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王女との会合

 私は身動ぎを一つして、目を開けた。


「寝ていたのか……」


 私がそう呟いて体を起こすと、突然返事があった。


「はい。もう日を跨いでおります」


 予想外の返事に驚いた私は、部屋の隅で椅子に座ってこちらを見るルシールに顔を向ける。


「い、いたのか……」


 私がなんとかそれだけ返すと、ルシールは音も無く立ち上がった。


「起きたら連れて来て欲しいと姫様が申しておられました。どうぞ、こちらへ」


 ルシールはそう言って扉の方へ移動する。どうやら拒否権は無いらしい。


 私は素直に後に従うことにした。廊下に出ると、長い石造りの廊下が続いており、やはり私のいた部屋の前には兵士が一人座っていた。


 廊下を進み、階段を上がり、また廊下を進む。


「……広いな」


 私がそう口にすると、前を歩くルシールはこちらを振り向かずに返答した。


「こちらは姫様専用の館ですから、通常の貴族の邸宅より少し広いくらいでしょう。メイドは三十人。警護の為の兵士は百人常駐しております」


「……個人宅でこの広か」


 ルシールの台詞に私が呻くようにそう呟くと、ルシールは軽く首を左右に振った。


「人員は少ないくらいです。ただ、姫様はあまり騒がしいのは得意ではありませんから」


 ルシールはそれだけ言って案内を続ける。通常の貴族の邸宅がこれより少し小さいと言ったが、恐らくその貴族の邸宅は本邸だろうに。


 半ば呆れながら付いていくと、ルシールは一つの大きな両開き扉の前で立ち止まった。


 その扉を二度ノックして待つ。


「どうぞ」


 そして、中から別のメイドが扉を開けて出て来た。今度は青い髪のメイドである。


 なんなんだ、いったい。


「失礼致します。赤髪の方を連れてまいりました」


 赤髪の方とは私のことか。思わず一言聞きそうになったが、私は口を噤む。


 中に入るルシールに付いていくと、広い豪華な部屋と、その奥の窓辺に置かれた一人掛けの椅子に座るエドウィーナの姿があった。


「いらっしゃいませ。どうぞ、そちらへ」


 エドウィーナはそう言って、二人がゆっくり座れるほどの明るい茶色のソファーを指し示す。ソファーは一つだけで、その前には低いテーブルが置かれていた。


 私が言われるがままにそこに座ると、エドウィーナは微笑みを浮かべてルシールに声をかける。


「ルシール。あの本を」


「はい、姫様」


 エドウィーナの言葉を聞いて、ルシールは壁に備え付けられた本棚へと向かい、びっしりと並べられた本の一つを抜き出した。


 そして、その本を私の前にあるテーブルの上にそっと置く。その本の表紙には赤い髪の男の絵があり、何処かの国の文字が書かれていた。


「……これは……」


 私がそう呟くと、エドウィーナは首を傾げて眉尻を下げる。


「読めませんか? それはこの国の建国の時に実在したとされる、預言者の方です」


「預言者……?」


 私がエドウィーナの台詞の一部を復唱すると、エドウィーナが深く頷いて立ち上がった。


「その時代は乱世であり、様々な国が消え、また新たな国が出来たといいます。古い国も、新しい国も、領土を奪い合う為に戦い、血を流して倒れたのです」


 エドウィーナは何処か芝居掛かった仕草でそう言うと、私を振り返って口を開く。


「そんな時、戦乱の時代を神が嘆いたのか、一人の預言者が現れました。その方は一つの国を選ばれ、神の教えを説きます。長い長い戦いに疲弊していた国民はその教えに深い感銘を受け、その預言者の言葉を信じ始めるのです」


 エドウィーナは朗々とそう語ると、本を開き、私に開いたページを見せた。


「神の教えでその国を救い、大きな大国へと成長させた預言者は、その国の力で世を平定しました。それが、今も世界で最も栄える大国、ブルグッド帝国です」


 エドウィーナはそう言って、私の反応を確かめるようにこちらを見た。


 とはいえ、私は聞いた事もない歴史や神話を聞かされているだけであり、成る程と頷くのが精一杯だが。


 エドウィーナは私の反応を芳しくないものと判断したのか、本を私に近付けて更に熱を込めて語り出した。


「ここからが本題ですわ。ブルグッド帝国は栄華を極め、どんどん大きくなりました。ですが、建国から六百年を超えた今、帝国は大きくなり過ぎてしまったのです。肥大化した帝国は世界一の国土、経済力、文化を誇りますが、その分だけ多種多様な人々も抱えています」


 エドウィーナはそう言って、何処か悲しそうにこちらを見る。私はそれを見て、頷きながら返事をした。


「……反乱、内部分裂が起きている、と?」


 私がそう尋ねると、エドウィーナは目を伏せる。


「……はい。現在では、ブルグッド帝国は西と東に別れて内乱状態となってしまいました。今はまだ国内での争いで済んでいますが、いずれ世界各国を巻き込む大戦となるやもしれません」


 エドウィーナはそう言うと、本の最後のページを開き、私の前に置いた。


「……預言者の方は死する前に、こう言っております。『この世がまた乱世になった時、私は現れるだろう』と」


 そう口にしたエドウィーナは、私の目を縋るような眼差しで見上げる。


「偶然とは思えません。戦乱の世が近付いている今、偶然にもブルグッド帝国からこちらへきたお母様の血を引く私が、生き倒れた赤い髪の男性を見つけたのです。私に半分流れる帝国の血がそうさせたのか。それとも、私が新たな預言者の力になるよう神が思し召したのか……」


 エドウィーナはそう言うと、胸の前で両手の指を組んで祈りのポーズらしき格好をした。


 私はそのエドウィーナを姿を眺め、口を押さえた。


 よくある、少女の夢見がちな妄想か。それとも子供の頃から教え込まれた信仰からの盲信か。


 だが、どちらにしても私には都合が良い。


 この美しい少女を、私の教えを信奉する最初の信者にしよう。


 私はそんな思惑と共に、口の端を挙げて笑った。手で隠してはいるが、ルシールにバレないようにしないとな。


 私は考えるような素振りを見せながら、静かに込み上げる笑いを噛み殺した。



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