードを被っているのだが、彼女の銀色の髪が溢れていてあまり存在感を隠せていない。
同様に、鎧の上からローブを着た集団と暗殺者のような威圧感を放つローブ姿のルシールもかなり目立つ。
私達は通りを歩く人から奇異な目で見られながら、エドウィーナとルシールの先導で孤児院へと向かった。エドウィーナの周りにこそ兵士を配置すべきではないかと思うが、誰も何も言わないので問題は無いのだろう。
衆人環視の目に晒されながら小一時間。
「こちらです。この孤児院が昔からある一番大きな孤児院ですが、孤児院に入れない子供は多くいます。私も僭越ながら二つ孤児院を建てたのですが、それでも足りません。何か、良い方法は無いのでしょうか」
エドウィーナにそう言われて、私は深く頷く。目の前の白い建物を眺めて、私は口を開いた。
「一度中を見させていただいても?」
私がそう口にすると、エドウィーナは申し訳なさそうに口元を手で隠した。
「も、申し訳ありません……私としたことが焦り過ぎてしまったみたいですね。さぁ、どうぞこちらへ。私が中を案内させていただきます」
そう言って、エドウィーナは孤児院の中へと私を引き連れて入る。
古びた木の扉を開けて中に入ると、細長い廊下と左右に順番に扉が並んでいた。
「こういう風に十人ずつ一部屋で生活しています」
エドウィーナはそう言うと、一つの扉を開いて中を私に見せる。
室内に人はおらず、内装は小さな窓と石造りの壁と床そのままであり、寒々しい印象を受ける。
「ここではどんな生活を送ってるのでしょうか」
私がそう尋ねると、エドウィーナは一瞬硬直して目を伏せた。
「も、申し訳ありません……私は、時々様子を見に来ておりますが、どのような生活をしているかまでは……」
エドウィーナは消え入りそうな声でそう呟くと、顔を下に向けて肩を落とした。
すると、ルシールがフードを取って私を見上げる。
「……姫様は様々な場所を視察し、騎士団が動く際には激励に赴きます。更に、毎月婚姻の申し出もあり……」
「忙しいから、子供の生活に気を払えない、か? もし本気で孤児達をどうにかしようと考えているのならば、そんな言葉は絶対に口から出ない」
ルシールの言葉を遮って私がそう言うと、ルシールと兵士達の目に殺意が湧いた。
「貴様、何だその言い様は!?」
「無礼な……!」
怒りが私に向かう中、エドウィーナが顔を上げて口を開く。
「ま、待って! わ、私が悪いのです! 確かに、知らないでは済まない問題でした……! 孤児院に入りさえすれば、子供達は救われると……!」
涙ぐみながらそう訴えるエドウィーナの姿に、更に周囲から殺意の滲む視線が突き刺さる。
私は皆を見渡し、口を開いた。
「私は、納得出来ないことには納得出来ないと言わせてもらう。その上で言おう。半端な善意は悪意に勝ると」
私がそう言った直後、廊下の奥で硬いものをぶつけ合うような音が響いた。
振り返ると、そこには白いローブを着た白髪の老人が立っていた。手には金属製の杖をもっており、柔和な笑みを浮かべて私を見ている。
老人は皆が自分に視線を向けたことを確認すると、静かに口を開いた。
「……ようこそ、お客人。私はこの孤児院の院長を務めておるものです」
老人はそう口にすると、目を細めて私を見た。
「それで……私の孤児院に、何か不備でもあったのでしょうか? 意見がお有りなら、是非聞かせて頂きたいですな」
老人はそう言うと、また静かに口の端を上げる。
この辺りからテンポアップしたいと思います!
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