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王国からの脱出

 狂信的なまでに私を信奉する孤児達。


 彼等には最優先で出来る限りの知識と技能を身に付けさせた。それは学問などだけでは無く、戦う為の知識と技術もである。


 王国を脱出する為に彼等に持たせた物は三つ。


 身長より短い程度の槍と、短剣。そして、ボーガンだ。


 様々な素材を使用して作り上げたこのボーガンは、弦が前後する部分に溝が彫ってあり、本体を足で押さえて弦を引っ張る為の取っ手を引くと、自動でその溝に弦がはまり込む。


 取っ手は弦の前にある為、矢を射出したらまた前に戻る。つまり、矢さえ次々に補充していけば、取っ手を引くだけでそれなりの速さの連続発射が可能になるのだ。


 多少重いが、男は両手で抱え、女は台を用いるといったやり方で皆がこのボーガンを使いこなせるようになった。


 後は、私を信奉する商人や町民達を使い、秘密裏に王都を脱出するだけである。


「レイジ様。それでは、我々は先に動きます。ご武運を」


「頼む」


「はっ!」


 孤児達は素早く動き出し、王都の路地深くへと散った。二十分もしない内に、何処かで悲鳴が響き渡る。


「陽動が始まりました。さぁ、こちらへ」


「ああ」


 ルシールに連れられて外へ行くと、油売りの行商人の馬車があった。大きな樽が幾つも乗っているが、実は中の二つは底がくり抜かれており、二重底のような構造となっている馬車の下の部分と繋がっている。


 一見、人が入るには小さそうに見える樽だが、その構造により私やエドウィーナの身体がそこに楽に収まるのだ。


 もちろん、この馬車を操る馭者も、馬の横を歩く下働きの者達も孤児達が扮している。


「それでは、また後で」


 ルシールはそう言って樽に入った私達を蓋をはめ込んで隠した。


 隠密行動が得意なルシールは馬車から付かず離れずの距離で護衛する為、一緒に樽には入らなかった。


 むせ返るような木の香りに包まれ、私は息を潜めて目を瞑る。


 どうせ真っ暗闇なのだ。ならば、こういった時間を使ってこれからを考える方が建設的だろう。


 それから数時間経ったか、それともまだ一時間前後なのか、馬車の車輪から伝わる音が明らかに変わった。


 向かう先は北の筈だ。


 ならば、まさかもう王都を出て街道を移動しているのか。


 蓋を開けて外の景色を見たい。馬車を動かす馭者に声をかけたい気持ちに駆られる。


 だが、まだ合図は無い。ここで私がミスをして見つかるなどという愚行は晒せない。


 そう思っていると、外から声が聞こえた。


「レイジ様。後ろから兵士達が付いてきています。道を外れても付いてきていることを考えると、我らの正体に勘付いている可能性が高いでしょう」


「……そうか。北から逃げる者達は他にもいる。何とか時間を稼いでくれ」


「はっ! 暫く揺れが激しくなります。ご辛抱ください!」


 そんな台詞に私は樽の中で手足を踏ん張り、身体を固定した。


 言葉通り、明らかに馬車の揺れは大きくなる。後ろに引っ張られるような感覚から馬車の速度が上がったことが分かった。


 暫くして、野太い男の怒号と馬の嗎、そして何かが馬車に当たる音が響いた。


 その一つが随分と近くで響き、矢を射られているのだと理解する。


 エドウィーナの押し殺した悲鳴が聞こえた気がした。


 樽から出たくなるが、それでも出るわけにはいかない。戦えない私が姿を見せたところで邪魔になるだけである。


 私はただ、静かに樽の中で息をひそめ続けた。


 馬車が大きく跳ねた。


 剣が樽に突き刺さる音が聞こえた。


 馬車が傾いた。


 護衛の悲鳴が聞こえた。


 ついに私の隠れる樽の壁に矢が突き立った。壁を10センチほど貫通した矢の矢じりが肩に食い込む。


 痛みに奥歯が折れそうな程歯を食い縛る。口の中に血の味が広がり、焼けた鉄を押し当てられるような痛みに悶えた。


 痛みに耐えている内に、徐々に馬車は動きを止めていき、周囲で金属と金属とがぶつかり合う音が響き出す。


 連続して悲鳴と何かが落ちる音がした。


 そしてようやく樽の蓋が外から開けられる。


「……っ! 怪我をされています。急いで」


 覗き込んできたのはルシールだったらしい。珍しく動揺した声でそう言うと、樽から離れた。


 矢が突き刺さっている為、私は動きたくても動けないのだ。もう寝ても良いだろう。


 極度の緊張と興奮状態から少しずつ落ち着いてきた私は、肩の激痛に眉を顰めながらも目を瞑り、眠りに落ちた。


 火がついたように騒ぐ声が響くが、意識を保つことは出来そうに無い。







 ふと、風を肌で感じて目を開けると、目を細めたくなるほどの強い日差しがあった。


 日が昇りきり、辺りからは喧騒が聞こえている。


 辺りを見渡すと、今いる場所が屋内であると知れた。身体を起こそうとすると、肩に痛みが走る。


 その時、ドアをノックする音が聞こえた。


「失礼致します……」


 気落ちした声でそう言って入ってきたのは、白い衣服に身を包んだエドウィーナだった。


 エドウィーナは私を見て、目を見開く。


「れ、レイジ様!? 起きられたのですね!」


 こちらが驚くほどの声を発して駆け寄ってきたエドウィーナは、私の手を握って隣で跪いた。


「あぁ! 本当に心配いたしましたわ! 良かった……!」


 涙ぐみながらそう言って私の手を両手で握るエドウィーナに、首を傾げながら問いかける。


「私は……どれくらい寝ていたのだろう? もう一日が過ぎてしまったのか?」


 そう尋ねると、エドウィーナは泣き笑いといった表情になりながら首を左右に振る。


「何を仰るのですか。もう三日も意識が戻らなかったのですよ。矢は深く刺さっており、処置に時間も掛かってしまったので血が足りなくなってしまったとのことです」


「み、三日? では、今は……」


 私がそう口にすると、奥からルシールが姿を見せた。


「おはようございます、レイジ様。今はレイジ様の指示された場所、ブルグッド帝国の領土の最南端、ジムグリを目指して移動しております。まだ二つ目の街なので先は長いと思われますが、新たな追っ手はいまだ来ておりません」


 ルシールはそう言ってエドウィーナの隣に立った。


「そうか……孤児達はどうだ?」


「共に移動している者達は二十名。予定では三十名の予定でしたから、十名が死亡、もしくは離脱しております」


「し、死亡が確認されたのは二人だけですわ。どうか、お気を落とさず……」


 二人の報告を受け、私は浅く頷く。想定していた被害より少ないのだ。気落ちする理由もない。


 この調子ならば、かなりの人数の孤児達が目的地にて合流してくれるだろう。


 新天地で、力を蓄えなければ……。



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