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王女の洗脳とルシールの疑惑

 宗教と聞いて、不信感や忌避感を持つ人もいるだろう。


 だが、無宗教家が多いと言われる日本人であっても、宗教が生活に関わっている。


 神棚を置く人は少ないかもしれない。だが、神社に初詣に行く人は多いだろう。葬式は寺で行うかもしれないし、結婚式には教会を使う人も多い。


 それらに信仰心は関係無く、単純に根付いた習慣からという人もいるだろう。


 そういった人が、新しい宗教と聞くと嫌な顔をする。


 だが、どんな人間でも一年に一日くらいは、宗教に縋りたくなる日が来るものなのだ。


 そんな時、たまたま貴方の心を救うという甘言を吐く宗教に勧誘されると、意外にもあっさりと信じ込んでしまう。


 私が声を掛けて神の教えを説いた時、百人に一人は必ず悩み、心が揺れる人間に会う。


 そういった相手を見つけ、しっかりと熱意を持って教えを説くと、やはり高確率で信じるのだ。


 はっきり言えば、内容がちゃんと宗教の体を成していたならば、どんな人間であれ宗教を起こせるということでもある。


 そして、その方法一つで千人以上の信者を集めた私にとって、目の前の少女はどういう人間に見えるか。


 私は感情を押し隠し、エドウィーナの目を真正面から見据えた。


「……貴女は、神の声を聞いたことはありますか?」


 私がそう尋ねると、エドウィーナは驚きに目を見開き、二度、三度と口を開閉させる。


「あ……わ、私は……恥ずかしながら一度も聞いたことは……」


 そう言って身を小さくするエドウィーナに頷くと、私は眉根を寄せて唸った。


「……私は記憶がないので定かではありませんが、頭の中に染みのように残る断片があるのです。それは男性の声です。少し低い、けれど優しく響く男性の声です」


「で、では、その声が……!」


 私の言葉に、エドウィーナが驚いて大きな声を上げた。だが、そのエドウィーナに私は片手を上げて手のひらを見せる。


「いえ、分かりません。もし貴女が神の声を聞いたことがあれば、私はそれを元に確かめたいと思っていました」


 私がそう言って溜め息を吐くと、エドウィーナは難しい顔で私を見た。


「……その男性の声は何と言われたのですか?」


 エドウィーナのその質問に、私は小さく小さく呟いて答える。


「……様々な教えのようなものです。ただ、先ほどエドウィーナ王女が言われた赤い髪の預言者のように、国を大きくするようなことではありません。故に、やはり違うのでは無いか、と……」


 私が自嘲気味にそう言うと、エドウィーナは首を左右に大きく振って真剣な目を私に向けた。


「いいえ、まだ分かりませんわ。もしかしたら、まだ新たに神託が降るのかもしれません! ああ、どうしましょう! 私が、もしかしたら新たな預言者の力に……!」


 エドウィーナはそんな声を上げると、舞い上がって広い部屋の中をパタパタと歩き回った。


 これで、もうエドウィーナの心に『もしかしたら』という楔は打てただろう。


 しかし、私は眉間に皺を寄せて頭を捻った。


 流石に、これほど簡単に信じさせることが出来る人間に会ったことは無い。これは、あの不思議な声の主に貰った力なのだろうか。


 だが、いまいちハッキリとしない。相手が私の話を信じやすくなる力なのか、それともエドウィーナが純粋に信じ込みやすい性格なのか。


 まぁ、これで私の教えを活かす道が出来たと思えば良いのか。


 一国の王女であり、マスコットになりえる若くて美しい少女だ。この少女が協力してくれるならば、私の教えは瞬く間に広がっていくだろう。


 私はそう気持ちを切り替えると、まだ興奮気味に歩き回るエドウィーナの横顔を見た。






【ルシール視点】


 記憶を失った男。


 その印象は、正直私には感じられない。


 男に混乱した様子はあまり無く、場所を尋ねられて答えると、暫く考えるような素振りを見せたのを覚えている。


 記憶が無くなったのに、何を思い出そうとしたのか。何を考えたのか。記憶をどうにか呼び起そうとしたのか。


 試しに毒の果物と偽って食用では無い果物を出してみたが、男は何も考えずに手に取ろうとした。


 そこで、私がそれは毒のある食物であると言うと、男は信じられないものを見るような目で私を見た。


 そこに、嘘は無かった。果物を本当に知らないということは無いだろう。苦くて臭く、どの国にも大概あるものだ。


 ならば、男は本当に記憶を失っているのか。ただ、冷静に振舞っているだけなのか。


 どちらにせよ、姫様はあの男を大層気にしている。私が何を言っても会う気だろう。


 姫様は国の民からは聖女とも呼ばれ、現国王の娘の中で唯一婚姻を結んでいない王女だ。目立つ分だけ利用しようとする者は後を絶たない。


 だから、姫様には私がメイドとして常に付き従っている。男が何かしようとしたならば、私が命を賭して姫様を守らなければならない。


 私は覚悟を新たに、男を姫様の私室の一つへと連れてきた。


 すると、姫様は我慢出来ずに男に預言者の逸話を話してしまった。もう少し男の様子を確認してからにしたかったのだが、仕方がない。


 私は殺意と共に男の横顔を観察した。


 男は私の殺意に反応は無く、姫様の話を聞いている最中も何かをする様子は無かった。そして、姫様を不埒な目で見ることも無い。


 だが、姫様が赤い髪の預言者の逸話を話し終える頃、男は僅かに頬を緩めた。


 やはり、厚かましくも姫様を騙して王族になろうとする俗物か。


 私がそう思って男を睨むと、男は今度は考え込むように視線を下げた。


 そして、預言者を匂わせるような発言をする。


 男をそう疑っていた姫様は蜂の巣を突いたような大騒ぎとなったが、私は余計に厳しい目で男に疑惑を持った。


 男は歩き回る姫様を眺め、目を細めた。


 判断が難しい。人の表情や雰囲気、仕草で感情を読むのは得意なのだが、この男に関しては酷く分かりづらい。


 色々と悩み、考えているのは嘘では無い筈だ。だが、神と思われる男の声を聞いたというくだりは実に疑わしい。


 殆どの国で女神キシエラが信仰されている中で、敢えて男の神を匂わせたのは何故か。


 神の教えを聞いたと言うのなら、色々と質問してみるべきだろう。そうすれば、恐らくボロが出る筈だ。


 私はそう判断して、顔を上げた。



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